#34 美少女×美少女
「おはようございます」
勤め先のスタッフに挨拶をする。
「おはよう」
キッチンから柏坂さんが顔を出す。
大学生である柏坂さんは、職場の先輩だ。立ち振る舞いが綺麗で気配りもできる。
俺もああなりたいと、密かに憧れている男性だ。
「おっはよ〜公正く〜ん☆」
呼びかけに振り向くが、誰もいない。
「うっ!」
「こ〜こ〜でぇ〜すぅ〜」
いるのは知っていたが、見えない素振りをしていると、お腹に軽いパンチを受けた。
俺に声をかけてきたのは天司だ。
「なにも殴らなくてもいいだろ……」
「身長が小さいのコンプレックスって、知ってるよね〜」
「…………。悪かった」
「よろしい!」
そんな小突き合いをしていると。
「ふふ、なんだか。仲直りできたみたいだね」
柏坂さんの一言に、お互い顔を見合わせて、顔が赤くなる。
「まあ、なんとか、それなりにです」
俺は天司から視線を外し、仕事に取り掛かりますと、その場を後にした。
そこそこのピークタイムが終わり、休憩を取る。賄いは空いたテーブルを使って食べていた。
賄いを食べ終え、テーブルを空けようとした時、カランと来店のベルが鳴る。
「いらっしゃいませ〜」
天司の声が店内に響くと。
「あ! 美恋ちゃん!!」
どういうわけか同居人の名前が聞こえてきた。
「空羽ちゃん!」
「どうしたの?……あ、ご飯食べにきたのか! すぐに案内するね!」
「あ、えと、待って」
飲食店への来訪なんて、ご飯を食べる以外ないだろうと、天司は案内をしようとしたわけだが、美恋の方はなにやら別の目的があるようだった。
「公正いるかな?」
「うん。そこにいるよ」
俺の事情などお構いなしといったように、条件反射が如く、俺のいる席を指差す。
そして、当たり前のように、美恋を俺のいる席へと案内していた。
「何しにきたんだ……」
「ちょっと、相談があって」
「家じゃダメなのか?」
「善は急げって言うから……」
この時、俺は美恋が何を言い出そうとしてるのか、おおよそ見当がついた。
「お前、まさかここで働きたい……なんて言わないよな?」
あ、その目は、「どうしてわかったの?」って思ってるな……。
「すごい! どうしてわか……」
「わかるだろ〜……」
美恋の言葉を遮るように頭を抱える。
頭を上げると同時に、その様子を見ていた天司に視線を移す。
ニヤニヤと意地の悪い笑顔をしていた。
「悪いけど、そういう話は後にしてくれ。そろそろ休憩が終わりなんだ」
そう言って俺は、席を立つ。もちろんご飯は食べていってもいいと伝えた。
少し悲しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべる美恋に、心が痛みはしたが、こっちは仕事中なのだ。
美恋を席に残したまま休憩から戻り、天司と入れ替わる。
「賄い、いただきま〜す」
お皿に盛られたパスタを持って、天司は先程まで俺がいた席へ着いた。ようするに美恋と一緒にご飯を食べていた。
内容こそ聞こえないが、終始、楽しそうに会話をする二人。
時折り天司がこちらをチラチラ見ながらニヤニヤしていた。
しばらくして、天司が戻ってくる。
「いや〜、公正く〜ん。わたしも負けてられないですわ〜」
「何の話だ?」
「ライバルだからね〜」
「…………」
天司の言いたいことが何となくわかる気がする。だから、上手い返しができなかった。
「天司さーん、お皿持ってきて欲しい!」
「は〜い!」
キッチンで調理する柏坂さんから声が掛かる。
すれ違い様、周りには聞こえない小さな声で言う。
「わたしが一番だから☆」
そう言うとテキパキと柏坂さんにお皿を届けに行った。
どうやら美恋は、俺の仕事が終わるのを待つことにしたらしい。
比較的落ち着いたディナータイムを終えて、事務作業していた店長から声が掛かる。
「雛菊くん。ちょっといいかな」
「なんでしょうか?」
店長の後を追う。
そしてなぜか、美恋の座るテーブルへと辿り着いた。
「座って」
促されるままに、美恋の隣の席へと腰を下ろす。美恋はというと、何が始まるのか気になってソワソワしている。
「単刀直入に言うよ……」
「え? ……は、はい……」
すごい怖い。何を言われるのだろう。普段、温和な店長の眼が鋭かった。
「最上さんを雇おうと思うんだ」
「…………はい?」
俺の素っ頓狂な反応とは逆に、美恋は目を輝かせていた。
「
天ちゃんとは、天司のことである。
「最上さん、うちで働きたいんだって? もう、ウェルカム!!」
テンションの高い店長を見て呆気に取られる。先程までの緊張感は何だったんだ……。
「可愛い子は多い方が良いからな! 華やかになるだろ職場が! それに、ホールに立つ人で売り上げ変わったりするから、これからは天ちゃんと"みーちゃん"の二枚看板だ!」
みーちゃん!???
「みーちゃんって……」
「ん? 最上美恋で美恋だから"みーちゃん"だろ」
「きみただぁ、みーちゃんだって〜!」
「何で嬉しそうなんだよ」
「だって〜、愛称なんて初めてだもん!」
「そうか……」
「ねぇ、公正。みーちゃんって呼んでみて〜」
「呼ばない」
「えーーー」
不貞腐れたように唇を尖らせる美恋。
「ところで店長、何で俺に言うんですか?」
「そりゃ、お前たちが同棲しているからだろ」
そうだった……。以前の会話を店長と柏坂さんは聞こえていたんだった。
「で、どうなんだ? いいのか?」
「店長がいいなら、俺から言うことはないですよ」
「よし! じゃあ、みーちゃんはいつから働きたい?」
「明日からです!」
勢いよく、宣言する美恋。
「美恋、流石にそれは無理だぞ」
「オーケー、じゃあ明日から働こうか!」
俺の否定とは逆に、店長は許可を出した。
「ありがとうございます! 店長さん!」
「マジですかー……」
面談?の後は、いつも通りの業務に戻り、一日を終えた。もちろん天司からは、こってりイジられた。
そして、翌日。
美恋と共に出勤する。
「おはようございます」
「おはようございます!」
美恋と一通り挨拶を済まし、研修担当の柏坂さんに美恋を託す。
ランチタイム前に、基本的な業務を柏坂さんに習う美恋。真剣に取り組んでいるように見て取れた。
お昼時のピーク手前、天司が出勤する。忙しくなる直前のシフトだった。
「おっはよーございまーす!」
元気の良い挨拶がキッチン内に響く。
挨拶を終えた天司は、ホールで俺の隣に並ぶ。
「美恋ちゃん、どう?」
「しっかりやってると思う」
「ふ〜ん。そっか。私も頑張らないとね!」
天司を小さい身体でオーバーに気合を入れる素振りをみせた。
「雛菊くん! 食べ終わってる卓のお皿回収してきてー! あと洗い物もお願い!」
「了解です!」
なんだこれ! めっちゃくちゃ忙しい!
オーダー、片付け、洗い物、何一つ噛み合っていない。いつもなら落ち着く時間帯のはずなのに、待ち列が外まで出来ている。
その原因は……。
「いらっしゃいませ!」
「お待たせしました〜! ペペロンチーノです!☆」
美恋と天司だった。
うちの店にしては珍しく、店内のお客さんのうち8割が男性だ。外まで延びた待ち列も全て男性で出来ていた。
短めの休憩から柏坂さんが戻ってくる。
「すごいね。今日」
「ですね……。なんでこんな……」
「外を歩いてる時に見聞きした感じだと、最上さんと天司さん、凄い話題になってるっぽいね」
「話題に?」
「美少女が接客してくれる店があるって」
「美少女……」
当たり前すぎて、気にしてたことが懐かしく感じる。この二人、ものすごく容姿がよかった。
もとより天司目当ての客も多くいたが、美恋の登場で、導火線に着いていた火が爆発したわけだ。
「いらっしゃいませ! こちらにご案内しますね!」
美恋は教えられた仕事はミスなくこなしていた。正直言って、意外だった。
あれよあれよと時間が過ぎ、一日の営業が終わる。
「みんな、お疲れ様!」
「お疲れ様です!」
店長の労いにみんなが答える。
「初日から大変だったな」
「お仕事って疲れるねー」
「美恋ちゃん、美恋ちゃん! 今日のは異常だから!」
普段を知らない美恋に、天司が今日の状況を話す。びっくりする美恋だったが、その原因の一端が自分にあるとは微塵も思っていないだろう。
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