第49話
「申し訳ございません。リアという冒険者は領主様が町を出た次の日にこの町を立ちました」
あれから数日。皇太子殿下と騎士団長率いる使者団と、食事と睡眠以外は馬を走らせ最短でクレンセシアに戻ってきた。
いくら皇太子殿下が身体を鍛えていて騎士団長から剣の指導を受けているとはいえ、まだそこまでの実践経験はない。流石に疲れも目に見えてわかり、皇太子殿下もいるのだからもう少し休憩を取って進もうと進言したが皇太子殿下本人がそれを受け入れなかった。
尊い御身でありながら慣れない旅路に歯を食いしばり皇妃殿下のためにと耐えている姿を見て、どうか魔女がまだ町に滞在しているようにと祈ってきたが、どうやら遅かったらしい。
「ダメか……」
間に合わなかったと聞きここ数日の疲れが一気に押し寄せてきたのだろう。皇太子殿下は糸が切れたようにソファに沈む。
「まだ諦めるのは早いです。このドナートが言うにはその魔女は大森林側の門から町を出たと言います。大森林に住んでいるという噂もありましたから、予定通り大森林を探せば見つかるかもしれません」
その言葉を聞いた皇太子殿下はまだ希望が残っているとわかり顔を上げる。
「……そう、だな。
父上も大森林捜索にむけて金色の逆鱗をこの町に送ってくれると言っていた。他の冒険者を雇うための資金も用意していただいている。
金色の逆鱗が到着するまでにその魔女についての調査と、大森林捜索の依頼を出す優秀な冒険者を見つけなくては!
辺境伯はこの町で活動する優秀な冒険者のリストを作ってもらえるか?参考にしたい」
「かしこまりました。すぐにリストの作成に取り掛かります。ドナート、行くぞ!」
「私と騎士団長はその魔女について聞き込みをしに冒険者ギルドへ向かおう。
他のメンバーももう一手に分かれて聞き込みをしてくれ」
「「「かしこまりました!」」」
ここが冒険者ギルドか……。お忍びで街歩きはよくするが、冒険者ギルドは初めてだ。
思っていたよりも大きな建物で、素朴なデザインだがズッシリと重厚感のある扉が魔物との戦いを生業にする者たちの集まる場所だと知らしめているようだ。
「今から冒険者ギルドに入りますが、私がいるとはいえ荒っぽい冒険者に身分を知られるのは良くありません。
ここからは私のことはジルとお呼びください。私は殿下のことをウィルと呼びます。
ここからは敬語も使えませんがお許しください」
「あぁ。わかった」
カランコロン。
冒険者ギルドの中に入ると奥にカウンター、手前にはなぜか酒場がある。中は思ったより人が多く、酒場では多くの冒険者が酒を飲んでいる。
「冒険者たちは依頼の後カウンターで報酬を受け取り、ここで打ち上げをしたり依頼の成功やランクアップを祝うんだ」
疑問に思ったのが顔に出ていたのか騎士団長、ジルが説明をしてくれる。どうやらここだけでなく冒険者ギルドには酒場が付き物らしい。
さっそくその魔女について聞こうとカウンターにいる受付嬢のもとへと向かおうとしたが、ジルはなぜか酒場の方へと向かう。
そしてキョロキョロと辺りを見回すと、1人の冒険者に声をかけた。
「ここの席いいか?」
「んあ? ああ。お前達初めて見る顔だなぁ」
酒場で1人で飲んでいた蛮族のような男は酒で赤くなった顔を上げこちらを見る。
なぜこんな酔っ払いに? 聞くならもっとしっかりと話せそうな人を見つけた方が良いのではないか?
もう声をかけてしまった以上流れに任せて座るしかない。
「あぁ、今朝この町に着いたばかりなんだ」
ジルは酒場の店員にエールを3つ頼む。
「俺はジル、こっちはウィルだ。まだこの町のことはわからないことばかりだ。これから少しの間この町にいる予定だからよろしく頼むよ」
そう言って蛮族のような男性にエールを1杯渡すと軽くグラスを鳴らす。
「おお、気がきくな! 俺はゴンザレスだ! 何か分からないことがあったら俺に聞け!
俺は生まれも育ちもこの町だからな! 拠点もずっとここだから色々と詳しいぞ〜!」
ジルはまずおすすめの店や宿の話をふり、ゴンザレスという男との距離を縮めていく。
流石はジルだ。
それに比べて私はダメだな。母上のためにと自ら望んでついてきだがまるで役に立たない。
お忍びで町に出たり視察で地方に行ったりと民のことをわかっているつもりでいたがまだまだだったようだ。
「そういえば、この町に着いてから魔女の噂を耳にしたのだがどうなんだ?
みんな事実のように話すが、にわかに信じられなくてな」
ついに魔女の話か!
魔女と聞いて周りの冒険者達もこちらをチラチラと気にしているようだ。
この男が少しでも何か知っているといいが……。
「んお? リアのことか! リアなら俺の知り合いだぜ!
