#38 知る事×知ってる事

 歌恋さんと別れ、美恋と共にアパートへ帰宅した頃には、陽が暮れていた。家に着いた途端、二人してへたり込む。


「疲れたぁ〜」

「ふぇぇぇ〜」


 気を張っていなくて良い環境に、力が抜けた。

 先に立ち上がった美恋は、カチューシャを外し部屋へと向かって行った。目の前でふわふわな大きな尻尾が広がる。

 俺の頭に、歌恋さんとの会話がよぎる。


「心から愛する人と通じ合うこと……」


 歌恋さん曰く、その相手は何も俺じゃなくても良いとの事だ。ただ、今の美恋が一番近くに感じているのは、間違いなく俺だと、歌恋さんは言っていた。

 つまり、呪いを解く為に最も都合のいい相手が俺という事だった。

 その点も歌恋さんは謝っており、この部屋で同居を許したのも、それが理由だった。


「公正〜、何か言った〜??」


 頭から耳を生やした美恋が部屋から顔を覗かせる。


「何もー」

「わたし、お布団の用意しちゃうね!」

「りょーかい。俺は風呂の準備するよ」


 俺じゃなくてもいい……。


 歌恋さんからの言葉に複雑な気持ちを抱えながらも、"心から愛する人"、"通じ合うこと"この二つの条件が満たされていない事が、今の美恋を見ていると嫌でもわかってしまう。


 父さんが言ってたことって、ごもっともだよな。


 一人、湯船の準備をしながら考えに耽る。


「公正〜、お腹空いてる〜?」


 浴室の扉を開けて美恋が聞く。


「いや、帰りに食べたので充分だ。まさか、お腹空いたのか?」

「えへへ、ちょっとだけ……」

「今から作るのは面倒くさいから、カップ麺でもいいなら食べていいぞ」

「うん! ありがとう!」


 そうだ! 美恋のこの食欲は呪いの狼由来だったりするのか?

 歌恋さんに聞いておけばよかった!


「なあ、美恋。お前のその食欲って体質が関係あるのか?」


 カップ麺をズルズル啜りながら俺の方を見る。


「んー。わかんない。お母さんは、わたしみたいに沢山たべてないかなぁ」

「そうか……」

「ねぇ……。もしかしてわたし太った……?」

「ん?」

「急にそんな事聞くなんて、何かあったのかなぁって思ったの」


 勘の鋭いやつだ。


「いや、別に……。そういえば、聞いてなかったなーと思って」

「ふーん……」


 ズルズルカップ麺を啜りながら、疑いの眼差しを向けてくる美恋。


「で、公正〜。わたし太った?」

「わからん。パッと見、何も変わってない」

「…………」


 自分のお腹を気にする素振りを見せる美恋。麺を啜るのを止め、カップ麺の中をジッと見つめる。


「なんだその反応?……お前、まさか……」

「言わないで!!」


 これは……確実に増えてるな……。


「これから夜食は程々にしろよ……」

「ちがっ! おっぱいだもん! おっぱいが大きくなったんだもん!」

「そんな報告を俺にするな!! 恥ずかしくないのか!?」

「だって、公正だもん。別に恥ずかしくないよ?」


 聞いててこっちが恥ずかしくなる。

 同い年の女の子の胸の事情など、思春期には刺激の強い話だった。


 俺は先にお風呂に入り、上がってすぐ布団に潜る。

 続いて風呂上がりの美恋が、軽い足音を立てて俺の寝る布団まで近づいてきた。


「ねえ、公正。ドライヤーやってほしいなぁ」

「え?」


 体を横にしたまま、寝返りを打つ様に、美恋の方へ体を向ける。


「何で?」

「んー、何でかなぁ。なんだかそういう気分になってしまいましたぁ」

「なあ、美恋。もうちょっと女の子の自覚を持っても良いんじゃないか? 俺は男なんだぞ?」

「う〜ん。公正は男の子だけど、公正だよ?」

「普通、異性に身体だったり、髪を触られるのは嫌なものだと思うけど……」


 突拍子もない美恋の要望に悩んでいると。


「誰でも良い訳じゃないよ……。公正だから、わたし、許せるんだよ。耳だって尻尾だって、公正以外の人には、あまり触られたくないもん」


 美恋の言葉にドキッとする。


「ねぇ、だめ?」


 ドライヤーとブラシを両手におねだりをする。

 まだ、乾いていない髪と尻尾が妙に色っぽい。


 反則級に可愛いな!


「はぁ……。わかった、やるよ……」


 瞬間、美恋の表情がパァッと明るくなる。


「やった! ありがとう! きみただぁ!」

「!!! 抱きつくな! 離れろ! 冷たい!」


 柔らかい感触が身体に伝わる。

 確かに大きくなっている……のかもしれない。

 ただ、濡れた髪がまとわりついて、そこそこ不快だった。


「はぁぁぁぁ〜。きもちいぃぃ〜」


 俺は美恋の後ろで、髪を梳かしながらドライヤーを当てていた。


「公正、うまいねぇ!」

「そうか? なら良かった」

「うん! 最高だよ!」


 気持ち良さそうに、偶にくすぐったそうに、ピョコピョコと耳が動く。

 丁度いい落ち着いた機会だと、美恋に踏み込んだ質問をしてみた。


「美恋が寝てる時に、歌恋さんから少し話を聞いたんだけどさ、ここに来る前の美恋はどんな感じだったんだ?」

「…………えっと、ね……。外国の学校で楽しくしてたよ! 仲の良い友達と遊んだり、一緒に勉強したりしてたの!」

「……へぇ、外国かぁ」


 嘘だ。

 聞いていた話と違う。

 美恋は、ほとんど家から出ていないはずだ。まして友達なんて、歌恋さんの話と違う。


 この授業が楽しかった。

 あの子が面白かった。

 友達同士で映画を観た。


 つらつらと本当にあったかの様に、出来事を話す。

 俺はドライヤーを止め、ブラシを置く。


「美恋……。本当は……?」


 話が止まる。

 肩が小さく震える。

 そして、掠れた声で認めた。


「嘘つきました……」


 声を聴いただけで分かる。

 美恋は泣いていた。

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