第2話 中編
トオルと出会ったことは今でもよく覚えている。
あの頃はちょうど半年付き合っていた彼女と別れたばっかりだった。
高校に入学して早々にギャルに告られた。
押しが強いのもあったけど、ヒヨカと別れて暇だったのもあってお試しで付き合うことになった。
髪を染めたのも、ピアスをしたのも彼女の影響。
オレはそれなりに楽しかったけど、彼女は欲張りだったみたいで、浮気されて両方と付き合いたいと言われたからお別れすることにした。
傷心、というより、一緒にいる相手がいなくて暇になった。という気持ちが強かった。
そんな時、たまたまクラスの女子たちが他クラスの男子のうわさをしていた。
なんでも、話しやすくて面白くて、女子に優しくて、でも、チャラいわけじゃなくて、女子のことは下の名前で呼ばない、陽キャの紳士くん。
クラスは5組とうちのクラスとは頭とつま先ぐらい離れてるのにうわさが流れてくるなんて、どんだけ人気イケメンだよと興味がわいた。
軽い気持ちだった。
中学からの友人の高野に会いに行くついでに陽キャ紳士くんを見に行った。
高野が指さす先に、池田トオルはいた。
焦げ茶色の柔らかそうな髪、白い肌、横顔が凛としていて何にも寄せつけない雰囲気。
衝撃が走った。
一瞬で、教室にいることを忘れた。
イーリス!!
腐男子だということはヒヨカとBL好き仲間以外には秘密している。
でも、その時はそんなこと完全に頭からぶっ飛んだ。
それぐらい、オレの中で衝撃が走った。
コスプレとか2.5次元とかそういう作り物とはわけが違う。
そのまんま?
作品から出てきちゃいました?
池田トオルが笑うまで、本気でイーリスがそこに降臨してると思い込んでたオレ。
一瞬で教室に引き戻され、イーリスの面影がぶち壊れた。
陽キャの紳士くんこと、池田トオルは、数人の女子の輪の中で楽しそうにおしゃべりをしていた。
何度も笑うその笑顔はまったくイーリスには似ても似つかなくて、ただの男子高校生だ。
だけど、ふと真顔になるその瞬間だけは、オレの激推しのキャラ、イーリスにマジ似だ!
尊すぎる!
泣いて喜びたいところをぐっとこらえ、さっきから隣にいた高野に池田トオルを紹介してほしいとお願いして、すぐさまトオルに話しかけた。
話してわかったこと。
性格は全然イーリスに似てなかった。
異世界トリップファンタジーBL小説の『時のままに』(略称、時まま)で主人公の当て馬的存在として登場してくるイーリスは、オレの初めての沼落ちキャラで絶賛激推しキャラ。
薄水色の髪に青い瞳、白い肌にクールな雰囲気をまとったイーリス。(美青年!)
序盤は主人公に警戒して冷酷な態度をとるけど、打ち解けると主人公に協力してくれたり、穏やかで優しい一面も出る、18歳にしては落ち着いた性格のイーリス。(クール美青年!)
池田トオルは違った。
よく笑う。コロコロと表情だって変わるし、クールな落ち着いた要素は一個もない。(美青年要素も)
落ち着きないし、オレと話してるのにすぐ女子に話しかけるし、忘れ物多いし、遅刻やサボリもときどきあるし、約束しても忘れるし、成長のない小学生男子だ。(言い過ぎか)
でも、陽キャ同士、相性は合った。
話せば楽しいし、普通に友達になっていた。
ただそれだけ。衝撃はあっさり終わった。
と、思いきや、衝撃は2度やってくる。
高2になった春、始業式が終わり教室へ戻る階段でオレは足を踏み外した。(人の多い中ど突かれたからなんだけど)
ちょうど階段手前でトオルにばったり会い、しゃべってる最中だった。
トオルが落ちる寸前のオレを片手で受け止め、
「意外とドジっ子だよな」
その一言に、頭の中で時ままのあのシーンがフラッシュバックする。
主人公が庭の石につまずき転びそうなところをイーリスが片手で支え、「意外とドジっ子ですよね」と言いながら微笑む。
名シーン! 名ゼリフ!
いつもクールなイーリスの数少ない笑顔に会えるだけでなく、非力だと思っていた美青年が片手でひとつ年上の主人公を支える力がある!
紳士に加え、男らしさと「ドジっ子」と言っちゃうかわいいイーリスに、推しじゃないファンもキュンキュンなしでは語れないシーン!
まさかの、イーリス激似のトオルがオレに実写体験させてくれるとは!!
しかも、5センチ高いオレがトオルを少し見下ろす角度に慣れていただけに、画面いっぱいのトオルの見下ろされる顔に新鮮・・・心臓が大きく跳ねた。
背中に感じるトオルの大きな手が力強く頼もしく感じた。
主人公はあの名シーンでイーリスを意識するようになるけど、これしないほうがおかしくない?
ということで、階段から落ちるのをまぬがれたけど、トオル沼にドッボンと落ちた。
オレの中でトオルは『イーリス激似の友人』から『三次元の推し』になったのだった。
「ただいまー」
誰もいない廊下にオレの声が響く。
あれからヒヨカとピアス探しの旅にショッピングモールをさ迷いまくり、空腹でフードコートに戻ってヒヨカとしゃべり倒して、4時間もいた。
家に帰ってきたのは夜の9時。
リビングへ行き、明かりをつけてインコのコメちゃんに遅めのご飯をあげる。
スマホをズボンのポケットから取り出し、母さんにラインをする。
これがうちの決まり事。
深夜にならないと帰ってこない両親。だからといって、オレのことを忘れてるわけじゃない。
家に帰ってきたら必ずラインすること。夕飯は何を食べたか報告すること。
友達はめんどくさがるけど、オレは逆に嬉しい。気にかけてくれてるわけだし。
おかげで、オレには世間一般の反抗期というものがない。
風呂に入って自分の部屋に戻り一息つくと、例の物を手提げ袋から取り出す。
掌に収まる、ピアスの入った小さな透明のラッピング袋。
ヒヨカはギフト用に箱に入れたら? と言ってきたけど、簡単包装にしてもらった。
さすがに、プレゼント箱は重いでしょ。
ちゃんとしたバレンタインチョコというわけでもないし。
推しからのチョコ。
本当はすぐさま写真に収めたかった!
だけどそんなことトオルの前でやったらドン引きされるに決まってる。
だからせめてと思い、ゴミは自分で捨てると言ってチョコの箱をお持ち帰りした。
クローゼットを開けると、親に見られたくないエロ本ならぬ、推しグッズの数々がキッチリ棚に収まっている。
棚に入りきれないものは衣装ケースやボックスに。
おかげで、洋服を入れる場所が年々減っている。
チョコの青い箱はすぐ目に飛び込んでくる特等席に今は飾ってある。
ちなみに、BL本もクローゼットの中の上棚にあるボックスの中に入れてある。
かなり厳重のもと管理している。
結局、イーリスがつけてるものに似せた、青い水晶がついたピアスにした。
何件も回ってヒヨカとあーだーこーだ言ってやっと買った。
正直、今すぐにでもトオルがつけてるところを見たい!
ピアスの入ったラッピング袋を天井に掲げながら、別のドキドキを感じる。
「トオルもらってくれるかな」
そこだ。
ヒヨカが言うとおり、友達とはいえ、男からピアスってどうだろう。
不安とちょっとの緊張感がピアスを持つ指が震える。
「考えても仕方ない。オレらしく軽いノリで渡せばいい!」
姿見の鏡に向かってアイドルっぽい笑顔を作る。
これをすると、だいたいの女子は喜んでくれる。
トオルに向けたことはないけど。
「よし! 渡す練習しとこう!」
決戦は明日、ホワイトデー!
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