知り合いっつっても俺が迷惑かけちまって知り合ったんだがなぁ! ガハハハッ!」
知り合い!!! まさか1人目から当たりを引くとは!
この蛮族のような男が魔女と知り合いとは思わなかったが、運がいい!!
「ものすごく強い魔物を従魔にしていて大森林に住んでいるとか」
「あぁ。グリフォンとフェンリルだ! 嘘じゃねぇ。本当のことだぞ!
俺も初めは嘘ついて受付嬢を困らせてると思ったんだがな。実物を見せられて気絶しちまったよ!」
ガハハハハッ! っと笑っていると、周りの冒険者がヤジを飛ばす。
「オメェそんな簡単に言ってるが実際はギルドの目の前で泡を噴いて白目を剥いてひっくり返ったんだろぉが!」
「お、お前っ! そんなこと言ったらカッコつかねぇじゃねぇか!!!」
ギルド中でドッと笑いが起きる。
「ま、それがきっかけで詫びに酒を奢ることになったんだ。その従魔のグリフォンとフェンリルにも肉を奢ったぜ!!」
「おぉ! だがグリフォンとフェンリルほど強力な魔物、恐ろしくはなかったのか?」
この場はジルに任せようと思っていたが、この男が思っていたより魔女と交流があることを知りつい口に出る。
「お? まぁ言葉が通じるからな。
力の強い魔物は人語を話すと聞いたが、あそこまで流暢に話すとは思わなかったけどな!」
魔物が言葉を!
御伽噺では竜が話すような物語があるが、実際に話せる魔物がいるとは思っていなかった。
魔物と沢山の戦闘経験があるジルはそんなに驚いていないところを見ると、話せる魔物と遭遇したことがあるのだろうか?
「流暢に、か。それほどその2匹が強力だということだな。
だがそんな強力な魔物が街中にいて恐ろしくはないか?」
「いや、リアもあの2匹もこっちが何もしなければなにもしてこないぜ。
むしろ町の子供達なんかは従魔の2匹を触らせてもらったりなんかしてよ!」
子供達がグリフォンとフェンリルを!?
その衝撃は普段何事にも動じないジルがぽかんと口を開けるほどだ。
だが資料にあった通り魔女は話の通じそうな人でよかったと言える。
「いや、驚いた。それはなんとも心臓に悪い光景だな」
「あぁ。はじめはみんなおっかなびっくりだったが、今じゃみんなリアと従魔達の性格もわかったから問題なしだ! ガッハッハッ!」
「大森林に住んでいるという噂は?」
「あぁ、そりゃ俺が本人から聞いたんだ!
ラルージュ帝国に来たばかりだって言うからこれから帝国に住むのかと尋ねたら大森林に家があると言っていた。もともと従魔達が大森林に住んでいたから一緒に住むことにしたらしい」
大森林に住んでいるという話は本当だった!!!
「大森林に住むなんて、とんでもない話だな。
ぜひ俺たちもこの町にいる間にその魔女と従魔達にお目にかかりたいものだ」
「う〜ん。
この間家に戻ると言って町を出たばかりだからなぁ。
狩った魔物が貯まったらまた売りにくると言っていたが、リアはアイテムボックス持ちだからしばらくは来ないだろうなぁ」
やはり大森林を捜索するしかないのか……。
だが魔女の居場所がハッキリしただけよかったとも言える。
「アイテムボックスとは珍しい! 魔女と呼ばれているだけあるな。
だが俺たちがいる間にこの町に来ないのは残念だ」
「まぁ、ハッキリ来ないと決まってるわけじゃないからそう落ち込むな!
ウィルはよほど魔女を見たかったようだな!」
そう言われて背中をバシバシと叩かれる。
これは慰めているつもりだろうか?
「ま、それよりもお前達はゴロツキに絡まれないように気をつけるんだな。
2人ともこの辺じゃ見ないくらい綺麗な顔をしている。特にウィルは危ないぞ」
「私は男だぞ」
まさか女と間違えられた?
それなりに鍛えていると思ったがショックだ……。
「ガハハハハッ!! 女と思って言ってるんじゃねぇぞ!?
男だと分かっていても絡んでくるやつがいるんだよ!
厄介なやつだと捕まってそういう趣味の貴族かなんかに売り払われちまう!」
まさか! 貴族も皆が皆高潔だとは思わないが、そこまで腐っているとは!
「忠告ありがとう。ウィルのことは俺が気をつけるさ」
ハッ、そうだ。今は魔女に集中しなければ。
腐った貴族を炙り出すのはその後だ。
「じゃ、俺たちはそろそろ宿にもどるかな。これは色々教えてもらった礼だ」
ジルはコインをゴンザレスに向かって親指で弾く。
「おう! ありがとよ! またな。」
ギルドの重い扉を閉じると急に辺りが静かになり別世界に来たように感じる。
「思っていたよりも収穫がありましたね」
「ああ。騎士団長のおかげだ。辺境伯の屋敷へ戻り報告しよう。他の者も何か情報を掴んでいるかもしれない」
「ハッ! かしこまりました。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます