第8話 異世界サバイバル、ただしバス付
テレビか何かの知識だけど、遭難時に意識すべきは『3』らしい。
衣服がなければ3時間で体が冷えるし、
水がなければ3日で死ぬし、
食い物がなければ3週間で死ぬ、ということらしいが、それを実感することもなく、僕らは文明の残りカス、具体的にはバスとみんなの荷物の力でどうにかなった。
まず水。
これはさっき集めた。みんなの荷物の中に水筒とかペットボトルがあったから。
次に食糧。
これもさっき集めた。みんなの荷物の中に、おやつとかがあったから。
そして寝床。
話し合いの結果、僕が車内で木崎さんが仮眠室となった。
仮眠室には鍵もあるわけで、妥当ではある。
横転しているとはいえ布団さえちゃんと敷けば、まあそれなりの寝心地だろう。
水よし、食料よし、寝床よし、衣服よし。
というわけで、最後に残った課題は『火』だけだった。
そこらへんから枯れ木を集めてもらって、バスから離れた場所に適当に積む。
「発煙筒、使う?」
早速エロ本が火付けに、と思っていたら、
「もったいない。『魔法』でいい」
どこか楽しそうに木崎さんがそう言った。
「はい?」
「『火』」
『魔法』、という言葉に僕が反応する暇もなく。
木崎さんが手をかざしてそう告げたとたん、何もない地表から炎が吹きあがって枯れ木の小山が爆散した。
空から炭がぱらぱらと降って、僕らはそこで立ち尽くす。
「……ごめんなさい……」
いつものように無感情に、木崎さんが呟く。
「……うん」
「わざとじゃなくて……その、ちょっとやってみたくて……」
顔が真っ赤になった木崎さんがふらふらと去っていく。
「大丈夫だから、分かるから! 僕も魔術回路とやらがあればやらかしてたから!」
「……え?」
木崎さんが足を止める。
このあたりに何がいるかもわからないんだから、一人になるとかやめてほしい。
「今、なんて?」
振り返って、驚いた顔で僕を見る。
「大丈夫って……」
「その後」
「僕も魔術回路とやらがあれば……」
「無いの!?」
「うん」
「何で!? 異世界なのに!?」
こんなに驚く木崎さん初めて見たな。
悪魔にしっぽ突き付けられても平然としてたのに。
「何でって……ほら、僕、悪魔と契約してるし。それで手一杯だったらしくて」
「そ……そう」
「だから助かったよ。ていうか、一人になると危ないし……気にしてないから戻ろ」
そう言って、僕は足元の枝を拾おうとして、黒い革のブーツが見えた。
「あは」
顔を上げると、目の前に悪魔がいた。
「一人になると危ない、ですか」
ニヨニヨと悪魔が笑う。
「……なんかおかしいか?」
「そりゃおかしいでしょー。これでも、あなた達の倫理観は理解してるつもりですから」
「何が言いたいんだお前」
「何ってそりゃ、」
その時だった。
「ねえ、その悪魔っていつまでつけとくの?」
木崎さんが、話を遮るようにそう言った。
明確に不機嫌そうだけど……さっきからなんか、木崎さんの反応が全体的に珍しい。
木崎さんってこんなキャラだったっけ?
口数と感情が少ないメガネの美人のクラスメートってくらいしか印象がなかったけど、そもそも僕は木崎さんをその程度にしか見れてないから足元を掬われたわけで。
つくづく僕に人間観察の実力は身についていないらしい。『探偵』なのに。
「いつまでって……離れないんじゃないの? これ」
「これ呼ばわりですかぁ」
正直、これから一生悪魔と仲良しライフだと思っていた。
「……まあ、離れようと思えばそれなりには。姿も消せますよ。命令一つで戻らされますけどね!」
最後の部分はヤケクソぎみに叫ぶ悪魔。
それでもどこか機嫌が良さそうなのがよくわからない。
「それなりってどれくらい?」
「受肉してるんで、あなた達の世界の単位で言うなら、10キロメートルくらいならいけますね」
ほぼ自由じゃねえか。
「そういうことなら離れてくれねえかな。僕らの声が聴こえない程度まで」
「いいんですか?」
「……私を見る意味が分からない」
なんで私に話を振るの、と言いたげだけど、それ以上に……
……木崎さんが、怒ってる?
「あらら、とりあえずお邪魔みたいですし、さよならー」
ぼん! と黒煙が湧き出して、手品のように悪魔は消えた。
「……何なの」
「何って、そりゃ……」
「それより……聞いて? 私ね、あの天使に色々聞いたんだけど、私って、魔法の才能があったの!」
そりゃすごい。それこそファンタジー小説の中でしか聞いたことがないセリフだ。
一回言われてみたいな……『魔法の才能がある。』
なんか……そういうことを言うイメージのないクラスの女子がそういうことを言うと、学芸会でもやってる気分だ。
「それでね、聞いて。MPってあるでしょ? そもそも本来、体力だって感覚でしかしかわからない。じゃあMPって何? どんな感覚がするの? って思ってた。
実際使ってみるとやっぱり感覚みたいで……ゲームみたいに数値で出るわけじゃなかったけど、本当に体力と感覚的には使い方は一緒。
あとステータスみたいなのもなかった。考えてみれば当然だった。手を切られたら10ダメージとして、手しか切らずに死ぬわけない。
もともと私、ゲームでドラゴンのしっぽとか翼しか切ってないのに討伐成功! ってなるのに違和感があって……」
……うん?
「でも、そうすると文明の発達自体どうなってるかわからないでしょ?
だって、文明が生まれたのって、人類は最初に火を科学的に起こしてから。
でも魔術で火を起こせるなら、文明の発達が全然違う可能性の方が大きい。
それに、魔術を使える動物がいるのかっていうのも気になるし、他にも空気抵抗とか重力加速度とか……」
「ごめん、ちょ、ちょっと待って」
「えっ?」
「……あのさ、一個聞いていい?」
「ふふ、なあに?」
見てわかる。
明らかに今、木崎さんはこの状況を……
「……木崎さん、楽しんでるよね?」
その一言で、世界が変わった。
浮かれた空気が急停止したような、それでいて気温までも下がったような……
……いきなり、世界のなにもかもがつまらなくなった感覚。
「……悪い?」
声色を変えて、木崎さんが尋ねてくる。
「いや……ごめん、その……」
「何で謝るの? 言えばいい。こういう時にわだかまりを残すなんて、『事件を呼ぶ』でしょ」
有無を言わさない雰囲気と、言葉が僕に刺さる。
『探偵』である僕らにとって、『事件を呼ぶ』という言葉は何よりも強い『やめとけ』の意味だ。
「言って。怒らないし、怒ってない」
「……」
これ絶対に怒ってるよなー、と思いつつ、観念して言うしかない。
「いや……意外だな、と思ってさ。僕は木崎さんが、あっちの世界に帰りたいと思ってたから……」
「それを言うなら、貴方こそ」
ふっと、木崎さんの表情が変わる。
意外なことに、本当に怒ってはいなさそうだった。
「人を殺したくせに、あっちの世界に帰りたいの?」
しかしだからこそむしろ、木崎さんの言葉が突き刺さる。
怒ってもいなければ、責めるような口調でもない。
ただただ不思議そうに、木崎さんは僕に言った。
だが、だからって僕の考えが変わることもないわけで。
「そうなんだよね、僕、帰りたくて仕方ない」
キャンプ的な意味では今この時がとても楽しいけど、残りの一生この世界っていうのはまっぴらごめんだ。
まだクリアしてないゲームも、続きが気になるマンガも、まだ見たことのないアニメもある。
それこそが僕の世界で僕がやりたい『普通の』ことであって、ここは僕のいたい世界じゃない。
「それ、本気……?」
うんざりしたように、木崎さんが言った。
「逆に聞くけど、木崎さんは何が気に入らないの?」
それこそ女子なんだし、衛生的なアレコレを考えても僕よりよっぽど帰りたいかと思っていた。
「全部」
「え?」
「だから、全部。私は、あの世界の『全部が』、『嫌い』!」
しかしそんな僕の予測を一撃で吹き飛ばす苦々しい表情で、木崎さんは言った。
「あなたも『探偵』として生きるなら、わからないの? あの汚い世界で、私達がやらされるのは、ゴミ処理。
運命が私達『探偵』を事件に引き合わせて、その度に、ゴミを処理させられるだけ!
芹沢くん、学園に入ってから、何件事件を解決した?」
えっと……
「7件くらいかな……」
「全部、学園長の要請?」
「うん」
僕ら探偵は、基本的に学園長からの要請で事件にかかわることが多かった。
しかし探偵の『性質』として、そんなものはなくても探偵は事件に巻き込まれる運命にある。
運命とか非科学的極まりないが、僕らは疑いようもなく、明らかに異常なまでに事件に巻き込まれる『運命』の下にいる。
事件に巻き込まれるから探偵なのか、探偵だから事件に巻き込まれるのか……それは知らないけど、学園長いわく、
「神様みたいな何かが決めてるんでしょうね、くすくす」
とのことらしい。ウチの世界に神様は顔を出してないらしいが。
「羨ましい。私なんか……28件」
「……」
間違いなく多すぎる数だ。
いくら探偵でも、僕らみたいな学生が関わる数字じゃない。
ましてや、木崎さんは転校してきて大して時間もたってないわけで。
「そのうち巻きこまれたのが27件。この前は、危うく火事で死ぬところだった」
「……」
目元の火傷痕を見ればわかる。けっこう話題になったし、みんな心配してたからな。
「私には、この『ギフト』がある。だから、たぶん死なない、けど……」
ぎちっ、と何かが軋む音がした。
それが木崎さんの歯ぎしりだと気づくのが、少し遅かった。
「……男の子が死んだ。殺された。まだ六歳だったのに、遺産の取り分目当てで、自分の母親に……」
その表情に、そしてその無念さに対して、僕は何も言えることはない。
そういう犯人もいるから……なんて、簡単に片付く問題じゃない。
お互いに気まずい空気をどうにかしたくはあったんだろうけど、先に動いたのは木崎さんだった。
「……ごめんなさい」
「謝ることないよ」
「気分の問題。……もちろん私だって、この、こっちの世界がおとぎ話みたいに平和だなんて思ってない」
「そりゃね」
「……でも、遺産目当ての殺人だとか、ネットストーカーだとか……そういうのはもう、見たくない。汚いから」
こっちの世界でも似たようなのはいるんじゃ……という言葉を、僕は飲み込んだ。
「わかるっちゃわかるけど……僕ら『探偵』だしなあ」
正直、僕なんかはこの運命を受け入れ始めた感まである。
でもそれを言うと、木崎さんがこっちを睨むように、
「あっちの世界じゃ私達は『探偵』だけど、こっちの世界での運命も同じとは限らないでしょ?」
そう言った。
まあ……こういう人も、いるわけで。
「……まあね」
「だったら、私はこの世界に賭けてみたい。あんな世界、私には……耐えられない」
その言葉にどれほどの期待が込められているのか、僕は知らない。
ともあれ話は終わって、生き残らなきゃ始まらない。
そんなことは僕らお互いに何も言わなくてもわかっているので、
「……枝、拾ってくるよ。どっちにしろ、落ち着くまでは二人で行動したほうが楽でしょ?」
「それは貴方が、完全犯罪をしたいのなら別だけど。したい?」
「……」
この世界で、僕が殺人者だと知るのは、木崎さんだけだ。
だからまあ、確かに今、ここで僕が木崎さんを殺せば、完全犯罪なわけだけども。
分かってても僕が言いださなかったことを、木崎さんは皮肉っぽく笑って口に出す。
「そうやって言ってる時点でさ、僕がそんなことできないってわかってんじゃん……僕の負けだよ、この世界に警察があるなら突き出してくれていい」
本当に今更だ。
木崎さんを殺して僕がハッピーエンドになるくらいだったら、死んだほうがいい。
……っていうこの気持ちを、木崎さんはたぶんもう完全に見透かしていて、僕は僕でそれに『気づかされている』。
そうじゃなきゃ普通に考えて、殺人犯と仲良くサバイバルなんてできるわけがない。
「警察、あると思う?」
にっこりと笑って、木崎さんが僕をからかうように言った。
「さあ……どうだろうね」
ごまかすものの、木崎さんはこう言う所がわからない。
さっきの話で言うと、僕は僕で薄汚い犯人なわけで、木崎さんに蛇蝎のごとく嫌われててもおかしくないんだけど。
それでも木崎さんは今もこうして僕に向けて笑っているし、僕を信じて木刀を預けてくれた。
その意味は……信頼、ってことなんだろうか。
探偵に信頼される犯人なんて、それこそ意味が分からない。
それでもなぜか、その信頼に、触れてはいけない気がする。
「ふふ、じゃあこれからもよろしく」
かくして。
僕の殺人は放置されたまま、サバイバルが再開する。
そりゃまあ女子の一人サバイバルってのも現実的じゃないわけで、
だったら人殺しだろうが何だろうが協力しあうのが一番賢い。
つまりこうなることは効率的なことなんだろうけど……
「……」
一瞬、ほんの一瞬だけ、あの夜あいつを殺した時の感覚がフラッシュバックする。
……けれどめんどくさいので、その感覚に反応するのをやめた。
「あ、それと……一つだけお願い」
考え事をしていた僕の背に、木崎さんが声をかけてくる。
「一つと言わず、なんなりと」
せめて敗北した犯人は、探偵の言うことを聞くもんだ。
とか考えてたら木崎さんはしばらく迷って、言った。
――「この世界では、貴方は嘘をつかないで」
誰もいない森に、その声はやたらとはっきり聞こえた。
「それくらいお安い御用だけど……何で?」
問い返すと、悩んだような様子の木崎さん。
「うまく言えないんだけど、そうしないといけない気がした」
勘ってことだろうか。
僕が……犯人が嘘をつかずにいたところで、何か役に立つのか?
「……天使のお告げ、とかじゃないよね」
「それは違う。でも、あなたこそ悪魔に乗っ取られないように気を付けて」
「はは」
何とも言えない空気が流れて、ひとまず僕はまた振り返った。
日が暮れる前に火の確保だけはしとかないとな……と思ったその時――
「?」
僕ら以外の何かが、木々をかき分ける音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます