前日譚
第零話 始まりの
これは日本あるいは地球とは全く異なる世界、
ここは人々や動植物、そのあらゆる生命の根源である<炎>に溢れる国。
“聖域”と呼ばれる結界に守られており、外界とは隔たれている国。
結界内は豊かな自然に加え、人々は
ここは聖なる国“マナスヘイム”。
先祖であるエルフの血を正当に受け継ぐ、通称”マナ人”が“魔術”により発展を遂げてきた国である。
しかしながら、今となってはこのマナ人の姿形は人間となんら変わりはない。なぜならエルフは元々の母数が少なく、人間と交配することでしか種を繁栄させることが出来なかったため、結果としてその血は薄れに薄れてしまった。
ただ一族を除いては——。
若々しく
スカイティアナ一族と国王陛下によってこの国マナスヘイムは動かされている。この国の顔である国王陛下は、その血に恥じることなく代々清く正しくこの国を治めてきた。
ましてや高潔なるエルフに心の腐った者などいるはずもなく、決して私利私欲に走ったりなどしない。全ては国民のことを思い、管理されているのだ。
この国おいて人々は、スカイティアナ一族により平等に幸福を与えられ、国王により平等に衣食住を与えられる。そう、ここはまさに理想郷であった。
あのときまでは——。
奴らは突然やってきた。何の前触れも無く、大規模攻撃による爆音と共にマナスヘイム国境際の森や村々が突然襲撃された。また一つ、また一つと村が破壊され、奴らは着実にマナスヘイムの中心地である都アルヴに向かって
奴らの名は、“ヴァレアス帝国”。マナスヘイムの隣に位置する大国である。
奴らは”装甲兵”と呼ばれる大軍隊を進軍させ、森を、村を、荒らし回る。どれだけ破壊し尽くそうとも全くその歩みをやめないヴァレアス帝国に対抗するべく、マナスヘイムの人々は自らが得意とする魔術で対抗を試みた。しかし、その圧倒的な数の暴力と戦闘に特化された兵団には為す術が無く、対抗により多少速度が下がれども、その進軍は止まることを知らなかった。
やがてヴァレアス帝国が進軍を始めて約半年。ついにというべきか、ヴァレアス帝国の兵は聖なる都アルヴに足を踏み入れることとなる。
聖なる都アルヴ。
「お父様! お母様! そんな、考え直してください! スカイティアナと共に逃げましょう!」
すでに近くで爆音が鳴り止まぬ中、アルヴの宮殿“天妖宮”にて、一人の少年が訴えかけている。すでにその瞳には大粒の涙を浮かべながらも、王の息子として人前で泣いてはならないとぐっと
「理解するのだ我が息子よ。奴らがここまで来るのならば狙いは一つ、スカイティアナ一族じゃ。彼らには決して近づけてはならぬ。それに、我ら夫妻までもがこの国の象徴である天妖宮を捨てようものならば、どちらにしろこの国は終わりじゃ。なに、心配するでない。こうみえても若い頃は英雄と呼ばれたわしが、この戦争止めてみせようぞ。息子よ、お主は安心して逃げるがよい。では、頼むぞ」
王子に語りかけた後、王子を抱える二人の使いの者に目配せで何かを伝えるように国王は言った。
「あなたの帰る場所は私たちが守ります。だから今は、少しの間逃げなさい」
国王に続くように女王陛下も武器を取り、国王・女王両陛下と共に最後まで戦うと志願した天妖宮の兵共々、覚悟を決める。使いの者に抱えられ、身動きができない王子の必死の呼びかけにも一切応じない。そして、国王が帝国兵をこれ以上進ませまいと壁を壊し、自ら退路を断った。
「お父様ーーー!!! お母様ーーー!!!」
王子も頭ではわかっている。父と母はここで死ぬつもりなのだと。死してなおこの国の象徴だけは渡してはならないと考えていることは。
(それでも、それでも!)
◇◇◇
宮殿内でも爆発音が鳴り止まない中、見たことの無い裏道をしばらく通り、一行は王室からだんだん遠ざかってゆく。やがて地下を通り、ある場所に辿り着いた。
「ここは……?」
宮殿の地下だろうか。澄みきった青、はたまた黄緑とでもいうべきか、そこにはとても綺麗な泉が地中から湧き、濃すぎる炎はもはや目に見える形で浮かんでいる。
「待ってたよ、王子」
「フィリア? どうしてこんなところに……?」
そこにいたのは、フィリア・フォン・スカイティアナ。王子の幼馴染みであり、スカイティアナ一族。稀に見る美しい美貌と、一族内でも特に秀でたその身に宿す絶大な炎の量を以て、“運命の巫女”と呼ばれる少女であった。
「ここは“運命の泉”。普段は私たちスカイティアナであれど、
こんな緊急事態にも関わらず少女はいつも通りだ。
「そんな事言ってる場合じゃないよ! フィリアも早く! 早く逃げないと!」
「少しくらい良いでしょう? あなたとはここで最後なのだから」
「フィリア? 一体何を?」
「……。周辺の住民は避難したのね?」
フィリアの問いに王子を抱えてきた二名の使いの者が頷く。
すると、少し儚げなフィリアはそっと息をついて話し始めた。
「ふふっ、あなたは泣き虫のくせにいっつも私より先を歩いて、手を引いて、かっこつけようとするけれど、結局道がわからなかったりして。周りの大人達はさ、私のことを運命の巫女だーなんて言って、どこにも行くなだとか勉強しなさいだとか言ってきてさ。大切にしてくれてるのはわかるんだけどね。でも、あなたは違った。冒険だーなんて言って都を抜け出したり、ドラゴン倒すんだーって遠くの森の方へ私を勝手に連れて行ったり……。えとね、楽しかったの。すっごく」
「フィリア……」
そっと近づいてきた彼女に王子は動くことが出来なかった。そのまま彼女の唇が王子の頬に触れた。
「愛しています。きっとあなたが迎えに来てくださることを信じて」
そして彼女が祈るように両手を合わせた瞬間、彼女の全身が、いやこの泉全体が……あるいは都全体が、聖なる輝きを放つ。木々が
やがて振動が収まった。かと思えば、次の瞬間大量の光が彼女を潰しかねない勢いで彼女に集中し始める。
「くうっ!」
「フィリア! 大丈夫なの!? これは、これは一体なにが起きてるの!?」
苦しそうに片膝をつきながらも、祈ることをやめない。こんな小さな体にこんな大量の光を吸収して無事でいられるはずがない。あまりの光の眩しさにすでに彼女の姿は見えない、どころか王子は目を開けることすらままならない。
(何がどうなって……、!)
一瞬光の吸収が収まり目を開けると、フィリアが王子を見て微笑み、口が動いたように見える。
――「禁術“異世界転生”」――
そのフィリアのような、そうでないような声と共に王子の体は溢れんばかりの光に取り込まれた。
それと同時に聖なる都アルヴが一瞬にして、消滅した――。
―――――――――――――――――――――――
~後書き~
この話は世界観の話になります。本編に至るまでの物語ということで、前日譚「第零話」として書いています。本編はまた次の話から再開し、物語は第二章に入ります。これからもご愛読よろしくお願いします。
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