兄とニンジンとわたしと

島本 葉

第1話(完結)

「ちょっと! お兄ちゃん!」

 あまりのことにわが目を疑った。つい大きな声がでてしまったけど、わたしだけではない。見ると父も母も驚いた顔をしている。テレビからどっ、と笑い声が流れているが、わたしも他のみんなもそんなものに目を向けてはいなかった。

 わが兄、真一は家族中の視線を浴びながらも、目を閉じたまま、周りをシャットアウトしてるようだった。その顔に苦悶の表情を浮かべているのは、しっかりと確認できた。

 兄はぴんと背筋を伸ばして、再びテーブルの中央へ箸を進めた。標的はやはり、酢豚。しかもその中にいて彩りを放っているニンジン。家族の見守る中、少し震える手でニンジンをつかんだ兄は、ぐっと目を閉じて、一気に口の中に放り込んだ。

 うちの兄には嫌いな食べ物がある。まあ、多かれ少なかれ、誰にでも食べ物の好みはあると思う。わたしも好んで食べるものや、できたら食べたくないものがあるから。兄の場合は、もうお分かりかと思うが、ニンジンが嫌いだ。食べられないことはないと聞いたことがあるけど、少なくともわたしは兄がニンジンを食べる所は見たことが無い。我が家ではそのことは「事実」として認識されているので、兄のお皿にニンジンが乗っていることはないし、弁当のおかずにも入っていないはず。小さな子供でもないので、いまさら無理に食べさせるようなことは無い。母は理解者なのである。

 我が家は大皿で出されるおかずをみんなで取り合うスタイルだが、この日の食卓の酢豚に入ったニンジンも一般より大きめにカットされていて、兄には見向きもされないはずだった。

「大丈夫?」

 再び問い掛けたわたしに見向きもせず、目を閉じたままの兄はテーブルの上に手をさまよわせる。何度か空振りした後、目的のお茶を手にとると、一気に飲み干した。ふう、とか言って目を開ける。

 食卓の緊張が少し緩んだ気がした。父も母も、力を抜いた。

「大丈夫なの? お兄ちゃん」

「うん。問題ない」

 何が問題ないと言うんだろうか?

 明らかに苦しそうな表情を貼り付けたまま、何事も無かったように食事を再開されても困るのである。

 父と母はわたしに進行役を譲ったみたいで、何も言わずにいる。ただ、母は、うっすらと微笑を浮かべているが。

「ニンジン、食べられるようになったの?」

 ほとんど噛んでいるようには見えなかったので、食べたと言うよりは飲み込んだといった具合なのだが、それはいい。問題は不可解な兄の行動である。

「好き嫌いはいけないからな」

 なんともあきれる言いぐさだ。今までその好き嫌いをしっかり主張してきたことは、どうやら兄の頭からは消えているらしい。

「どうして急にニンジンを食べる気になったの?」

 例えば炊き込みご飯に入っている爪の先ほどの小さなニンジンも徹底的に避けて通ってきたはずである。よくそんな器用に取り分けるものだと感心するくらい。その兄が自分からニンジン(しかも大きめだ)を食べるというのは、何か大きな理由無しには考えられないのである。好き嫌いはいけない、と言われて、はいそうですか、とはいかないのである。

「まあ、ちょっとな」

 どうも話す気は無いらしい。こうなったらなかなか口を割らないことはずっと一緒に育ってきたのだから判る。

 わたしは釈然としないままで、食事を再開するのだった。




 昔から不可解なことは嫌いだった。

 好奇心が旺盛なのとは違うと思うんだけど、何でも知りたがる子だったと、母から聞いている。もちろん、いくつかは覚えがあるわけで、例えばヒヨコの話。

 夏祭りに行くと大抵いろんな夜店が出ていて、それが楽しみだった。着慣れない浴衣には見向きもせずに、いつも通りのシャツに短かめのスカートという動きやすい服で出かけていく。風流を解さない子供だったわけだ。

