第7話 踊る木々と怒れる魔神

「ご、ご主人様。この辺りは少し日の入りが悪く、薄暗くなっております…もしかして…」


 ナディアは良からぬ気配の接近を感じ、辺りをキョロキョロ忙しなく見渡す。


 日も落ちて来ており、木々の背が高いこの辺りは、日の入りより少し早く、暗闇が森を覆い始めていた。鳥たちが低く鳴く声や、ガサガサと虫や小動物が草を揺らす音が、やけに大きく耳に響く。


 品定めされるようなねっとりとした視線が絡みつくようで不快感が募る。闇に潜む者たちが今にも飛び出して来そうな緊張感の中で、ナディアの額に脂汗が滲んだ。


 賊はもうすぐ側まで接近して来ているようだ。音を立てずに忍び寄る様子から、かなりの手練れではなかろうか。恐らくもう会話が聞こえるほどの距離に潜んでいるのだろう。


 そんなピンと張り詰めた空気の中、カルロスは呑気にナディアに解説してみせた。


「そうだなぁ…例えばこの辺りのように木々が日光を遮断して薄暗くなっていると視界も悪くて物陰に潜むには絶好のポイントだな」

「ギクッ」

「あの大木なんて身を隠すのにもってこいだし、俺だったらその影に隠れてタイミングを図って襲いかかるだろうな」

「ギクギクッ」

「まあ、後は単独犯だと獲物に逃げられたり、用心棒がいたら返り討ちにあう可能性もあるだろうから、少なくとも3人…いや、5人で四方を包囲して逃げられないようにするな。ああ、ちょうど人一人隠れられそうな木が俺たちを囲うように生えてるな。正に絶好の襲撃ポイントだ」

「ギクギクギクッ」

「……」


 聞き間違いかと思ったが、三度間抜けな反応が返ってきたため、カルロスとナディアは苦笑いしながら顔を見合わせた。


 散々怯えさせられたが、何とも拍子抜けであると、ナディアはビクビクしていた自分が少し情けなくなる。

 さっきまでの恐怖はすっかり無くなったナディア。カルロスが指摘した辺りを指差し、そのままくるくると指を回した。


 するとどうだろう。

 立ち上がるように木の根が土から現れたかと思うと、生き物のように根をうねらせながら、木が動いてナディアの側に集まって行くではないか。そして何故か、愉快にステップを踏んで踊り始めた。


「ほう、なかなか面白い魔法だな」

「ぎ、ぎゃぁぁあ!!!木が…木が歩いているぅぅぅ!!」


 カルロスはその様子に興味津々であるが、木の元の位置には、5人の黒ずくめの男がしゃがみ込んでいた。目元以外を布で隠し、表情は読み取りづらいが、隠れみのとしていた木が動き出したことに動揺と恐怖を隠しきれない様子だ。

 その木々はと言うと、今も尚軽快なステップで楽しそうに踊っている。


「お前達が噂の山賊だな?いつまでもうずくまっていないで出て来たらどうだ?丸見えだし」


 カルロスがため息混じりに言うと、山賊達はハッとして互いに顔を見合わせる。そして当初の目的を思い出したのか、懐から刀を取り出して、カルロス達を包囲する陣形を組み、にじり寄って来た。


「ああ、そうだ。俺たちはこの山を根城に盗みをしている盗賊だ。奇妙な術を使うようだが、怪我したく無けりゃ有り金全部置いて行きなぁ。あと金目のものもだ」


 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、一歩歩み出た山賊Aが刃先を揺らす。


「そうだ、そうすりゃ命だけは取りはしねぇ。だが、女ァ、お前は別だ。俺たちと一緒に来てもらう」

「彼女を連れて行ってどうするつもりだ?」


 山賊Bがナディアを指差して一緒に来いと手招きしている。カルロスが尋ねると、また別の山賊Cが笑いながら答えた。


「ギャハハ!売り飛ばすに決まってるだろうが!!若い女はいい値段で売れるんだよ!!」

「……この国に人身売買をしている奴がいるのか」


 山賊の言葉にカルロスの表情が強張る。それを自分達に恐怖していると勘違いした山賊達は、尚も調子付いて言葉を続ける。


「キッヒッヒ、あぁそうだ。企業秘密だからこれ以上は教えられねえがなぁ。売られた女はそりゃあいい思いをしているだろうよ〜。ぐへへ。まあこんな山の中まで入ってくる女は少ねえからなぁ、今日はついてるぜ」


