第二十七話 日記 後編

フィ……リア……? それにあの二人は……


「ぉぃ! —―レイ!」


「おい! フレイ! 聞こえているのか! フレイ!」


 はっ。

 気が付けば目の前でセネカがおれに向かって叫んでいた。


「どうした? 顔色が悪いぞ、何か気になることでもあったのか?」


「……いや、何でもない」


 初めて見た、夢のその少し前の夢とでもいうような場面。

 あの光景、おれを抱えていたあの二人。あれは――。


 だが、そこで見た曖昧で不確かなものを、そっと心の奥底に閉じ込める。今考えるべき事じゃない。


 これは


 自分でも驚くほどに冷静になる。あるいは自ら無意識にこれ以上考えないようにしたのかもしれない。


「ごめんセネカ。もう大丈夫だよ。それよりも教えてほしいことがあるんだ」


「あ、ああ。大丈夫なら良いのだが……」




 日記の考察に戻る。セネカにも教えてもらいながら再び情報を整理する。


 先程の日記の最後に出てきたファーリスという人物。彼はリベルタ叡学園時代、テオス・ユーヴェリオン、レオノス・グラン・ヴァレアスとの三人組だった男だ。

 さらに、何年かに一度しか出ない卒業生がこの年は同時に三人も出た。彼ら三人はリベルタ叡学園創設以来の逸材と呼ばれた。ただテオス、レオとは違い、ファーリスはリベルタ中立国の出身であり、現在はこのリベルタ叡学園で最高の権限を持つ立場の一人である。その若さで実質的なおさとは…恐るべし。


 そしてこのという姓。本来はユングではなく、こちらがテオス、そしてリリアの本当の姓だったのだ。

 たとえリベルタ叡学園の逸材といえども、スマホもなければ遠くとの連絡手段も基本的に文通であるこの世界では、顔がバレているということはまず無かったらしい。加えて名が知れ渡っている地域でも、ユーヴェリオンという姓のみが一人歩きしている状態だったようだ。そこで、その逃げ延びる最中さなかに姓のみユングという仮名を名乗ったみたいだ。ちなみにテオスが剣を扱い始めたのもこの逃げる最中であり、神権術を使えなくなってからセネカに習い始めたそうだ。セネカは元から剣士だったんだな。それで懐刀ふところがたなか。


 あの明るい父の裏にこんな壮絶な過去があったとは、全く知らなかった。はっきり言って読むのも辛くなってきている。ただ、日記にはまだ続きがある。しっかりと向き合わなければ。おれももう家族の一員なんだ。




『原因は分からないが、マナスへの進軍はなんとか止まったようだ。瞬間的な大規模の反撃に遭ったとかどうとか。この広いヴァレアスでは情報が届くのが遅い。だが、たくさんの命が失われる結果になってしまったのは間違いない。この国を変えなければならない。レオ……いずれお前を**ことになろうとも』




 最後の文、一度書かれた後に上から塗りつぶした様な箇所がある。読めなくても内容は大体分かってしまう。テオスの中にもきっと葛藤があったに違いない。




『しばらく振りに日記を書いている。最近はずっと忙しくて書くことを後回しにしてしまっていた。あの出来事の後で書く内容ではないかもしれないが、今日私とリリアは子宝こだからに恵まれた。名前はフレイツェルトだ。我が子とはこんなにもかわいいものなのか。新しき生命とはこんなにも尊いものなのか。私は焦り過ぎていたのかもしれない。気を緩めるわけではないが、この子は大切に育て上げようと思う。この子の明るい未来のためにも私はこの国をいずれ変える。』




 ……ここでおれが生まれたんだ。客観的にその事を目にすると感慨深いものがある。


「ヴァレアスがマナスに攻め込んでからテオスは明らかに様子がおかしくなった。王の強国政策に歓喜の意を示す者、この進軍に疑問を持つ者、様々な者がいたが圧倒的に多かったは前者だ。反対にテオスは後者。当然だ、テオスは平和を望んでいたんだ。そして日々心身を疲労させていくテオスを気遣ったのがリリアだ。後はわかるだろう、そうしてお前が生まれた」


 そうか、ここは当たり前だがあちらの世界とは違う。戦争が必ずしも悪とは限らない。……だがおれもテオス側だ。どんな理由があろうと罪もない人々の命を奪うのは見過ごしておけない。

