ホワイトデー、どうする
たっぷりチョコ
第1話 前編
成り行きとはいえ、バレンタインチョコのお返しをしようとピアスを眺め、迷う。
橋本流星、高2。
身長は175センチ。正直、これ以上は伸びてほしくない。
好きな教科は体育。得意なのは英語。苦手は数学。ちなみに、部活は入ってない。
代わりに、ファミレスでバイトをしている。
元カノは4人いるけど、今はフリー。
一人っ子に加え、両親共働きで家ではいつもひとり。インコのコメちゃんがいるけど、気まぐれにしか相手をしてくれない。
性格は、自分でいうのもなんだけど人懐っこい。誰とでも仲良くできるし、仲良くしたい。
距離感近いとかスキンシップ多いとかよく言わるから気をつけてるつもりだけど、なかなか直らない。
人といるのが好き。
だから、ひとりの時間より誰かといつも一緒に過ごしてたいし、家にいるなら外に出ていたい。
寂しがりやと言われるけど、そうゆうわけでもない。
楽しいことはひとりより誰かと共有したほうがもっと楽しいし、つまんないことでも、「つまんない」と言いながら会話をつなげていればなんとなくマシになっていく。
だからって、誰でもいいわけじゃない。
不良になりたいわけじゃないし、親を困らせたいわけじゃないから、つるむ友人はちゃんと選ぶし、彼女ができれば真面目に付き合う。
とにかく、オレはよくしゃべる。
「うーん、マジどうしよう。こっちも捨てがたいし、こっちもいい!」
心の声が店内に漏れる。
ここは自分の住んでる町から二駅ほどの街にある大型ショッピングモール。
だいたいの物が揃うし、1日中いても飽きない。
今日はピアスを買いに、さっきからアクセサリーショップやピアスがおいてありそうな店を転々としてるけど、なかなか選びきれない。
今だって、いろんな種類のピアスを目の前にしてまったく決まらない。
いいのがないんじゃなくて、
「トオルならどれも絶対似合う! オレが保証する!」
心の声が完全に漏れていることに、恥ずかしくなって口をふさぐ。
「独り言デカッ! キモッ」
「え」
聞き覚えのある声だと思い、振り返ると店先を通り過ぎようとするヒヨカの姿が。
丸メガネにお団子頭、黒のダッフルコートにジーンズのパンツとしゃれっ気のなさが漂う。
「ヒヨカじゃん! 買い物?」
すかさずヒヨカの元へ。
このショッピングモールの良いところはひとりで来ても誰かしら知ってる顔に出会えること。
「ちょっくらネタ集めに。今いきづまりちゅうでさ~」
「あぁ、次の作品の! てっきり今ハマってる漫画で二次創作かと思った」
「そー思ったんだけど、この前ツイッターでファンの子がオリキャラ作品が読みたいです。て言われちゃって~」
「へー。いいじゃん! リクエスト!」
「嬉しいけど、いざ描くとなると全然出てこなくって~・・・て、流星は買い物中? 日曜にひとりなんて珍しいね」
「バレンタインチョコを推しから頂きまして」
「は?」
「成り行きとはいえ、貰ったわけだし、明日ホワイトデーだし、何か渡したいなーと思って」
誰にも話してないだけに、ヒヨカの前ではついつい顔が緩んでしまう。
「待って。流星の推しって男だよね!」
ガシッと両肩をつかまれ、ヒヨカの丸メガネがギラリと光る。
「そそそこのところ、詳しく、詳しく教えて」
はぁはぁとヒヨカの熱い息が鼻先をかすめる。
「息が荒い」
いくら同志とはいえ、ちょっと引く。
場所を変え、フードコートのテラス席に座った。
今日は天気がいいから外でもそんなに寒くない。3月の陽気は下手したら汗をかく奴もいる。けど、風はまだちょっと冷たい。
ほうじ茶ラテを一口飲んだヒヨカは、両手を組んでその上にあごを乗せた。
メガネをかけてるだけに何か某アニメを連想させる姿に突っ込みを入れたいけど、とりあえずスルーで。
ホットのカフェラテをすすっていると、ヒヨカが待ちきれないとばかりに口を開く。
「で! 推しからチョコってどいういうこと!」
もうワクワクが丸出しだ。
メガネ越しでもわかるくらい、目がキラキラしてる。
うん、気持ちはわからなくはない。
むしろ、オレも友達からそんな話聞いたら、絶対ヒヨカと同じ態度をとると思う。
ヒヨカは、オレの中学の頃の二人目の元カノ。
そして、別れた今でも仲良くしてる理由はたったひとつ。
ヒヨカは根っからのBL好きのオタク、腐女子。
オレは、付き合ってる頃にそんなヒヨカにコミケや展示会などに荷物持ちとして付き合わされ、気がつけば同じ沼にハマり、今では立派な腐男子に。
そう、オレとヒヨカは今ではBLをこよなく愛する仲間、同志!