 山賊達は舌舐めずりをしながら、ナディアの頭から足先までジロジロと無遠慮に見定める。

そして視線が胸元で止まる。


「ちっ、この女、見目はいいが胸がねえな。売り飛ばすにはちょいと値が下がるかもしれねえ。旦那はボンッキュッボンがお好みだしな」

「ほんとだ、ツルペタじゃねえか」

「俺はそれはそれで…じゅる」


 山賊達は各々勝手にナディアを評価するが、すぐにそのニヤけた顔は恐怖に戦慄することとなった。


 彼らは決して踏んではならない地雷を踏み抜いたのだ。


「………は?胸が、ない?ツルペタ…?」

「ナ、ナディア?」


 普段のナディアより一段と低い地を這うような声だったため、カルロスは一瞬、ナディアが言葉の主だと分からなかった。


 恐る恐るナディアを見やると、ナディアは俯いていて前髪がかかっているためその表情は見えないが、だらりと腕を前に垂らして、ブツブツ何か呟きながら、異様な気配を放っている。漏れ出た魔力が怒気を帯びて渦巻いている。

 その不穏な空気を察知し、さっきまでナディアの周りで楽しそうにステップを踏んでいた木々は、慌てて森の奥へ逃げて行った。まだ踊っていたのか。


「貴様達ァァ!!命が惜しくないようだなァァ!!!覚悟するがいい!!!」


 叫んだ直後、ナディアはゴォォと瞬く間に青い炎に包まれ、炎の勢いで瑠璃色の髪が真っ暗な空に向かって立ち登った。凄まじい火力で、一瞬にして周囲の気温が上昇した。ジリジリと肌から水分が蒸発していくのを感じる。


「胸の大きさがなんぼのもんじゃぁぁあい!!」


 なんと、胸が小さいのがかなりのコンプレックスだったようだ。

 カルロスはナディアのあまりの変貌ぶりに冷や汗ダラダラである。

 般若のような形相と化したナディア。その怒りの矛先である山賊達は、いつの間にか一箇所に集まって、みんなで身を寄せ合いガタガタ震えている。中には涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている奴もいる。


 まずいな、ナディアは怒りで周りが見えていないようだ。このままだと山火事になってしまう。


「ナディアー!先に謝っておく!すまん!」


 叫ぶと同時に、カルロスは杖を高々と掲げた。するとナディアの上空に真っ黒な暗雲が渦を巻き、稲光をあげたかと思うと、バケツをひっくり返したような豪雨がナディアの頭上に降り注いだ。


 ドドドドド!と激しい雨に打ち付けられるナディア。徐々に炎の威力が弱まっていく。


 しゅうう…としばらくして鎮火したナディアは、濡れ鼠のように髪がぺたりと顔に張り付いているが、その表情はいつもの彼女のものだった。


「ふぇぇ〜…ご主人様ぁ〜ひっく、ゆる、許せない…!胸が、胸がツルペタって言った…ぐすん」

「気にするな。女の魅力は胸の大きさなんかじゃ計れないさ。大事なのはその内面だ。お前は十分魅力的だよ」

「ごっ、ごしゅ、ご主人様ぁ〜」


 延焼する前に消化することができたようで、山には何の被害も無かった。


 ナディアはキレるとああなるのか…よーく覚えておこう。


 おいおい泣くナディアを宥めながら、カルロスはホッと息をついた。

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