第147話 ホットゾーン



「これ以上は危険。情報もそこそこ得られた事でやんすし、ここはお開きに致しやしょうかねぇ──すなわち!」


 と、何やらな様相のミ=ゴだが。 


「‶E&E〟でやんす!!」


 この情報は、極めて最重要。ヴェルハディスとミ=ゴ属長への報告は絶対。

 だが、先ほどから通信を試みるも、電磁波とハ=ゴスの胞子浸食変異にて不通。

 即ち、取るべき選択肢は一択、脱出エスケープ退避エバキュート


 ハ=ゴス討伐は不可能であるも、逃避だけならばと何を思ってか、向かうは背後水平方向では無く真上上空。亜音速(マッハ0.75以下)飛行で急上昇。

 

「フン、ドコヘ行クツモリダ!逃ゲラレルト思ウナ虚ケメ!!」 


 ミ=ゴを完全ロックオンし、ハ=ゴスも急上昇。その速度はミ=ゴを超えるもの。現時点の状況で、この悪夢の追跡者から逃れるのは極めて困難であろう。


「ヘヘン、てやんでいバーロー、コンチクショイめぇ!いつまでもナメるなでやんす!取って置きの手は、残しているでやんすよ べらんめえ!」


 ミ=ゴは、そう言い放ちながら、同時に尾先が発光し光弾を連射出。 

 それは、航空機戦闘で言うところの『フレア』。敵機から放たれた赤外線誘導式ミサイル追尾を自機から逸らす為の燃焼デコイ弾。


 だが、視覚と胞子感知にて追尾するハ=ゴスには無意味と思えたが、その目前で次々と爆発。更にプラズマ反応で高電磁パルスE M Pが発生。視界と感知機能を遮る。


「笑止!コノ程度ガ奥ノ手カ。滑稽コッケイドコロカ、憐憫レンビン些末サマツナ在リ様!」


 航空機であらば致命的な攻撃であるも、高次生命体であるハ=ゴスには、足止めにすらならず。精々、飛行速度を僅かながら遅らせる程度。


「それは、こちとらの台詞でやんす!何の布石も無く、奥の手披露なんざするわけ無ぇでやんすよ、バーロータコ助めぇ!!」


「!?」


 ミ=ゴが投じたEMP弾は、従来のフレア弾と同様、単純に陽動と牽制デコイ。及び、ハ=ゴスとの距離を置く事が主目的。その相対距離は、約1千メートル。 


「奴との距離は十分。この高度なら都市への被害は微々たるもの。これ以上‶駒〟の損失は、ちと手痛いでやんすからねぇ」


 そう言いながら、ミ=ゴは上空で浮遊停止。その高度は、約3万6千90フィート(約1万1千メートル)。

 

 そこから楕円形頭部、渦巻状に束ねられた触手が広がり、口部が露わとなる。

 サメの様な幾重ギザ歯をガチガチと小刻みに奏で、徐々に高速化し、超振動。

 頭頂部の幾つものジグザグアンテナからは、バチバチとプラズマ放電。


 ここから菌類たる体内の糸状菌、酵母から総動員。今ある可能な限りのエネルギーを掻き集め超圧縮。

 

 その超然とした光景を、拠点ロドス屋上から見上げ観戦。息を吞み見入る冒険者’Sサイドでは──。


「む!?あの理力の超密度集束は……拙い!!皆の者!!直ちに目を伏せ、最大限の衝撃に備えよ!!」


 未知であるもの、そのエネルギー波動脅威度を即座に感知判定。大声を張り上げ、警告する神狼フェンリル女王ミゼーア。


「「「!!??」」」


「は!?どう言う事だ ミゼ──いや、ここは問答無用か!ミシェル!!」


「分かってますわ レオバルト!わたくしもミゼーア様と同感!魔術師ソーサラー隊、レベル5絶界牆壁メナ ディナイアル!!」


 何が何やらと困惑するも、ミゼーアに一同従い目を伏せ、賢者ミシェル指揮により、ソーサラーチームの斉詠唱ユニゾン。最上レベル魔術防御壁を展開。  

 

 冒険者’Sが、そんな慌ただしい状況の中、遥か上空の戦況特異点では──。 


 

「──核分裂光束フィッシオー・ラーディオー

 

 ピカッ


 視界内全てを照らす、太陽光の如し眩い閃き。


「チィッ!小賢シイ!ココデ、其レヲ投ジルカ!」

 