「推しってときどき話にも出てくる、高校の友達のことだよね? 確か~マモルくん!」
「惜しい! トオル!」
ヒヨカのボケに突っ込まずにはいられない。
「時ままのイーリス似だっけ?」
その言葉にオレのスイッチがカチッとオン!
「似てるどころじゃない! めちゃめちゃ似てる! 前世イーリスだった?て聞きたいくらい激似だから!」
「写真! 写真ないの?!」
ヒヨカが催促するより早くスマホを取り出し、お気に入りの写真の中から人に見せても許せる写真をチョイス。
購買店で買った棒付きアイスを頬張るトオル。
立ちながらカメラを向けたからちょうどよくトオルの上目遣いが撮れて気に入っている。しかも、この角度! 正面よりちょっと斜めにずれた角度がちょうどイーリスがよくやるポーズに近くてマジそっくり!
「ヤバ、激似! 前世イーリス?!」
「でしょ!」
「エモーい!」
同じハイテンションで盛り上がる。
イーリスはBLの異世界トリップファンタジー小説『時のままに』(略称、時まま)に出てくる登場人物のひとり。
BLは読むようになったけどヒヨカほどの熱量もなかった頃、ヒヨカになんとなく借りた時ままの漫画版を読んだらみごとどっぷりハマり、ついでにBL沼にも落ちた。
オレを完全腐男子にした作品! 時まま! そんでもって、そこまでハマらせたのが、イーリス!
「水色の髪に青い瞳、白い肌ときたら美青年のイーリスを現代風にしたらこんな感じなんだね~」
ヒヨカがオレのスマホを横取りして、トオルをガン見する。
「うすい水色!」
オタクは細かいことまで訂正をいれたくなる。もう性分だ。
「でも・・・、焦げ茶色に黒い瞳だとイーリスも美青年じゃなくなるんだね~。彼、激似なのに美青年に見えないのが不思議! 普通の高校生!」
ケラケラと笑うヒヨカに、スマホを奪い取る。
「トオルはモテるんだから! バレンタインの時だってオレと同じくらいもらってたし!」
トオルのお気に入りフォルダーから、自分が特に気に入っている写真をいくつかヒヨカに見せるも、「え~?」と腑に落ちない顔をされた。
え~はこっちのセリフだ。普通でなにが悪い。それがトオルの魅力だ!
