第6話 古城の女城主
それは、侍女の何気ない疑問だった。
「そういえば、今更ですけど。
アナスターシャ様の語る物語は、全て作り話ですよね?」
「はい?
えぇ、そう伝え聞いています」
「というと?」
「私が語る話は、基本、友人からのまた聞きなんです。
元ネタになったお話はたしかにありますが、基本的にその元ネタのお話は作り話だと伺っています。
まぁ、中には実話を元に創作されてものもいくつかあるらしいですが」
「へえ、本当にあった怖い話ってことですか?」
「えぇ、そのお話の一つに【古城の女城主】という物語があるんですが、これは他の物語と違い友人の故郷で実際に起きた事件、実話を元に、友人が作った話です。
実際にあった話を元ネタにしてるので、この話をする時、友人はかなり慎重になっていましたね。
だから、紙芝居でもかなりレアな話のひとつです。
男爵領で販売されている本にも収録されていません」
そこまで説明されると、とても気になってくるのが人の性だ。
「どのような話なのですか?」
「……タイトルにある通り、とある古城の主の話ですね」
「…………」
侍女が期待の眼差しを、ナターシャへ向ける。
「?」
それの眼差しを受けて、ナターシャが首を傾げる。
「あの、アナスターシャ様。
肝心の怖い部分は?」
「言ったじゃないですか。
この話は、創作者の友人ですらあまり話すことのなかったレアな話なんですよ。
以前、この王都で公演したら、その内容の残酷さに二度とやるなと怒られたらしいです。
そんなわけで、そうそう簡単に話すことはできません」
とは言ったものの、正直ナターシャはこの話を怖いと思ったことはない。
ただエグイな、そして気持ち悪いな、とは思った。
面白いかどうかだったら、個人の好みに寄るだろう。
友人で、今は義姉となったミズキは元ネタが好きだと言っていた。
どちらかと言うと興味深かった。
侍女が残念そうに、ナターシャにお茶のお代わりを注ぐ。
そのお茶を口にする。
今のやり取りで、ナターシャの記憶が刺激されたのだろう。
彼女の脳内に、初めてこの話を聞いた時の記憶が蘇ってきた。
それは、【美】に取り憑かれた女性の物語だった。
***
その日は、そう、雨だった。
「あら、ナターシャ様。今日はおひとりですか?
いつもありがとうございます、と言いたいところですが」
いつかの休息日。
ミズキの紙芝居の常連客となったナターシャは、その日も意気揚々と家を出た。
兄二人は用事があり、今日はナターシャ一人である。
公爵家等と違い、護衛等は元々ない。
ましてや、公共の場に出ることの多い兄達ならともかく、ナターシャはご近所さん以外にはあまり顔を知られていない。
私服も、質素とまではいかないがその辺の町娘と変わらないものを身につけている。
まずキッチンに行き、母と長い間この家に仕えてくれているメイドのおばあさんが作ってくれた弁当を回収する。
ナターシャとミズキの二人分あるのでとても大きな弁当箱を使っている。
さて、意気揚々と家を出たものの、途中から雲行きが怪しくなり、ミズキが紙芝居をしている公園に着いた頃には、パラパラと小雨が降り出してきた。
そのため、公園には子供たちの姿は無かった。
ミズキは空模様を気にしつつ、公園の片隅にある
そんな所にナターシャが来たので、傘をさしてわざわざ声を掛けにきてくれたのだ。
「午前の部は、残念ながらお休みですね。
午後は、まぁお天道様次第ってところです」
持参した水筒から温かいお茶と、午前の部で売るつもりだった茶菓子を四阿に設置されたテーブルに広げて、ミズキはナターシャを歓迎しつつそう説明した。
ナターシャもナターシャで持参した弁当を広げながら、
「そう、ですか。残念です」
残念そうに返した。
母達からの差し入れと言うのも忘れない。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
ミズキは弁当の礼を口にしつつ、明らかにしょんぼりしたナターシャに思うところがあったのだろう。
「今日は他に人もいませんし。
ナターシャ様の為に特別公演でもしましょうかね」
そう言って、ニッコリとミズキは笑って見せた。
そして、ナターシャが持ってきてくれた弁当を美味しそうに食べ終え、お茶を飲んで一息つく。