 ミ=ゴが行使するは、菌類胞子の中にある重元素の核を分裂させることで、大量のエネルギーと高速の陽子や電子を発生。対象物の原子核に陽子や電子を衝突させることで、核融合の連鎖反応を引き起こし、強烈な熱エネルギーを放射。


「みゃー!!すごい眩しいにゃらー!!」

「なんやねん!? この、ごっつい光は!?」

「こ、これは、聖天書教典に記されていた…裁きの極光では…?」


 目を閉じているにも関わらず、この眩さ。おののくネイリーとガイガーの問いに、信仰する教えの事象を呈するクラリス。


「イナバ中尉!この閃光は、まさか!!」 


「ああ、それ以外無いだろ!!マジかクソっ!!──‶核攻撃〟だ!!」


 直視せずとも、余りにもの眩き光出力量に、察するところは歴然。地球歴史上で知り得る、最も禍々しき破滅の閃光。

 

「核攻撃!?そいは、なんぜよ!?イナバ!?」

「説明している暇は無い、リョーガ!!衝撃波が来るぞ!!」

 

 それは、ウラン、プルトニウム系核物質とは異なる、別惑星由来の特殊分裂性、生体胞子核反応。その核出力は10ktキロトン

 広島型原爆15ktと比較し控えめであるも、TNT爆薬1万トン分。


 爆発直後に、放出されたガンマ線やX線が周囲の空気分子を電離させ、直径約1kmほどの超高温プラズマ火球を形成。その中心温度は、瞬間約1.5億℃。太陽中心の10倍。光量は、太陽の3000分の1であるもの、1.2×10¹⁴(120兆)cdカンデラ。 

 

 火球は急速に膨張し、温度と光量は減少するも、火球最大時の温度は約1万℃。

光量は約1.2×10¹²(1兆2千臆)cdカンデラ閃光手榴弾フラッシュバンの120万倍。

 音圧は、大気内での音の限界である194dbデシベルに相当し、爆風共々の大衝撃波と化す。


 火球は上昇気流に乗って急速に上昇し、周囲の大気を吸収。高度約3万mまで上昇し、冷却されて膨張。火球は「キノコ雲」と呼ばれる形になる。


 キノコ雲は高度約5万mまで達し、水平方向100kmほどまでに広がる。


 気象条件にもよるが、高度に比例して大気分子が薄まる故に、地上に及ぼす影響は減少。

 核出力10ktキロトン、高度1万m爆発の場合の最大風速量は、人体即死レベルの200m/s。及び5psi(約0.34気圧)の過圧(この圧力では、ほとんどの建物が破壊)を受ける範囲は、爆心から半径約0.8km。

 3度熱傷(皮膚の全層が損傷する)以上を負う熱線範囲は約1.1km。

 

 即死に至らずとも、人体悪影響を被る爆風範囲は、風速50m/s、1psi(0.07気圧)の加圧、半径約2.5km。熱線は約2.7km。


 最大限の警戒防御態勢の冒険者’Sであったが、いずれも範囲外。ヴィヨンヌに及ぼす影響は、風速10m/sの強風。90から100dbデシベル範囲の騒音程度。


 しかし、それら諸々の直撃を受けたハ=ゴス。

 

 これには超生命体であろうと、さすがにただでは済まされず、視覚と聴覚、感知機能は完全遮断閉鎖。幾重もの胞子シールドが瞬で消去。超高温にて身体強化も耐えきれず、体組織細胞は崩壊。火球内は塵すら残らず消滅。




 同時刻、地下街、旧セントラリア。幻浪旅団サイドでは──。


 大戦おおいくさ後の大宴会。新たに加わった仲間たちに、旅団結成までの経緯が語られる最中、ハ=ゴスとミ=ゴが開けた大穴から光柱が聳え立ち、続く爆轟音。


『なんやねん、やかましい。上は祭りか何か知らへんが、ぎょうさん盛り上がっとるやんけボケカス』

「はぁようけ、盛大にぶち回しとるようじゃけぇのう」


 と、神獣剣歯白虎ホワイトサーベルタイガーナーヴのぼやきに応える、古代醜鬼エルダーオークのゲバル。

 それを皮切りに、米兵仲間たちとトールを筆頭とする旅団幹部の面々による、わーわーが始まる。尚、各大狼種幹部は人化にて獣人状態。


「おい、クレイン。今のはまさか……」

「あー、ラーナー大尉。あいつら、やり過ぎだろ。単なる捕食行動が核戦争じみてんじゃねーか」

「余程の料理下手なのか、大分火加減を間違えているのかと思われますね…」

「それも調味料に、多分な放射性物質が混入されていることだろうな……」


「かなり、お腹すいてたみたいなのー!」

「……ええ、その様ですな。カレン様も火加減のほどを御用心でございますよ」


「ボク、ちょっと、様子を見て来るよー!」

「それは、無用よトア。『人の食事を邪魔する奴は、豆腐の角に頭をぶつけるも、転じてお爺さんの馬に蹴られて福となす』って、ことわざが地球にあるぐらいだから、放って置きなさい」

