第72話


 そんな私達の様子を黙って見ていた皇帝陛下が口を開く。


「うむ……。冤罪だったということを国が認めたのは喜ばしい。国外追放取り消しも、家族と会えることを思えば良いことだろう。だが、婚約破棄の取り消しということはアールグレーン嬢を冤罪で国外追放にした者、第2王子だったか? とまた婚約させるということだろう? それはどうなのだ?」


 そう! そこが問題なのだ。

 きっと私が魔法を使えてグリフォンとフェンリルを従魔にしているのを知ったから婚約者に戻したいだけ。

 元々アンドレ殿下は私を好みではないのだから、急に好みが変わって私を好きになる事などありえない。完全に私の力目当てだ。


 なのにまたあの殿下の婚約者になる!? あの努力もせず能力も才能もないのにやたらプライドだけは高いあの殿下の!?

 ぜっっっっっっっったい嫌だ!!! 考えただけで鳥肌が立つ。


 元々私が頑張れていたのはダメすぎる殿下をいずれ妻となる私が支えるのだから、将来の自分が困るわ! と思っていたからであって、殿下が好きだったわけじゃない。

 もちろん王子の妃として恥ずかしくないように、貴族令嬢たちの見本になれるようにとも思っていたけれど。


 でもそんな気持ちも今回の件で吹き飛んだ。

 あんな殿下を支えるのなんてごめんだ。


「ふむ。その顔は、そうか。まぁ婚約者として努力していたにもかかわらずこんな仕打ちではな」


 とてもわかりやすく顔に出ていたらしい。気持ちをそのまま顔に出すなんて貴族令嬢失格だ。 失敗、失敗。


「だが罪と国外追放だけ取り消して再婚約はしないなど通るまい。どうだ? うちの息子と婚約するというのは」


 婚約? 息子と? 息子って……


 視線を横へずらすと、驚いた顔をした皇太子殿下と目が合う。

 皇太子殿下も聞いていない話しらしい。


「そう、ここにいるウィルフレッドとだよ。うちのと婚約していると言えば無理に婚約者に戻される事もなかろう」


 皇帝陛下がこんな事を言い出すのも驚きだし、こんな大国の皇太子殿下にここまで婚約者がいないのにも驚きだ。

 皇帝陛下も恋愛結婚だから、皇太子殿下のことも本人に任せているのかな。


 「いえ、あの、私は大森林やクレンセシアに家もありますし、ずっと帝都にいることはできません。そして私は冤罪とはいえ1度は国外追放になった身です。皇太子殿下の婚約者には相応しくないでしょう。それに皇帝陛下は皇妃様と恋愛結婚だと聞きました。皇太子殿下にも想う方と結ばれてほしいと思っているからこそ、今まで婚約者をお決めにならなかったのではないでしょうか」


「別に結婚したわけでもあるまいし、普段は自分の家にいれば良い。空を飛べる従魔もいることだし、必要な時だけ帝都に来ればよかろう。国外追放になったが、それは冤罪だったと国が認めたのだ。この通り証拠の手紙もある。全く問題ない。婚約者についてはたしかに私がそうだったから息子にも自分で選んだ人と結ばれてほしいと思っていた。王国へ行っていた頃よくアールグレーン公爵家に遊びに行ってはマティアスの妹がかわいい、頑張っていて偉い、僕のお嫁さんにする、婚約者の王子より相応しくなると騒いでいたのだ。問題なかろう」


「ちょっ、父上!!!」


 皇太子殿下は幼い頃の話を勝手に暴露されて顔を赤くして慌てている。


 問題なかろうって……、問題ありありですよ。

本当にそう言ってくれていたのだとしても、もう10年も前の子供の時の話で……。


 たしかにまたあの王子と婚約するのはなんとしても避けたいんだけど、だからといって皇太子殿下に不本意な婚約を押し付けるのもダメだ。


 何か良い解決方法はないかと悩んでいると、「アールグレーン嬢」と声がする。


声がした方を見ると、慌てていたはずの皇太子殿下が真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「もしよかったら私の婚約者になってほしい」


 えっ、でも……。


「せっかく想う相手と一緒になる事ができるのに、そんな機会を私のせいで失わせるわけにはいきません」


「たしかに父上には自分で想う人を婚約者にしていいと言われているが、そういう相手はいないんだ。今でも婚約していないわけだし。それに恥ずかしいけど、さっき父上が言ったことも本当なんだ」


「言ったこと?」


 皇帝陛下は色々言っていたから皇太子殿下がどの事を指しているのかわからない。


「私がアールグレーン嬢と結婚したいと言っていたことだよ」


 皇太子殿下は恥ずかしげに言う。


あっ! 私の察しが悪いばかりに、皇太子殿下にまた恥ずかしい思いをさせてしまった。


「あの頃私は悩んでいたんだ。父上と母上は恋愛結婚で、父上は母上以外を娶らなかった。だから兄妹は妹だけで、私は自動的に皇太子だ。正直貴族から色々と言われることもあった。本来なら兄弟の中で1番優秀な者が皇太子になるべきなのだと。そんな私の様子を見た父上が、気晴らしにと王国へ送ってくれたんだ」


 そんなことがあったなんて知らなかった。

 確かに昔はもっと大人しいイメージで、今の皇太子殿下に会ったばかりの時は驚いたけれど。


「そこでアールグレーン嬢、貴方に出会った。マティアスと仲良くなり何度か家に遊びに行っていた私は、私よりも小さなアールグレーン嬢が王子の婚約者だからといつも必死に努力をしているのを見て、私の悩みを話した。そして、なぜ君はそんなに頑張るのだと聞いたんだ」


 そうだったっけ? 10年も前でまだ小さな時だからあまり覚えていない。言われてみればそんなこともあった気がしてくる。


「そうしたらアールグレーン嬢は、私はいずれ王族になるのだから皆の手本にならないといけない。私だって自信はないけれど、それは努力しなくてもいい理由にはならない。最初から完璧な人などいないのだから、自信がないのなら自信がつくまで努力をすればいい。と言ったんだ。うじうじ悩んでいる自分が恥ずかしくなったよ。」

 

 小さい頃の私! 隣国の皇太子になんて事を!!!


「そして、私のことを良い皇帝になると言ってくれた。自分以外皇太子になれる人がいないからと現状で満足するのではなく、どうしたら周りから認められるのか、良い皇太子になれるのか悩んでいるのだから、と。努力し続けるのは大変だったが、アールグレーン嬢も頑張っているのだと思えば私も頑張れた」


 皇太子殿下は見た目も美しく、頭脳も武術も、皇太子として打ち出す政策も素晴らしく、歴代1の皇帝になると言われているほどだ。

 ここまでくるのは並大抵の努力ではないと思っていたが、その努力の裏に私の言葉があったなんて。


「だから国外追放のことを聞いた時もアールグレーン嬢が嫉妬でそんなことをするはずがないと思ったよ。実際ここに手違いだったから罪も国外追放も取り消すという手紙がある。私の見る目は正しかったということだ」


 そう言った皇太子殿下は跪き、私の手を取った。


「今の私があるのはアールグレーン嬢、貴方のおかげだ。ぜひ、私の婚約者になってほしい」

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