それから、ゴソゴソと紙芝居をセットし始めた。
「ナターシャ様も、やはり美容には、いえ自分を美しくする事には興味がありますか?」
紙芝居をセッティングしながら、ミズキからそんな質問が飛んでくる。
「え、えぇ、全く無い、といえば嘘になります」
末端貴族ではあるが、やはり化粧や装飾品は必要最低限必要だし使っている。
それに、綺麗な宝石を使って作られた装飾品だって、ナターシャは嫌いでは無かった。
綺麗なものは綺麗だし、身につけてみたいと思うのは普通だ。
「ですよねー。
これからするのは、そんな【美しさ】に取り憑かれてしまい、破滅してしまったとある女性のお話です。
初めに言っておくと、途中で気分が悪くなったら言ってくださいね。
以前、王都でこれ演ったら体調不良者が出て、二度とするなって怒られてしまったもので。
それ以来、ほとんど話すことは無くなったんです。
男爵領だとその辺の規制が緩いし、皆さん耐性があるのかあまり気にしない方が多いので、本当に時々お話させて頂いてるんです」
セッティングが終わった。
お話のタイトルは【古城の女城主】というものだった。
お城の絵がデカデカと描かれている。
「わかりました」
むしろ、体調不良者が出るほどショッキングな内容にナターシャは興味を惹かれる。
物語に触れて、感情移入から感動して涙を流すなんて経験は沢山してきたし、ミズキに出会って、所謂、胸くそ悪い物語に触れるようになってから不快な経験もそれなりにしてきた。
だけれど、それはモヤモヤが残る程度で体調不良にまでなったことは一度も無かった。
だから、俄然興味がわいた。
そんなドキドキともモヤモヤとも違う、体調不良を起こすかもしれないほどのショッキングな物語。
ワクワクするな、という方が無理である。
むしろ、どんな話なのだろう、と目をキラキラさせるナターシャにミズキは苦笑しながら、紙芝居を始めた。
「昔昔、王族とも血の繋がりがある、それはそれは由緒ある家に可愛らしい女の子が産まれました。
その女の子は世間を知らず、まさに蝶よ花よと育てられました」
タイトルから、別の絵に変わる。
そこには、可愛らしい赤ん坊が美しい少女へと成長していく過程が描かれている。
「夢に夢を見て、恋に恋する女の子へと成長した彼女は、やがて産まれた時に決められていた相手と結婚します。
彼女には憧れがありました。
夢がありました。
華やかな舞踏会で踊ること、自慢の美貌を振りまいて社交界の視線を集めること、そして白馬に乗った王子様が迎えに来て求婚されること。
しかし、現実が彼女に齎したものは、厳格で口うるさい姑と、娯楽も何も無い田舎に建つ古城、そして退屈でした」
また、絵が変わる。
今度は手鏡に映る自分を眺め、うっとりする少女の絵だった。
「味方はおらず、夫は軍人でもありましたから家を留守にする事が多く、話し相手すらおりませんでした。
退屈と、嫁いだ先の姑、そしてメイド達からの扱いが次第に彼女の心を蝕んでいきました。
感情の起伏が激しくなり、時には些細な失敗をしたメイドに対して酷い折檻をするようになっていったのです。
そんな彼女が心を穏やかにするのは、決まって鏡に映る、幼い頃から褒められていた自分の美しい顔を見るときでした。
感情の起伏の激しさもそうですが、精神的にも不安定になっていった彼女は、次第に自室へと引きこもるようになっていきました。
そして、日がな一日鏡を見ては、自分の美しさに見蕩れるということを繰り返していたのです」
「その方は、自分のことが大好きだったのですね」
「正確には、美しい自分が好きだったんだと思います」
ナターシャの呟きに、他人事のようにミズキは返す。
物語は続く。
「さて、日々は過ぎ、姑が亡くなりました。
この頃から彼女のタガが外れかけてきます。
まず、姑に仕え、彼女に冷たい態度を取っていたメイド達。
姑が亡くなったことで、この城の女主人となった彼女はその血筋と権力をもって、メイド達に今までの仕返しを始めました。
最初こそ、自分のメイド達にしていた折檻。
それを、理不尽な理由をつけて姑に仕えていたメイド達に行うようになったのです」
(それだけ鬱憤が溜まっていた、という事でしょうか?
でも、それだと【美】に取り憑かれたという部分が希薄なような??)
ナターシャの疑問をよそに、ミズキの紙芝居は続く。
「そんな日々が続いたある日のこと。
その日も鞭を振るい、理不尽な理由でかつて姑に仕えていたまだ若いメイドの1人を彼女は折檻しておりました。
ただ、その日は殊更虫の居所が悪かった彼女はいつも以上にメイドを痛めつけていたのです。
メイドの服が破れ、皮膚が裂けて血が滲んでおりました。
そこに更に鞭打った時です。メイドの血が飛び散って、彼女に掛かりました。
あぁ、下賎なメイドの血で大切な肌が穢れてしまった!!」
彼女の悲痛な叫びを、ミズキは演じる。
「すぐさま彼女は、血が飛んで汚れた場所を拭き取りました。
そうして、気づいたのです」
絵がまた変わる。
ハンカチーフで、手の甲を擦る彼女。
その彼女が何かに気づいたかのような描写がされている。
(何に気づいたのでしょう?)
血が付着した場所を拭き取っただけ。
それで何が変わるというのか、ナターシャには想像もつかない。
話の流れからして、この虐げられていたメイドが主人公の彼女へ復讐する話かなとも考えていたが、どうやら違うようだ。
今度は直ぐに場面が変わった。
次に描かれていたのは、驚き、そして、とても嬉しそうな主人公の表情だった。
「???」
血を拭き取っただけ。
それだけで、何故そんな顔が出来るのか。
ナターシャはやっぱりわからなかった。
そして、主人公の方に目がいってしまって、鞭打たれていたメイド。
そのメイドの浮かべている、笑みにも気づかなかった。
「今しがた血を拭き取った場所。
そこがまるで実家にいた頃のような、艶々とした、キメの細かい白い肌にかわっていたのです。
嫁いだことによる、様々なストレス。
それによって、少しずつ彼女の肌は荒れ始めていたのです。
姑が亡くなった後も、お肌の荒れは止まりませんでした。
いろんな美容法に手を出していた彼女は、わざわざ魔法の専門家を頼って怪しい美容法まで試していた程でした。
たしかに、それらにも少なからず効果はあったのでしょう。
ですが、それ以上の効果をもたらす妙薬の存在を知ったのです。
えぇ、お気づきでしょう。
それは若い娘の、それも生娘の生き血でした」
「うぇぇ」
さすがに気持ち悪くて、ナターシャはそう漏らしてしまう。
「……ここまでですかね」
ミズキが紙芝居を止めようとする。
「いえ、大丈夫です。
続けてください」
気持ち悪くはあるが、本当に吐きそうになったわけではない。
むしろ、どんな結末になるのか、そっちの方が勝った。
しかし、続きを聞く前にちょっと気になったことがあるのでナターシャはそれを聞いてみた。
「あ、でもちょっと質問なんですけど。
そもそも、人の血液にそういった効能や効果ってあるんですか?」
「無いですね。
魔法的には相手を呪ったりは出来るみたいですけど、医学的根拠は皆無です。
そもそもそんなことで肌の調子が良くなるなら、自傷したらしただけ肌が綺麗になってしまいますし。
私もあまり詳しくはないですが、血液ってその人が持ってる病気を感染させちゃうこともあるらしいです」
びーがたかんえん、しーがたかんえん、えーず、と病名らしき名前をミズキはあげていくが、生憎ナターシャには聞き覚えのない名前ばかりだ。
「まぁ、そうですよねぇ。
それで肌が良くなるなら、月の物のとき採取したものでもいいわけですし」
月の物、つまり月経による経血のことだ。
「……ナターシャ様も中々ですね」
ちょっとだけミズキが引きながらそう呟いた。
「はい?」
よく聞こえてなかったのか、ナターシャが首を傾げる。
「いえ、なんでもありません。
続けますね。
彼女は、まさかと思い、さらにメイドへ鞭を振るいます。
痛々しい音が響き、血が舞います。
その返り血が彼女に飛び散ります。
そして、再び血が付着した場所を拭きました。
見間違いではありませんでした。
たしかに白く、かつての艶々とした肌がそこにはありました。
その日から、彼女の凶行が始まりました。
その舞台は、誰もが想像する古いけれど憧れるお城」
おどろおどろしい、お城の絵が描かれている場面に変わる。
そして、その城をまるで背負うかのように残忍な、でも、可愛らしい笑顔を浮かべた少女の姿も描かれる。
「留守がちな夫に代わり、今やこの城を切り盛りするのは彼女でした。
彼女の名は、エル。
美容のために、これから千人近い少女を殺すことになる、無垢なお姫様です」
そこで、今度はベッドに縋り泣き崩れている少女の絵が登場する。
「新しい美容法を見つけて一年もしないうちに、今度は最愛の夫が天に召されてしまいました。病気でした。
政略結婚で留守がちな夫でしたが、それでも彼女は彼を愛していました。
だからこそ、嘆き、悲しみました。
そして、この夫の死によって、それまで外れかけていたタガが、完全に瓦解してしまったのです。
若い娘を集めておいでなさい。
夫の喪があけて早々に、彼女は侍従へそう命じました。
ただの侍従が主人に逆らえる訳もなく、命令のまま近隣の貧しい村から若い娘を買い漁ってきました。
村としては口減らしが出来た上、お金がもらえるとあって嬉々として要らない子を差し出しました。
血の繋がった他人より、自分たちの腹を満たすことを優先させたのです」
今でも、それは行われていることだ。
どんなに取り繕おうとも、子供を売ってその金で自分たちの腹を一時でも満たすことを選んでいる人達がいる。
その現実を、ミズキは物語の中に反映させていた。
だからだろう、どこか皮肉混じりに語っているようにナターシャは感じた。
「売られた娘たちがどんな目に合うのか。
そんなこと、想像もつかなかったのでしょう。
いいえ、ついてはいけなかった。
そうして、城にやってきた娘達は、次々に血祭りにされてしまいました。
ある者は目をくり抜かれ。
ある者は指を切り落とされ。
ある者は口を切り開かれ。
ある者は顎を外されてしまいました。
娘たちは檻に入れられ、自分の順番が来るのを怯えて待ちました」
残酷な、影絵のようなものが描かれた場面が展開される。
目を覆いたくなる惨状を描いたものなのに、何故かナターシャはその絵に釘付けになる。
見たくない。気持ち悪い。穢らわしい。
そんな残酷な光景が絵によって表現されていた。
なるほど、たしかにこれは王都で怒られてしまったと言うのも納得だ。
だけれど、初めてミズキの物語を聞いた時のような高揚感のようなものが自分の中にあることに、ナターシャは気づいた。
怖い、見たくない。
でも、続きが気になってしまう。
この悪行の果て、主人公の彼女はどうなってしまうのだろう??
その興味、あるいは好奇心のほうが勝った。
「全ては自分の美貌のためでした。
娘たちから搾り取った血を体に塗るだけでは飽き足らず、彼女はそれを浴槽に溜めて湯浴みをし、新鮮なその血をワイングラスに注いで飲みました」
「おげぇ」
下品な声がナターシャから漏れる。
なまじ様々な媒体で物語に触れてきたからこそ、リアルに凄惨な光景が見えてしまったのだ。
「やめます?」
口に手をおいて、吐くのを我慢しているようにもみえるナターシャに、ミズキは提案する。
しかし、ナターシャはぶんぶんと首を横に振る。
「……ナターシャ様も、ほんと、大概ですね」
どこか呆れたようにミズキは呟いた。
「続けますね。
彼女、エルはより効率的に娘たちから血を絞れるよう、様々な拷問器具を開発しました。
蝶よ花よと育てられ、夢に夢を見て恋に恋する箱入り娘ではありましたが、その血筋故なのかたしかに箱入りのお花畑ではあったものの、その頭はけっして、そう、けっして弱くはなかったのです」
主人公、エルが作ったらしい拷問器具の数々が絵によって表現されている。
箱の中に凶悪な針や刃を仕込んだ物。
それを改良した、空洞になっている鉄の人形のようなもの。ただし、箱と同じように凶悪な鉄串が内側に備え付けられ中に入ったものを穴だらけにする拷問器具。
見ているだけでおぞましい道具の数々に、ナターシャは嫌な汗をかき始める。
吐きそうなくらい、気分も悪い。
だけど、
(続きが、結末が知りたい)
物語の終わり。それを確かめたい。
その欲が、ナターシャをミズキの物語に縛り付けていた。
ミズキは続きを語り出す。
「この拷問器具が彼女の頭の良さを物語っておりました。
……拷問器具の詳細については、省きますね」
真っ青な顔をしつつも、拷問器具の絵に釘付けになっているナターシャを見ながらミズキはそう言った。
どうやら拷問器具の詳細な説明もあったようだが、さすがにミズキもやめた。
ついでに、集めた娘たちの食事事情についても説明しないことに決めた。
あまりにナターシャにはショッキングな内容になるだろうと判断したためだ。
まさか、同じように捕らえていたほかの娘の肉を食べさせていた、とはこの青い顔を見てしまっては口にできなかったのである。
「それらの道具を使い、彼女は十年に渡り若い娘を虐殺し、血を搾り取り続けました。
その犠牲者の数は千人にのぼりました。
すべては、自分の美しさを保つために。
美しくあり続けるために」
「狂ってる」
物語だ。
作り話だ。
そう思うのに、何故かこの話には今までミズキが公演してきた物語にはないある種の異常さが滲んでいた。
そこで、ナターシャは理解した。
王都でこの話を禁止した、その判断をしたのが誰なのかは知らないが、でもそれは間違っていなかったのだ。
何故なら、この狂人の話には不思議な魅力があるのだから。
ナターシャがこの話の何に惹き付けられているのか、それは彼女自身もわからなかった。
このまま聞いていたら、まずい。
そう思うのに、でも興味を、好奇心を止められずにいる。
「えぇ、そうですね。
ナターシャ様の言うように、きっと彼女は狂っていたんです。
【永遠の美しさ】に取り憑かれ。
それを追い求めるあまり、狂ってしまった。
作家や画家、なんでもいいですけど、そういったものと同じで、狂うことにも素質と才能が必要なんです。
そして、この物語の主人公エルにはそれがあった。
それだけのことです」
「……美しくなるだけなら、他にも方法はあったはずです。
血に固執した理由が、私には理解できません」
「理解できなくていいんです。
これは、物語なんですから。
そういうものだと割り切って楽しんでください」
違う。
そうでは無いのだ。
ナターシャは自分の言葉足らずを恥じた。
本当に聞きたかったのは、何故、ミズキはこちら向けにこんな血に執着する主人公の話を書いたのか? という事だった。
何かが異質だった。
何かが今までミズキが語ってきた物語と違っていた。
天国へ行くために、ほかの亡者を足蹴にした男の話とは違う。
主へ、訪問の証として耳を持ち帰った騎士の話とは違う。
己を嫉妬から貶めて、死なせた周囲を祟り殺した女の話とは違う。
夫の裏切り、その復讐のために全身の生皮を剥いだ話とも違う。
どれも凄惨なことには変わりない。
でも、この話は明らかに今まで聞いてきたミズキの語る話とは一線を画していた。
「あ、の。
この話は、作り話なんですよね?