まぁいい。
ヒヨカはイーリス推しじゃないし、オレみたいにトオルに推し活されても困る。
なんせヒヨカは猪突猛進。
自分がこれだ! となると勢いがハンパじゃない。
オレに告ったのだって、顔が好みだという理由だけ。しかも、漫画で描けるようになりたいからって言ってたし。
面白いと思ってオッケーするオレもオレだけど。
「イーリスくんとはどんな成り行きでチョコもらったの?」
「トオルだから。混合しないでややこしくなるから」
「トオルくんはゲイ」
「違う。彼女はいないけど普通に女の子好きだし、よく女子の輪の中で楽しそうに喋ってるの見かける」
「わかった! 隠れゲイ!」
「・・・たぶん、違うと思う」
「成り行きとは?」
もったいぶるオレにヒヨカがそろそろ限界とばかりに首をかしげた。ヒヨカの癖だ。
「バレンタインの日、たぶん、オレが不機嫌になったと思って、トオル優しいから、自分のチョコくれたんだと思う」
「不機嫌?」
「クリスマスに別れた元カノからチョコをもらった話、なぜかトオル知ってて。別れてるのにもらうのはどーなんだーみたいなこと言われてさ。あんまり触れて欲しくなかったからあいまいにしたら、機嫌悪くしたんだと勘違いされた」
ヒヨカも元カノだけど、平気で話せるのはオレにデリカシーがないからじゃなく、
「また別れたの~? 高校入って何人目?」
「まだ二人目だよ」
ヒヨカは元カノというよりなんでも話せる親友みたいなもん。まぁ、同志ですけど。
「でも、その元カノやるねぇ! まだトオルに未練たっぷりじゃん」
「最悪。確かに学年で騒がられる美人だけど、すっげー独占欲で束縛してくるし、プライド高いし、付き合ってる時最悪だった」
「へー」
どうでもよさそうな抜けた返事をするヒヨカ。スマホまでいじりだした。
顔以外、相変わらずオレに興味がない。
「ヤバい! ビッグニュース! 時ままがアニメ化するって!」
スマホの画面をオレに見せながら興奮するヒヨカ。
「マジ?! やったー!」
画面に映るツイッターの情報を確認し、ヒヨカとハイタッチする。
「むっきゃぁ~! ハイゼ様に声がつく~! 動いてるところを拝める~!」
「マジヤバい! イーリスの声誰がやるんだろう!」
自分のスマホでもツイッターで情報を確認する。
「あ~! もう時ままトレンド入りしてるぅ~」
「マジぃ!」
嬉しすぎて声が大きくなってることに周りの視線で気づき、慌ててボリュームを下げる。
ついでに、姿勢も正してなんでもない風を装う。
「で、肝心の本題はいつ聞けるの?」
ヒヨカが首をかたむけた。
「ヒヨカが話そらしたんだろー。こっちはちゃんと話してんのに」
「ごめんごめん、メロメロさんからライン来てたから。そしたら時ままが!」
「はいはい、また話それてるって」
「あ、ほんとだ~」
あはははと笑うヒヨカ。
いつもこうだ。
オレもヒヨカもよくしゃべるから話がどんどんそれる。
楽しいけど、なかなか本題に入らなかったり、決めなきゃいけないことが決まらなかったり。
「とにかく、トオルが食べてたチョコをもらったわけだし、お返しするべきかな~と思ってさ。最近、耳に穴開けたみたいだし。ピアスをプレゼントするのいいかなーと」
「付き合ってもないのに、男友達からピアス? 重くない?」
ちょっと気にしてることをズバッと言われ、胸に矢が刺さる。
「やっぱり? キモい?」
「だってアクセだよ? 指輪とかネックレスとかブレスレットを男友達からもらって嬉しい?」
「そー言われると・・・そうかも」
思いつきの案だけに、リアルに想像したら思いのほかショックを受ける。
「イーリスもピアスつけてるから、青系のピアスつけてもらいたい願望が素直に行動に出てたー! オレ痛すぎー」
自分の貪欲さにショックを受け、テーブルに突っ伏す。
「なにそれいいじゃん! イーリスと同じ色のピアス! つけてるところあたしも見たすぎる!」
ガシッとヒヨカがオレの肩を力強くつかむ。
「マジ痛い」
顔を上げると、鼻息を荒くしながら瞳をキラキラさせていた。
「ピアス! ピアスにしよ!」
「はぁ? 今さっき重すぎるってキモイって言ったじゃん」
「キモいまでは言ってなーい! 耳に穴開けるなんて痛いのに勇気がいるビッグイベントじゃん! お祝いだよ! お祝いも兼ねてピアス先輩がピアスを捧げるべきだよ!」
「誰がピアス先輩だよ」
確かにオレの両耳にはピアスがついてますが?
ズコーッとヒヨカが自分の残りのほうじ茶ラテを一気飲みし、立ち上がるなりオレの腕をつかんだ。
「さぁ行こう! イーリスと同じ、青竜の瞳で三日間かけて作ったピアスを買いに!」
「いや、そんなもん売ってないから」
冷静に突っ込みを入れるオレを無視して、自分が見たいだけの欲にかられたヒヨカに強引にもショッピングセンターへと再び連れて行かれた。
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