「ねーよ。色々と混じり過ぎだろ」


「それより、話の続きが気になるね。それでその悪魔たちの鼻はどんな感じだったのね?」

「気になるとこ、そこかよ!」

「さすが、鼻の付け所が違うっすねー!」

「黙れハゲカス!」


 てな感じで、地上の壮絶状況など、どこ吹く爆風かとすぐさま興味を無くし、平常運転に軌道を修正する、エンジョイ勢であった。



 そして、地上の冒険者’Sは──。


「いったい、どげんなっとっとね? 」


 目を見開き、驚愕の表情でそう呟くドワーフのドーレス。

 爆心である上空は、稲妻が迸る濃厚なキノコ雲に覆われ、状況が全く窺えない。


「現時点で地上被害は無いが、あの雲は拙いな。しかも、かなりの広範囲……」


「ああ、イナバ中尉……ここら一帯、すでに‶ホットゾーン〟。放射性物質の雨が降り注いでいる事だろうな……」


 最警戒していた爆風被害は杞憂に終わるも、核の恐ろしさは留まらず、広範囲に渡る長期継続型の二次被害。生体には猛毒たる放射性物質による大気汚染。


 しかし、それは地球に於いての物理科学、生物学、医学的概念。


 放射性物質による被ばくは、生物の細胞に損傷を与え、遺伝子突然変異により、免疫力低下、発癌などの有害疾病発症の悪性要因。

 つまり、大概の地球生命がその突然変異に耐えきれず、憂いを見る現状。

 

 だが、魔力形態により染色体、遺伝子構造、脳稼働率が異なる異世界人、その上位種とも言える冒険者’Sに悪影響を及ぼすかどうかを問えば、否だ。

 それに触れ、この煉獄の試練を乗り越えたイナバたち地球人も、すでに遺伝子変異、脳稼働率の増大により耐性は十分、アップグレードは完了済み。


 そんな事など、当然露知らずの地球人の面々は、無駄に危惧して慄くのであった。



 ミ=ゴが放った核攻撃によって、ハ=ゴスは消滅。

 そして、王の死去に、側近であるソ=ドムとゴ=モラの反応は如何に?


「「笑止」」


 一言だけ発し、然も無い事だと泰然不動の様子。


 すると、上空広範囲で覆っていた分厚い雲が、逆高速再生するかの様に集束。

 やがて晴れ渡り、その収束点に唯一存在するは。


 ──ハ=ゴス。


 超菌類生命体たる所以を挙げるなら、その特異胞子。それは、云わば天然のナノマシン。体組織細胞が全て消滅しようが、胞子一つ一つに記憶された形状修復機能により、元の形態へと再構築し完全再生。

 これは、通常パラシアでは持ち得ない、王であるハ=ゴスだけが持つ特性仕様。


 今回は更に、広範囲に拡散した放射性物質を雲ごと核変換トランスミュートし、自らの養分として吸収。つまり、無傷どころか更にパワーアップ。


「フン、逃ゲオオセタカ。マァイイ、大分腹ノ足シニハ至ッタ。ソレニ、今ノ奥ノ手トヤラハ、相当ナ代償ヲ支払ッタ事デアロウ」


 


 そして、ミ=ゴは。


「フィ~。何とか逃げ切ったでやんすよバーローべらん、ぶろぉっ!!」


 そこは、ヴィヨンヌ壁外北部の山岳地帯の一角、岩穴の中。


 キノコ雲に紛れて、一目散に逃走に成功したはいいが、その身体はズタボロ。

 全身の甲殻に、無数に枝分かれした亀裂。そこから緑色の血流を垂れ流し、盛大に吐血。


「やはりアレは、かなり強力なだけに、身体への負担がえげつないでやんす……。

旦那への報告は、ちと、回復してからでやんすね。あーもーしんどかったー」


 ハ=ゴスの言葉通り相当な代償を支払い、命からがら、懐事情はすっからかん。

だが、その甲斐もあって、最重要情報を何とか死守できた事に安堵するミ=ゴであったそうな。

 


 


 

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