 兄と一緒にいろんな夜店を回り、わたしは決まって綿菓子をねだった覚えがある。兄は金魚掬いや、射的を楽しんでいた。

 ある夏のこと、ヒヨコ釣りなるものをした。えさのついた竿で、赤や緑に色づけされたひよこをえい、と釣り上げるのである。兄は熱中して、何度も挑戦していた。わたしはと言えば、その横でじっとひよこを見ていた。ピヨピヨと鳴いて可愛かったことよりも、この色とりどりのひよこたちがどうしてもあの獰猛な飼育小屋のニワトリにつながらなかったのだ。

 それに、冷蔵庫の中の卵にも。

 どれも同じ生物だとは到底理解できなかったわたしは、ヒヨコ釣りのおじさんに食い入るように質問を浴びせた覚えがある。傍目を気にせず、店の前に陣取って質問を続ける少女は、さぞかし邪魔だったことだろう。ヒヨコのおじさん、ごめんなさい。

 さて、不可解なことと言えば、昨夜の兄の行動ほど不可解なものは無い。

 最近ではベストスリーに入る不可解さである。

 当然、夕食の後にもどうしてなのかと詰め寄ったが、あっさりかわされてしまった。さすがに兄妹、扱い方は心得ているらしい。

「だからって、納得はできないのよ」

 自分に言い聞かせるように、つぶやく。目の前の人は、くすりと笑った。

「耕ちゃんは何か聞いてないの?」

 幼馴染の耕ちゃん。隣の家に住んでいる、兄の同級生の相川耕平君。兄に聞いても埒があかないなら、聞くのはこの人しかいない。今でも兄と仲の良い耕ちゃんならば、と思ったのである。そう思い立つとわたしの行動は早い。学校の帰りに捕まえて、そのまま耕ちゃんの部屋まで上がりこんできたのである。

 兄とわたしは二つ違いだから、当然耕ちゃんとの歳の差も二つ。それなのに、わたしは椅子の背もたれを抱きかかえるようにして座り、床の上の耕ちゃんを見下ろしながらの態度である。これが許されるのも、妹分として、ずっと仲良くしてもらってる特権だろう。許されてるよね?

「ぼくは何も知らないよ」

 耕ちゃんは相変わらずくすくすと笑いながら、わたしを見上げていた。ぶっきらぼうな兄と違い、どことなく柔らかな感じがする笑みである。

 直感的に、嘘だと思った。

「これから毎日、あのニンジンを飲み込む姿を見続けなきゃいけないかも知れないんだから」

 頑固なだけに、理由があるのなら兄はニンジンをこれからも食べ続けるだろう。

 目を閉じて嫌いなものを食べる様子は、小さな子なら微笑ましく映るかもしれないが、兄の歳でそれをやられるのはつらい。これから夕食毎にその顔を見るかと思うと、気分が重くなる。というかうっとうしい。

「ああ、あれを毎日見るのはね…。ぼくも今日の弁当の時に見たよ」

 苦笑する。そういえば今日の弁当にはニンジンが入っていた。野菜炒めの中に入っているぺらぺらのやつだけど、昨日の一件の後だ。普段なら違うおかずに置き換わってるはずだけど、さすがに母上さま。行動が早い。昨日の様子を見ても、なにか察しているのかも知れない。

