第三十六話 安らぎ

 ! これは――!!


νニュー!!」


「わかってらあ!」


中位神権術 <大地魔法>“地の壁アース・ウォール

      

           「“光の結界ライトニング・イージス”!」


 おれとνニュー、互いに全員を囲う壁を張る。

 ファントムの魔法は見えなかった。だが、


「へえ、やるじゃん」


 ! ぐッ! なんだこれは! 目に見えない魔法の……波動? おれとνニューの結界がなければすでにこちらに確実に到達したいた。食らってしまえば何が起こるか分からない。

 今は防ぐしかない……だが! これ以上はッ――! 


かわせッ!」


ドガァァァァ!


 地の壁アース・ウォールが崩れ落ちる大きな音と共に、光の結界ライトニング・イージスも破れる。νニューが後方へ叫び、全員左右に飛び込んだ。

 ファントムの魔法が通った所がはっきりと分かるように地面がえぐれ、更地になっている。窪みとなったその更地には周りから少しづつ水が流れてきている。

 危なかった。


「おい! どうした!」


 サポート部隊の一人が倒れている。躱しきれなかったか?


「あら、一人受けちゃったかあ。僕の“”」


 安らぎ? 


「その人、もう目を覚まさないんじゃないかあ」


「なんだと!」


「うーん……ま、どうせみんな死ぬし教えちゃおっか。僕たちレイヴンはより、“贈り物”授かるんだ。“贈り物”というのが、炎の三原色のことわりから外れたさ」


 そう言うと、ファントムは右手に黒の炎を顕現けんげんさせてみせた。

 炎を体外を出せるのならば必然的に炎の扱いにけていることが分かる。


「この黒の炎からは一人につき一つ、、そんな未知の魔法を生み出せるんだ。レイヴンは皆それぞれ一つ、自身の望みを叶えた、本来存在し得ない魔法を持つんだよ。ま、《薔薇バラさん》みたいな例外もいるけどね」


 炎の三原色の理から外れた黒の炎。例外というのは気になるが、ローゼもこの黒の炎から魔法を生み出していたのか。あの薔薇の不吉な黒色、どうりで。


「そして僕の魔法は<安寧魔法>。少しでも浴びたら最後、目を開けることはない。そうなれば僕に殺されるのを待つのみさ」


 <安寧魔法>だと? 既存の魔法からは想像もし得ない名だ。まさにことわりから外れた、そんな魔法だ。


「黒は全てを染める。赤も、緑も、青も、関係なく。でもね、一つだけ邪魔な存在がいるんだ。君のそれだよ、“神権術”とかいうやつ。それがどうにもの道を阻むらしくてね。詳しくは知らないけど。だから」


 ――来る!


≪黒く塗り潰すんだ≫



「どうすんだ! これじゃいつまで経っても近づけねえぞ!」


 おれとνニューが再度結界を張る。だがやはり! ダメだッ――!


「ぐああああ!!」

「うわああああ!」


 くそっ、一人、また一人と倒れていく。不幸中の幸いというべきか、おれを含む主力四人が奴の魔法を浴びていないため戦線はなんとか維持できる。でもこれではジリ貧だ、いずれおれたちもやられるのは目に見えている。


「なぜこんなことをする! キサマの目的はなんだ!」


 怒りが頂点をとっくに超えているバーラがファントムに向かって叫ぶ。


「バーラさん、だっけ。あんたが一番良い例じゃない? 人はみんな生きているだけで疲れちゃうんだよ。“安らぎ”が必要なんだ。それこそ永遠に眠っちゃうぐらいのね。僕はそんな人たちを救いたくて各地を回ってる」


 言っている事がめちゃくちゃだ。


「ここに来る人なんてまさにそうだよね。日々の疲れを癒そうと綺麗な景色を見に来る。そんな人たちを救ってあげているんだよ。むしろ褒めて欲しいよ。ね、偉いでしょ?」


 一頻ひといきり言い終わると、ファントムは上空へと昇っていき、手を天に掲げる。ファントム掲げる手の先、濃色こきいろとでもいうべき禍々まがまがしい巨大な球状のものが漂う。あれは明らかに


「ねえ、そろそろ飽きちゃった。神権術だっけ? “あのお方”がどうしてそんなに警戒してるのか知らないけどさあ、結局僕の前にはそうやってひれ伏してんじゃん」


 ファントムの手と共に球状のものが段々と降りてくる。


≪安らかに眠りなよ≫


νニューが結界の構えを取る、が! おれの直観が言っている。これはダメだ――!


「「νニュー様!」」

「バーラ様!」


「セネカ!」


「な!」

「お前たち!」


 ファントムの放った球状のものが着地した瞬間、今までおれたちが居た場所が。代わりに出来たのは大きく不吉な穴。底はまるで見えない。助かったのはνニュー、バーラ、おれ、セネカのみ。

 おれがセネカを抱え込み、サポート部隊の者たちは力の限りνニューとバーラをその場から吹っ飛ばした。


「あちゃあ。これは死体も見えないかなあ」


 上空から右手で日を遮るように頭に当て、穴を覗き込むファントム。


「ハァ、ハァ」

「……」


 バーラは息を乱しながら、焦点も合わずその大きな穴をただひたすらに見ている。対してνニューは決してその穴を視界に入れようとしない。



 ……限界だ。これ以上人を失うのを、おれは見ていられない。



「フレ、イ……?」


 すっと立ち上がるおれに、不安の声を漏らすセネカ。

 ごめん、これが最後かもしれない。


 おれたちの目的はあくまでテオスとリリア。

 でも……ここでセネカを失っては意味がないんだ。


「《黒真珠》ファントム」


「なんだい?」


一対一サシでやろう」


「え? はは、……あっはははは! 急に立ち上がって何を言うかと思えば、君はバカなの?」


「本気だ」


 ファントムの話では神権術が邪魔な存在と言っていた。だが、神権術はその性質上多数の魔法を扱えるとはいえ、全て元より存在する魔法には変わりない。ゆえに現時点では、どれもこの黒の炎による圧倒的な力には及ぶとは思えない。

 だが、神権術が唯一他の魔法と違う点とすれば、だ。

 あれは確かにオリジナルだが、元はテオスの話から完成させた魔法だ。同じく神権術の使い手であるテオスから。

 確信はない、でもおれの予想通りであれば。


 『あらゆる魔法を駆使して型にはまらないオリジナルの魔法を生み出す』


 これこそ、神権術の本来の仕様なのではないか?



 剣を抜き、おれは静かに魔法を唱える。



低位神権術 <強化魔法>“筋力増強”、“身体強化”、


中位神権術 <強化魔法>“硬質化”、“跳躍脚ちょうやくきゃく”、“血流加速”

            

      <付与魔法>“属性武装”、“属性付与”エンチャント、“硬質付与”、

            “修復リカバリー付与”、“魔法耐性付与”


中位神権術 <回復魔法>“精霊の加護”、“攻撃中和ニュートラリゼーション”、“生命力促進”



 現状持ち得る全ての強化魔法で自らを「強化コーティング」する。さらに持続型の回復魔法も全て使い、ようやく準備が出来る。


中位神権術 <神権魔法>“無に帰す調和の光ニエンテ・ハルモニア・アウレオーレ


「あのガキ、何してやがるんだ……?」

「フレイ、その目は……。やめろ、やめるんだ……我を失うな。お前が変わってしまう」


 全てを調和するその魔法を、

 当然、その魔法はおれの全てを調和しようと体を貪り続ける。

 それを、先程の強化魔法・回復魔法を放出し続けることでギリギリで

 これでおれの周りを、調和の魔法がまとっていることで<安寧魔法>を押し退け、奴に近付くことが出来る。


「へえ、こりゃすごいや。炎がなんなのかは知らないけど……それ、君の体の方がもつのかな?」


 ファントムの言う通りだ。

 おれは現在進行形で十三もの魔法を全力で出し続けている。加えて、一瞬でも気を抜けば調和の魔法がおれを覆い尽くし、魔法が使えなくなるだろう。今のおれの調和の炎の威力、下手したら一生魔法が使えなくなる、なんてこともあるかもしれないな。

 そしてその時点で戦線は崩壊、あえなく全員死亡だ。だが、数ある魔法の中でも唯一勝てる手段がこれしか思いつかなかった。

 おれも成長しているとはいえ、かつてのあの試練より厳しい状況だろう。さらに、あの時の“生命力の源”のようなアイテムも無い。


 自分でも分かる、今のおれは冷静さのカケラもない。視界には奴しか入っていない。

 勝利か死か、この短期決戦で全てを決める。


「いくぞ、ファントム!!」


「きなよ、フレイ君」




「フレイッ!! フレイツェルトーーー!!」


 遠くで叫ぶセネカの声は聞こえども、すでに頭には入ってきていない。

 セネカを失うぐらいならば……このファントムを。それだけだ。




―――――――――――――――――――――――

~後書き~


ファントムの炎を出したシーンについて少し補足を。

第四話にも似た説明がありますが、「炎を体外に出せる=炎の扱いに長けている」ということになります。

「神権術は炎を出せることが前提なので敷居が高い」というだけで、炎を出せるものが全員神権術を学ぼうとするわけではありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る