第2話 8
わたしは西街の外門の上で、隊列を組んだ<兵騎>隊を見下ろした。
アンの<闘姫>の隣には、アルドワが駆る<爵騎>が並んでる。
ブラドフォード家の家臣団からなる<兵騎>隊だから、アルドワのように自らの家の<爵騎>を用意している者も居たけれど。
隊を構成するのは、大半がシルトヴェール制式の<兵騎>だった。
「ねえ、クレア。
ボク、いまいちわからないんだけど、<爵騎>ってなに?
多少外装が違ったり、内部兵装がいじられてるみたいだけど、みんな同じユニバーサルアームのデッドコピーだよね?」
胸壁に立ったイフューがそう尋ねてきて。
「なんかね、御家で代々受け継いできたのを<爵騎>って言うんだってさ。
爵位に合わせて、<侯騎>とか<伯騎>とか呼ぶみたいだよ」
その時代時代で、御家の戦闘術に合わせて独自に改造してるから、量産騎より強いって思われてるみたい。
「――じゃあ、アンの<闘姫>は<大公騎>って事?」
「ブラドフォード家の<爵騎>は別にあるみたいだよ?
今はエドワード用で、将来はアンの子供が使う事になるのかもね」
そんな事を話している間にも、アン達は街道を進み始める。
――使者の来訪から半日。
アンは西街や水を入れ始めたばかりの田への被害を減らす為に、平原での合戦を選んだ。
アン達の進軍に合わせるように、シルトヴェールの陣地からも<兵騎>の一団が隊列を組んで進軍を始めたのが見える。
「じゃあ、イフュー。お願いね」
「はいは~い」
軽い返事の後、イフューは黒猫から鴉へと変じて大空へと飛び立った。
わたしの仕事はここで街に被害が出ないように、結界を張る事だ。
「……アンはわかってないなぁ」
魔法の結界と違って、鬼道の結界は使用者がそばにいなくても良いのに。
まあ、アンの言いたい事はわかるよ。
魔女に頼り切りになって身を滅ぼすってお話は、たくさんあるもんね。
数代前の果ての魔女も、何人かシルトヴェール貴族を家ごと滅ぼしてたっけ。
――人ができる事は人にやらせてちょうだい。
そう言って微笑んだアンだけど、わたしは歯がゆいよ。
シルトヴェールの<兵騎>が六十数騎なのに対して、ブラドフォードは三十四騎で数で負けてるんだよね。
随伴する魔道士や歩兵の数も段違い。
「こんな時こそ、魔女を頼れば良いのに」
思わず愚痴っちゃう。
『――クレア~、見えてる~?』
と、遠視板が開いて、イフューの声。
「うん、大丈夫」
遠視板の中では、両軍が横陣を敷いて対峙していた。
<闘姫>が前に進み出ると、シルトヴェール軍からも一騎進み出る。
『――反逆者アンジェラに告げる!』
グレイブの声。
「……あれがグレイブの<侯騎>って事か」
シルトヴェール制式の<兵騎>に比べて重装で、手脚も太い印象。
身の丈ほどの斧槍の石突きを地面に打ち付けて。
『このたびのブラドフォード家の暴虐の数々――』
声を張り上げるグレイブの言葉を遮るように、<闘姫>が右手を前に差し出した。
『――そういうのは、もう良いのよ。
ヤルのでしょう?
さっさと来なさいな。グレイブ』
嘲るようなアンの言葉に、グレイブが呻くのがわかった。
『――戦の作法も知らぬ売女がっ!』
<侯騎>が斧槍を構えて突進を始めた。
合わせてシルトヴェール軍全体が動き出す。
「……なんだよぅ。
戦の作法をわかってないのはそっちじゃん」
わたしがおばあちゃんから教わった戦の流れだと、序盤は魔道と弓矢による撃ち合いのはずだよ?