 次が最後の記述だ。




『フレイに神権術を教える日が来ようとは。正直フレイが炎を出せるとは考えていなかった。もう炎を出せない私の息子だからだ。これでやっと神権術を諦められると、そう思っていた。しかしあの子は出せてしまった。それもかつて見たことがないほどの綺麗な炎を。見てしまった、その先に。神権術の未来を。この子ならば、と思ってしまった。この才能の先を見たい思いが先行してしまった。

 後悔がないわけではない。神権術に関わるということはと関わるということ。だがもう後戻りは出来ない。おかげでより一層決意が固まった。この子が安心して神権術を広めることが出来る国を、私が責任をもって創る』




 パタンと日記を閉じる。

 ほとんど残っていないはずの神権術に関する本をテオスが持っていたのは、彼もまた神権術に関わる者だったからなのか。テオスは後悔していたが、最後はおれに神権術を託してくれた。


 得られたものは大きかった、いや大きすぎた。そのあまりに複雑な想いが一気に絡み合い、呆然としてしまう。


 でも、これだけは言える。おれはテオスに愛されてきた。今はこれだけで十分ではないだろうか。この情報量を一気に消化する必要はない、何度も読み直して少しづつみ砕いて今後のかてにすれば良い。


 だがおそらくセネカも考えているであろうことが一つ、


「“レイヴン”……か?」


「だろうね」


 最後の部分、神権術に関わるならば関わることになるというこの。これはあの黒ローブ集団が躍起やっきになって追っている組織、【レイヴン】だ。王とレイヴンが繋がっているのかは分からない。

 だが今回の一件。黒ローブ集団がレイヴンを追う上で辿り着いたという“神権術”の三文字。加えてレイヴンが何らかの理由で神権術に関わるものを消しているのだとすれば、一連の流れも合点がいく。


 おれは学校にてレイヴンを追うに襲撃された。だがそれを知ってか知らずか、その間に神権術における最重要人物であるテオスをが襲撃した。テオスがこれほどに注意を向けるレイヴン、おそらくこの隣街まで記憶に関する魔法をかけたのもこいつらで間違いないだろう。


「テオスを恨んでいるか?」


「どうして?」


「こんな目に遭っているからだ」


 確かに、もし神権術の道に進まなければ今頃こうはなっていなかったかもしれない。だが、それはテオスだけに全てを背負わさせているのと同じだ。

 かつての親友であった王の裏切り。強大すぎる敵。

 おれには常に笑顔を向けてきたテオスは、とてつもなく重たいものを背負って生きていたんだ。

 おれはそれを少しでも背負いたい。

 たとえテオスが後悔しているとしても、テオスが期待してくれたおれの神権術で少しでも背負わせてほしい。


 捜そう。テオスとリリアを。二人はきっとまたどこかで笑い合っているはずだ。



「そうか。覚悟は出来たみたいだな」


「出来たよ」


「ならば行くのだな」


「セネカは」


「ワタシがお前を見捨てるとでも?」


「……ないね」


 セネカと二人、おれは家族を追う。また四人で笑い合えるあの日を心に描いて。


「これはお前が持て」


「これは……」


 三歳のときテオスの部屋で見つけたあの剣だ。あの日を境に見ることがなくなったあの剣。この地下室に仕舞ってあったのか。

 それにしてもこの剣……あの時はまるで分からなかったが、今手にして初めてこれがとんでもない代物だとわかる。

 『神授剣』、そう刻まれた剣を手にテオスの想いも引き継いでおれは前に進む。


 行く当ても手掛かりもない。この大陸の南端からただひたすらに北へと進むだけだ。

 でもきっと会える。

 世界が違っても会えるんだから。そうだろ、母さん父さん。




◇◇◇




 「故郷トヤム。またいつか帰ってくるよ」


 「ああ、必ず帰ってこよう。四人でな」


 フレイにセネカ、二人はトヤムから北へと続く道からこの美しき故郷に別れの挨拶をして歩き出す。

 

 フレイは願いの祈りを込め、調和の炎を花の形にしてその場にそっと添えた。それは、図らずも山茶花さざんかの形をしている。彼が意図していたわけでもなく、やがてそれは幸いの結果をもたらす。




ーーー




 ピンクのショートカットをなびかせた少女は、ひとえに呟く。 


「フレイ……ツェルト?」





―――――――――――――――――――――――

~後書き~


こちらの近況ノートにて、この世界の簡単な地図を載せております。↓

https://kakuyomu.jp/users/gekiotiwking/news/16817139555475379136

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