「食べたの? ニンジン」

「食べると言うより、やっぱり飲み込む、かな。丸飲みだったよ。ごくんって」

 耕ちゃんは思い出しながらくすくすと笑った。

「理由は聞いてない?」

 兄のニンジン嫌いは、もちろん付き合いの長い耕ちゃんだって知っている。だから目の前でいきなりニンジンを飲み込む兄の姿を見たのなら問うのが普通だ。どうしてなのかと。

「聞いたけどね。教えてくれなかったよ」

 やはり頑固な兄である。

「でも、心当たりがあるんでしょう?」

 じっと耕ちゃんを見つめる。昔から耕ちゃんは隠し事が上手じゃない。おおらかな性格だからか、仕方ないなあ、といった感じでよく秘密を打ち明けてもらった。

 からり、とアイスティーの氷が溶ける。

「かなわないなあ」

 視線をふっとはずして、耕ちゃんは降参した。にらみ合いと言うには、耕ちゃんのやる気が足りなかった。わたしの視線を、やんわりと受け流している感じ。

「うちのクラスに、古菅こすげ雪子さんという女の子がいるんだけど、知ってる?」

 聞いたことの無い名前だった。同じ高校とはいえ、わたしは一年生。三年生のクラスにはよほどの用が無い限り恐れ多くて近づけないから、知らないのも不思議ではない。

「その古菅こすげ雪子さんが、どうしたの?」

 耕ちゃんはぼくから聞いたとは言わないでね、と前置きをしてからそっと続けた。

「彼女はね、ニンジンが好きなんだよ」




「真一が古菅こすげさんに好意を寄せているのは、まあ、間違いないと思うよ」

 申し訳なさそうに、耕ちゃんは語った。

 古菅こすげさんはクラスでも少しおとなしい感じの人らしい。目立つわけではないが、しっかりして、可愛らしい感じだと。

古菅こすげさんがニンジンを食べない人は嫌い、みたいなことを言ったわけではないんだよね」

「うん。そんなことを言う感じの人ではないね」

 耕ちゃんの話では、兄と古菅こすげ雪子さんは、ただのクラスメートらしい。まあ、そうだろう。うちの兄に彼女がいるという話は、聞いたことが無いし、そんなそぶりも無い。ということは、だ。

 例えば「コーラを飲むと歯がとける」と聞いて、それ以降コーラを口にしたことが無い兄だ。思い込みの激しいのはもう慣れたつもりだったが、まだまだ、驚かせてくれるらしい。

 つまり、彼女の好きなニンジンを食べられないくらいなら、告白などできるわけが無い。こんな所だろう。

「聞いたわけではないからはっきりとは言えないけど、多分そうだろうね。真一らしいよ」

 耕ちゃんも同意見らしく、ただ笑ってる。困ったやつだ、というのを言葉の端々に覗かせていた。

「まったく、もう」

 わたしは大げさにため息をついて見せた。

 ニンジンを苦しそうに飲み込む姿は気持ちのいいものではないけど、これでは仕方が無い。そんな理由では、見守るしかないじゃないか。

「応援してあげなよ」

「うん、わかってる」

 そんな複雑な心境を見透かしたように、耕ちゃんは満足そうに微笑んだ。 

「そういえば、真一は昔、もうひとつ食べられないものがあったんだよ」

 悪戯っぽく、耕ちゃんが言う。

「ニンジンじゃなくて?」

「そう」

 それは初耳だった。そんな話題は、家族の中で聞いたことが無かった。

「今は、食べられるようになった物?」

「そうだよ」

 ますます心当たりが無かった。

「真一はね、ピーマンも嫌いだったんだよ」




 それからと言うもの、我が家の食卓には必ずニンジンが色を添えるようになった。母が協力者なのである。弁当のおかずにも、毎日のようにニンジンが入っている。母がどの辺まで知っているのかは、まさか聞けはしない。しかし、好き嫌いを克服しようと言うなら、協力しない親はいないだろう。

 ニンジンを食べようと思った理由については、相変わらず兄の口は堅かった。わたしはというと、まさか「古菅こすげさん」の名前を出すわけにもいかないので、ただひたすら、兄の隣で見守るのみである。

 古菅こすげさん、といえば、先日はじめてお姿を拝見した。なかなか素敵な方である。言葉も交わしたのだから、拝見どころの話ではないのだが、これはもちろん、兄には秘密である。

 その日の授業が終わって、友人の付き合いで図書室に行ったときのこと。わたしは本はあまり読まないが、嫌いなわけではない。せっかくだから、と何か借りようと本を眺めていると「古菅こすげさん」という声が聞こえたのである。その声の主にとっては、ただ友達の名を呼んだだけなのだが、わたしにとって「古菅こすげさん」は時の人である。目を向けずにはいられなかった。

 図書貸し出しのカウンターに、委員を示す緑の腕章をつけて座っている、細面の女生徒。笑顔で貸し出し作業をこなす彼女は、とても生き生きと、輝いて見えた。

 わけも無く、なるほど、などとつぶやきながら眺めていると、友人がポンと肩を叩いた。用は済んだらしい。

「帰ろう」

 その言葉に逡巡すると、わたしはそばにあった当たり障りの無い文庫本を手にとり、ちょっと待って、と友人に言い置いてカウンターに向かった。

 貸し出しカードに名前を書き「古菅こすげさん」に渡す。

「お願いします」

 ほっそりとした手で本とカードを受け取った「古菅こすげさん」はにっこりと笑顔をこぼす。カードに日付を記入するのをじっと見つめながら、なんとなく嬉しかった。

 じっと見ていると、顔をあげた「古菅こすげさん」と目が合ってしまった。はてな、という表情を覗かせてしばしの沈黙。

 先に口を開いたのは「古菅こすげさん」だった。

「清水さん、とおっしゃるのね。わたしのクラスにも清水君がいるんだけど?」

「はい。兄です」

 図書カードの名前とわたしを見比べながら、はなやかな笑みを浮かべる。3年生を示す、赤いリボンが良く似合う笑顔だった。

「ニンジン、食べない人は嫌いですか?」

 何か言わなきゃ、と思って口から出た言葉は、はたから聞くと訳の判らないものだったに違いない。しかし古菅こすげさんは、少し目をぱちくりさせたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「そんなことない。ニンジン嫌いな人でも、好きよ」

 カードを本にはさんで、わたしの方に差し出す。

「そういえば、清水君はニンジン嫌いなんですよね?」

「克服中です」

「それは、ぜひ応援しなきゃいけないね」

 そのときの古菅こすげさんの笑顔はもう飛びっきりだった。




 さて、兄は相変わらずニンジンと格闘中である。さすがに毎日食べ続けるとだいぶ慣れたようで、最近は目を閉じたまま丸飲み、という具合ではなくなった。表情を伺うと、美味しそうに食べてる雰囲気はまだ無い。我慢している、といった感じなんだけど。

「うん。これなら食べやすいな」

 おやつにニンジンを使ったケーキを焼いてみた。われながらなかなかの出来映えであった。そのケーキを食べた兄の第一声がこれである。そりゃ、ニンジン嫌いを克服するために作ったものなのだから、まあ、満足の反応なんだと思う、が。

 しかし、何と言うか複雑だった。

 美味しいとか、美味しくないとか。まずそういう感想を言うのが、礼儀だと思うのはわたしだけだろうか。食べやすいとはなんだ、失礼な。

 そんなわたしの様子を見ながら耕ちゃんは「美味しいよ」と微笑んでいる。せっかく作るのだから、食べてくれる人は多い方がいいと思って、お呼びしたのである。

「ありがと、耕ちゃん」

 兄のほうはというと、少しずつ口に運んでは、首を捻って「うーん」と唸ったりしていた。

「ニンジンの味がけっこうするからなあ」

 ぶっきらぼうに言う兄。

「まあでも、不味くは無い」

 これで精一杯誉めてくれているのだろうと思うと、なんだかおかしかった。隣では、耕ちゃんも笑っていた。良かったね、という笑みだ。お見通しらしい。

「ところで、どこまで頑張るの? ニンジンが好きになるまで?」

 好き嫌いの克服というのはなかなかあいまいなもので、境界は本人にしかわからない。兄のニンジン嫌いにしても「食べれる、食べれない」の話だったら、もうクリアしてると思うのである。

「味が好きじゃないからなあ。美味しいと思えなくても、苦手じゃなくなるまで、だな」

 兄はちびちびとケーキを食べては、紅茶を口に含む。以前はニンジン一切れに対して過剰に飲み物を消費していたことを考えると、これも進歩と言える。まだ、飲み物無しとはいかないようだけれども。

「まだ少し、無理してる感じ?」

「もうちょっとだね」

「そうだな」

 そう言って笑いあう中で、残さずに全部食べてくれたことが嬉しかったりしたのである。




 夕食の後片付けは、いつの頃からかわたしの仕事だ。毎日料理を作ってくれる母に少しなりとご恩返しができれば、と思って続けている。料理は満足に手伝えないので、せめてこれくらいは、と。

 食器洗いというのもなかなか奥が深いもので、やり続けるとこれはなかなか楽しいことを発見した。洗剤をたっぷりつけて、きゅっきゅっ、とやると、なにより気持ちがいい。お皿にべったりとついた油が綺麗に落ちたときの爽快感などが特にいいのだ。テレビのコマーシャルでも、エプロン姿の女性がお皿をきゅっと鳴らす様子はとても清々しい。そっと、まねをしてみたりした。

 あの夜以来、我が家の食卓では頻繁に人参が登場するのだが、兄が手を伸ばさない日はない。

 最近ついに、飲み物無しでもニンジンを食べられるようになったようで、多分、知らない人がみたら、ニンジン嫌いだとは感じないのではないか。これはいよいよか。そう思っていたが、やはり兄は一筋縄ではいかない、困った人だった。

 なんと、次なる奇行にでたのである。あきれて、物も言えない。

「どうしたの?」

 先日の文庫本を返す為に図書室に行くと、カウンターには古菅こすげさんが座っていらっしゃった。わたしの重苦しい表情を読んだのか、優しく問い掛ける。

「ニンジンは、食べられるようになったんです。けど」

「けど?」

 悪戯を見咎められた子供のような気持ちだった。本当なら、戦勝報告のように誇らしい気持ちで話せるはずが、あの兄のせいで。

古菅こすげさんは、本をよく読まれますよね」

 話のつながり具合が見えなかったようだ。ちょっと不思議そうな表情を覗かせる。しかし、少し首をかしげながらも、ええ、と言ってくれた。

 やはり、であった。そうだろう。そうだと思いましたよ。

「次は読書家になるそうです」

 昨日から急に本を読み始めたのである。今まで兄が読んでいたのは、せいぜい漫画か雑誌くらいで、ハードカバーの小説をめくっている姿には、目を疑った。それこそ、あの夜のように。

「すいません、困った兄なんです」

 古菅こすげさんは少し照れたように笑った。




 洗いものを終えようかというとき、母が台所に入ってきた。お風呂上りのようで、タオルを頭に巻いていた。

「お茶飲む? 入れようか?」

 手に残った水滴を、ぴっ、と飛ばしながら、グラスを二つ用意して、氷を入れる。ひとつはわたしの分だ。入れると言っても、冷蔵庫の中にはあらかじめ作り置きしているアイスティがあるので、注ぐだけだ。

「ありがと」

 グラスを受け取って、にっこりの母。わたしも自分の分を持って、母の向かいに座った。労働の後の一服は、やはりいい。ひんやりした感覚が、体中に染み渡っていく。

「そういえば、お母さん」

 不意に、思い出した。母は、グラスをテーブルに置いて、わたしの方を見る。

「お兄ちゃんが昔ピーマンも食べられなかったって、本当?」

「あら、誰から聞いたの?」

「耕ちゃん」

 母は、楽しそうに笑っていた。一口、アイスティを含むと、そうだったよ、いたずらっぽく笑った。

「どうして、ピーマンは嫌いじゃなくなったの?」

 兄がピーマンを嫌っているようには見えないわたしは、不思議でしょうがなかった。

「あなたもピーマン食べなかったの、覚えてる?」

「いや、覚えてない。嫌いだったの? わたし」

 まったく記憶になかった。

「小さかったからねえ」

 少し遠くを見るようにクスリと笑う母。

「あなたがどうしてもピーマンを食べようとしないのを見て、お兄ちゃんが急にピーマンを食べ出したのよ。最初はやっぱり、丸飲みだったわね」

 まったく、あの兄ときたら。

 そんな風に心の中で悪態をつきつつ、それでもやっぱり憎めない兄なのである。



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