第二十六話 日記 前編

 日記をめくる。最初のページからとんでもない内容が飛び込んでくる。




『今日という日を祝して、これから日記を付けていこうと思う。誰かに見せる気はないが、いつか何かの役に立つ時が来るかもしれない。

 さて、今日ついにある事が決まった。私とレオ、おっとこれからはきちんと、“レオノス・グラン・ヴァレアス陛下”とお呼びせねば。まあいい、レオは正式にヴァレアス帝国の王位に。そして私は神権術の有用性を広めるため、ヴァレアス帝国の重役に身を置くこととなった。この我が母校を卒業し、じきにヴァレアス帝国に帰る。これからは私たちがヴァレアスを導くのだ。ずっと私たちが目指してきたことだ。今はこの最高の友と乾杯といこう』




 なんだ!? この国の王だって!? 


 「そう、この国の現国王レオノス・グラン・ヴァレアスとテオスは親友であり良きライバルだった。それも大陸最高峰の学校、そびえ立つ“リベルタ叡学園えいがくえん”のな」


 ちょっと待て、情報量が多すぎるぞ……。一旦整理しよう。まずリベルタ中立国というのは知っている。この国ヴァレアス帝国と隣国マナスヘイム両方に隣接している北西の中立国だ。そしてその国にあるのがリベルタ叡学園えいがくえんというわけか。大陸最高峰とは恐れ入った。テオスはそんなところを卒業していたのか。

 後は書いてある通りだが、気になるのはやはり神権術のことだ。まあとりあえず読み進めるとしよう。




『なぜだ、どうしてこうなった。順調だったはずだ。だがレオは王位継承直前に私を本気で殺そうとし、挙句あげく王都から追放させた。追手が後を絶たない。このままでは命は無い。だが考えるのは後だ、今はセネカとなんとか逃げ延びるのみ』




 ……急すぎる展開だ。現国王に突如として追放され逃げるしかなくなったのか。文から察するにテオスも理由は分かっていないようだ。

 それにしても、


 「ワタシのことか? ワタシも同じくリベルタ叡学園の出身だ。僅か一年の身だがな。長くなるから割愛するが、ワタシは当時テオスの後輩であり、彼に付き従っていた。テオスがヴァレアスに帰るタイミングで、ワタシも彼の秘書となり帰ることにしたのだ。叡学園にはすでに興味がなかったしな。親方様と呼び始めたのもちょうどその頃だったか」


 なるほど、セネカはメイドではなかったのか。あくまで、設定だったわけだ。どうりで家事も仕事もしな……こほん。


 その後、叡学園についても少し説明を聞いた。卒業生は何年かに一人とさえ言われるほど難しいらしく、入学する者のほとんどは、ある程度の段階まで進んだ事による恩恵を受けるためのようだ。しかし、そんな卒業の難易度に対し、入るのはそれほど難しくないのだと言う。入学方法は色々あるが、能力がなくとも出資と面談のみでも入れるとのこと。そのため、初等学生の約七割が出資と面談によるものであり、実技や筆記での合格者は尊敬の眼差しで見られるらしい。ちなみにセネカは実技試験での入学らしい。すごい。


 まあ叡学園の話はこの辺にして次に進めよう。このままでは中々進まない。




『リリアという女性を盗賊から助け、交際を申し込まれた。だがすまない、私はそんなことができる身ではないのだ。今朝も怪しげな軍団がこの街に入るのを確認した。王都から遠く離れたこの街ですらもうダメなのか。今夜すぐに出発しなくては』




『昨夜、秘密裏にしているはずの夜行馬車にリリアが乗り込んできた。途中で送り返すわけにもいかず仕方なく今は一緒にいるが、次の街で帰還してもらおう。彼女と出会ってからなぜかセネカの機嫌も良くないようだし。……それにしても私の神権術の調子が悪いのは気のせいか?』


  


「あのー、セネカさんこの機嫌というのは――」



 その鋭い目つきと向けられた剣先には「」としか言えなかった。色々あったんだな。




『かなり期間が空いてしまった。ずっとここには書けなかった。自分で認めてしまうのが怖かったからだ。だがもう認めざるを得ないだろう。


 私は神権術を使えなくなった。すでに炎を出すことすら敵わない。


 自分でも情けなく思う。だがリリア、今は君が支えだ。君なしでは私は生きていくことさえできないだろう。それと、風の噂でレオが正式に王位に就いたと聞いた。』




 やはりそうだったか。日記の途中、今までの事柄なども含めて薄々気付いてはいたがテオスは神権術を使えないんじゃない。

 使

 これでテオスが神権術を使えなくとも詳しい理由が判明した。そうか、テオスは一体どれほどの使い手だったのだろう。教えてもらっていた感じだと、かなりの使い手だったことには間違いない。




『とうとう大陸の南端まで来てしまった。ここはトヤムというらしい。もう逃げ場はない。いざとなれば森へ入るしかないだろう。だがここ一年は怪しい連中を見かけることすらなくなった。ここまで来たのはリリアの事を考えてだ。追手から離れられるのなら離れられるだけ良い。……追放されたあの日からはすでに三年もの月日が経つのだな』




 ここでトヤムに着くのか。この後はお察しの通りここでリリアと結婚するのだな。


「トヤムに着いたのはテオスとリリアがちょうど二十、ワタシが十四の時だな」


 ってええ!? とすれば最初の日記の時はテオスが十七歳でセネカが十一歳。それはなんというか……いやあちらの世界の基準で考えるのは非常に良くない。なにしろこちらの世界では、小さな子が狩りに行ったりなんて話はざらだ。それにしてもテオスがセネカをそんな目で見なかったのは……うん、なるほど。テオスは普通だったというか、つまりロリ〇〇ではなかったという、それだけの話なのだな。

 まあそれはさて置き、次は




『レオ、お前は一体何をしているんだ? マナスヘイムに攻め込んだ? 共に平和を創るという約束は? 全て噓だったのか? 私を追放したのはそうゆうことだったのか? 頼む、教えてくれ……レオ。教えてくれ……ファーリス』




 え? 

 この日記を読んだ瞬間完全にその日記を追う目線が停止する。

 同時に、ここ七年見ることのなかったあの夢を、あちらの世界では幾度となく見てきたあの夢を、おれの頭が強制的に想起させる。それも、今までよりも


 え――?

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