ミズキの故郷のお話を、私たちの国向けに加工し直したお話、ですよね?」
どこか縋るようにナターシャが訊く。
「……ええ、この紙芝居については全て作り話ですよ」
引っかかる物言いだった。
「でも、さすがナターシャ様。
勘がいいですね。
でも、本当のことは話し終えてから説明します。
今は、ただこのお話に集中してもらえたら幸いです」
あ、これ、絶対なにかある。
ナターシャは直感した。
「…………」
しかし、何も言わなかった。
この異質の正体、それはあとで説明がされるなら。
それなら黙って、物語を楽しむだけだ。
そう、考えた。
その時、わかってしまった。
(あぁ、そうか。
この話には、死者が、お化けが出てきていないんですね)
ここまでの惨状は、全て生きた人間が起こしている。
そこに気づいて、ナターシャは寒気が背筋を這い上がってくるのを感じた。
創作、作り話なのに。
これを一から作った人がいる。
この話、その元ネタを作った人がミズキの故郷にはいる。
しかも、ミズキがこの話、元ネタを知ってるということは、それが規制されていなかったのだろうと思われる。
それだけ、ある種の自由が許されていたのだろう。
ミズキの語りは続いた。
「さて、そんな殺戮の女城主、エルにも遂に罰がくだります。
捕らえられていた娘の一人が城を脱走。
このことを国王に報告することに成功しました。
時を同じくして、エルに淑女教育を教わる、という名目で出かけ行方不明になっている貴族の娘たちがいることもわかりました。
これにより、エルの住む居城は捜査されることとなります。
派遣された捜査隊は城につくなり、その異様な臭気に口と鼻を覆い、顔を歪めました。
そして、城のあちこちを掘り返してみると、出てくるのは、死体、死体、死体。
夥しい数の死体の山でした。
捜査のリーダーを務めたのは、エルの従兄弟であり幼い頃一緒に遊んだ、彼女が【お兄様】と呼んで慕っていた男性でした。
問い詰めようと、男性がエルの自室に駆け込みます。
そんな男性を見て一言、エルは穏やかに、笑顔を向けました。
そして、
あら、お兄様。探し物は見つかりまして?
無邪気に、まるで子供のように言ってくるエルは、昔のままでした。
このあと、エルは裁判に掛けられ、その血筋の高貴さから死罪は免れ、幽閉が決まりました。
彼女に従った侍従達は生きたまま火刑に処されました。
そこから、三年間。陽の光の当たらない塔の中で彼女は孤独に生き続けました。
食事は一日1回。そんな中でも、彼女は生き続けてしまったのです。
そして、三年後のある日。
食事の量が減っていないことに気づいた看守によって、彼女の死が確認されました。
しかし、不思議なことがひとつ。
発見された彼女は、まるで枯れた枝のように干からびており、遺族でさえもそれが当人であるかは判断がつかなかったらしいです。
そう、まるで、一日で干からびたようでした。
幽閉されていた部屋の隅、その壁には、彼女が書いたであろう文字が刻まれておりました。
【私は永遠を手に入れた】
おしまい」
そこで、物語は終わった。
そして、説明が始まった。
「さて、この話自体は作り話です。
元ネタがあり、それをベースに私が考え、作りました。
でも、ほかの話と違う点がひとつあります。
それは、この話元ネタが、私の故郷だと本当にあった話なんですよ」
「……え?」
「何百年も前の話らしいですけどね。
美しさを求めて、公的な記録だと80人。主人公のモデルにした人物の証言によると六百人強を殺したとされています。
でも、たしかなことはわからないんです。
詳細な記録は、それが保管された場所が火事になったらしくて焼失してしまったらしいです。
ただ、私はこの元ネタの話、好きなんですよ」
この時のナターシャには、その説明が全く入ってこなかった。
それ以上に、驚愕していたのだ。
こんなことをする人間が実在するのか、と。
「ナターシャ様。
本当に怖いのは、死者の想いや憎しみではなく、生きた人間ですよ」
ただ、苦笑混じりにそう言ったミズキの顔はとても印象的だった。
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