互いに魔道士が結界を張って、それを砕く為に魔法を撃ち合うんだよね。
そこが魔女の力の見せどころってさ。
こんな風にいきなり突撃戦なんて、合戦ではありえない。
『いや~、ボクはアンの策略だと思うな』
「どういう事?」
『こっちは魔道士の数で負けてるからね。
遠距離戦を避けて、いきなり乱戦にする為にあんな風に挑発したんだと思う』
……なるほど。
遠視板の中ではイフューの言う通り、確かに<兵騎>が入り乱れての乱戦になっていて。
両陣の後方では、魔道士や弓を携えた歩兵が機会を伺って待機している。
『それにしてもさ……<闘姫>、おかしくない?』
「そう? 訓練の時もあんな感じだったじゃない?」
<侯騎>が振るう斧槍の攻撃をかわしながら。
<闘姫>はすれ違う<兵騎>に鉄拳を叩き込んで、次々と沈めていく。
アンに執着しているグレイブを翻弄しながら、敵軍の数を削り取っているんだ。
その動きは流れるようで――まるで次々とパートナーを変えていくダンスのようにも見える。
『――いやぁ。クレアは見た事ないからわからないかもしれないけどさ。
アレはEC兵装搭載のロジカルウェポンの動きじゃないね。
なんか不調なのかな?』
イフューの言葉に。
「そういえばさ、<闘姫>って他国で研究の為に貸し出してたって話じゃない?」
『――あー、ブラックボックスに触れられて、制限モードになっちゃってる可能性はあるねぇ』
鬼道関連の道具にはよくある話なんだけどね。
整備や修理に正規の道具を使わなかったり、手順が違ってたり。時には登録者以外が触れただけでも、機密保持の為にロックがかかっちゃうんだって。
『なんにせよ、あんなんじゃユニバーサルアームと変わらない。
数で攻められたら……』
と、まるでイフューの言葉を聞いていたみたいに。
<闘姫>を取り囲むように敵騎が動き出して。
味方の<兵騎>も牽制するんだけど、それより早く包囲網ができてしまって、<闘姫>は孤立させられてしまう。
アルドワの<男騎>が駆けつけようとするけど、やはり数で攻められて辿り着けない。
それでも<闘姫>は装甲服のスカートをひるがえしながら、次々と攻撃をかわしたり、さばいたりしていくけど。
『――なにをしている! 一斉にかかれ!
休む暇を与えるな!』
いつの間にか後方へと退いていたグレイブが、そう指示を飛ばして。
二騎同時、三騎同時の攻撃へと、<闘姫>に襲いかかる数が増えて行き。
「――あっ!?」
五騎同時に攻めかかられたところで、<闘姫>はそれまでに沈めた<兵騎>に脚を取られて後ろに倒れ込んだ。
「――アンっ!」
わたしはとっさにポーチからトランスポーターを取り出して、一気に戦場へと跳ぶ。
再構築された場所は、倒れた<闘姫>の胸の上。
土埃と<兵騎>の白血の臭いが一気に鼻に突き刺さって、思わずめまいがしたけれど。
今まさに<闘姫>を仕留めようと、槍を振り上げていた敵騎に、わたしは右手を掲げる。
「――目覚めてもたらせ。ステイシスフィールド!」
着けた篭手が喚起詞に従って起動して。
敵騎は紫色をした立方体の空間に囚われて、ピタリと動きを停める。
『――クレア!?
来ちゃいけないと言ったでしょう!?』
アンが怒るように言うけれど。
「うん、ちょっと待ってね?」
今度は左に着けた腕輪を掲げる。
「目覚めてもたらせ。バリアフィールド」
虹色の多面体ドームがわたしを中心に広がって。
わたしと<闘姫>を守る結界が形成される。
「へへへ。これで邪魔は入らない」
『――なんで来たの!?』
「わかってないなぁ。アンは。
アンの危機に、わたしがじっとしてられるワケないじゃん」
<闘姫>の大きな顔に笑って見せる。
「それにさ、イフューが言うには、この子、まだ本調子じゃないみたいでね」
わたしは<闘姫>の胸の上を歩いて、その金の文様が
「――
かかっていたブラックボックスのロックを解除して。
魔道を通して喚起詞を探る。
……見つけたよ。
「――アクセス。試製神器№008<
ガチンと。
<闘姫>の首の奥でなにかがはまるような、重い金属音がして。
『――クレア!
な、なにをしたの?
これって古代文字? 読めないけど……』
「……使い方はわかるよね?」
『――え、ええ……』
わたしの問いかけに、<闘姫>がうなずく。
「それが本来の<闘姫>の使い方ってワケ」
イフューが興奮するわけだよ。
極小単位の願望器じゃん。
わたしは<闘姫>の面を撫でて。
「頑張ってね。アン」
『……当たり前でしょう?
こんなお膳立てされたら、負ける気がしないわ』
不思議だね。
アンが拗ねた
『――戻りなさい。クレア。
今度こそ、グレイブに鉄拳を食らわせるわ』
強気に告げるアン。
それでこそだよ。
わたしは笑顔を返して、<闘姫>から地面へ飛び降りる。
右手を掲げて告げる言葉は。
「さあ、踊って。
――アンジェラ!」
相手はよりどりみどりだよっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます