第110話


「アールグレーン嬢。俺と結婚してくれっ!」


 右には首の落ちた風竜。左には唖然とする婚約者。そして目の前には真っ赤な顔で跪き私の手を取るレオンハルト様。


 どうしてこうなった。


 風竜を倒してから、当初の予定通り進めようとさっさと狩りに戻ろうとしたがそう簡単にはいかなかった。みんな風竜に襲われたというショックからかなかなか動き出そうとしない。

 

 そんな中フラフラとした足取りでレオンハルト様が動き出した時は、さすが狩りに慣れているだけあって立ち直りが早いなと思ったんだけど……。

 いきなり目の前で跪いて、冒頭のアレだ。


 獣人は種族柄強さを重要視すると聞いていたけれど……。


 「獅子獣人である俺が手も足も出ない魔物を目の前でこうも華麗に討ち倒すとは! 惚れたっ! これ以上の女性はいないっ!」ということらしい。


 「っ、……いや、ちょっと待て! 落ち着け! オレリアは私の婚約者だぞ」


 唖然としていたウィルフレッド様がハッとして間に入り止めにかかる。


 「そ、それは知っているが……。2人の婚約した経緯も聞いている。王国のことがあっての婚約だろう? それはもう解決したはずだ。だったら俺でも良いじゃないか! 俺はアールグレーン嬢を愛している! 愛のない結婚より、愛のある結婚がいい。そうだろう?」


 愛のない結婚。間違っていないはずなのに、なぜか心の奥がチクリと痛んだ。


 「私だって……、」


 ウィルフレッド様がそう何かを言おうとするが、私はウィルフレッド様の言葉を聞くのが怖くて言葉を重ねた。


 「レオンハルト様。私はウィルフレッド様の婚約者です。レオンハルト様もご存知の通り、ウィルフレッド様、そして皇帝陛下は国も身分も無くし婚約破棄され傷物になった私を助けていただきました。私は帝国に返しきれない大恩があります。私はこれから先、帝国の力になっていきたいのです」


 いろいろ省いている事情もあるがこれは事実だ。実際私の身分も戻り、王国の家族にも会えた。あのポンコツ王子との再婚約も逃れ、今は歴代一の皇帝になると噂のウィルフレッド様と婚約している。

 ウィルフレッド様は見た目も中身も素敵だし、幼い頃から知っているから安心もある。

 その分皇帝陛下にはいろいろ振り回されている気もするけれど。


 「そうか……」


 レオンハルト様もわかってくれたかな……?


 「では、私と婚約しても帝国に恩返しができるように取り計らおう!」


 ぜんっぜんわかってない!!!!!


 「……お断りします!!!」






 あの後風竜をアイテムボックスにしまい予定通り狩りを続け、全員無事王宮に帰ってくることができた。

 王宮に戻るという案も出たが、風竜は私が倒してしまったので怪我人すら出ていなかったからだ。

 

 レオンハルト王子の護衛も無事終わり、これで一安心、と言いたいところだがそうはいかない。


 「アールグレーン嬢! ここにいたのか!」


 私はこのデカイ獅子耳の男に追いかけ回されている。


 「……レオンハルト様。なにか御用でしょうか?」


 私はなんとか口角を吊り上げ笑顔を作るが、この人にはそんなことは伝わらないらしい。


 「いや、少し帝都の外で共に狩りをしないかと思って……」


 そう言ってレオンハルト様は頬を染める。


 「そうだったんですね。でも、本日はもう時間も少ないし今から向かうのは大変でしょう」


 「遠慮などしなくていい! 馬で駆ければそうかからん」


 遠慮じゃないっっっ!!!


 全く意図が伝わらずに困っていると、それに気がついたウィルフレッド様がこちらへ早足で向かってくる。

 こういう様子のウィルフレッド様は珍しい。いや、珍しかったと言うべきか。


 「レオン!! ここにいたのかっ! またオレリアに付き纏っていたのか!」


 大森林から戻った後のウィルフレッド様は今までと少し違う。

 毎日私を探して狩りに行こうと声をかけてくるレオンハルト様。そしてそのレオンハルト様を探してどうにか私から引き剥がすウィルフレッド様という流れが出来上がっていた。


 レオンハルト様は毎日狩りに行こう、狩りに行こうと誘ってくるけれど、私を一体なんだと思っているのか。確かに私はちょーっと人より魔法が得意で強い従魔もいるけれど! 私だって一応女なんだけど。狩りがデートのつもりなのかしら。レオンハルト様と狩りに行くくらいならウィルフレッド様とお茶をした方がよっぽど楽しい。


 ウィルフレッド様はごめんっと合図してレオンハルト様を引っ張っていく。


 「もうっ! 最近レオンハルト様のせいで全然ウィルフレッド様とお話しできないわ!」


 別に約束していたわけじゃないけれど、こうもお茶すらできない状況が続くとなんだかモヤモヤしてしまうのだ。

 もういっそレオンハルト様が帰るまでノアとネージュと大森林の家に引き篭もっておこうかとも思ったけれど、皇太子の婚約者が隣国の王子をほったらかしにするのも良くないし。


 「はぁ……」


 一体いつ帰るのよ、あの筋肉王子は。

 帝国でウィルフレッド様の婚約者として生活し始めてからそう経っていないと思っていたけれど、もう既にあの生活が私の普通で、案外心地良く思っていたのだとこうなって知る。


 「まぁずっとこのままってわけにもいかないわよね」


 次にレオンハルト様がきたらキッパリお断りしようと心に決めた。

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