愛梨をお願いします。

「いい加減に、やめろよ」


悠里ゆうり、やめなさい」


父親が止める声を無視して、悠里が叔父さんを殴り付けた。


「何するんだ、悠里」


「あんたが、愛梨に何してたか全部録画してんだぞ。」


「だから、何だ?」


「いい加減、愛梨を解放しろよ。奈子だって、テメーも一緒にやってただろうが」


「えっ?」


「だから、何だ、悠里」


鈴音りおんだって、テメーがやったんだ。前の日に生きてたくないって俺に言ったんだよ」


「だから、何だよ」


「だから、愛梨を解放しろ。こいつに、愛梨を渡せ。」


「ふざけるな。愛梨は、俺のもんだ」


「親父だって、お前なんかの会社に働かなくたってもういいんだよ。俺だって、大学の友達と会社やって、株だってやってる。優里菜ゆりなが、友達の家に父さん働かそうと決めてんだよ。」


「ふざけるな、愛梨は渡さない」


「愛梨は、お前のもんじゃねー」


「兄さん、何で?」


「愛梨、ごめんね」


「愛梨、ごめんよ」


「愛梨、助けられなくてごめんね。」


「何で、今更、ぁぁぁぁあああ」


笹部は、血だらけで体が痛いはずなのに、私を抱き締めてくれる。


「愛梨、金は、俺と優里菜で何とかするから彼と出ていくんだ。わかったな?愛梨」


「何で、今まで助けてくれなかったじゃない」


「助けれなかったんだ。ごめんよ。やっと、今日父さんの仕事先が決まったんだ。だから、ごめん。」


「ごめんなさい」


笹部は、私を抱き締めた。


「もう、俺と幸せになろう。大丈夫だから、俺がいるから」


兄が、私に封筒を握らせる。


「ふざけるな」


笹部に近づこうとする叔父さんを兄が止めてくれた。


「行こう」


笹部は、フラフラしながら立ち上がった。


「愛梨をお願いします。」


父と母と姉と兄が、頭を下げていた。


私は、兄からの封筒を握りしめた。


「病院に行こう」


「ああ」


笹部を病院に連れていった。


あれから、5年の月日が流れた。


「愛梨、どうしたの?」


「この写真見てた」


「あー。愛梨を助けた時のだね」


「ごめんね。こんなきたない人間が、クマさんの初めての相手で」


「全然、愛梨だからよかったんだよ」


クマさんは、頭を優しく撫でてくれる。


「クマさん」


「何?」


「叔父さんから、助けてくれてありがとう」


「ううん。家族全員、叔父さんと縁が切れてよかったな」


「うん。」


あの後、服を買ってホテルに行った、暫く私と笹部はホテルで生活をしていた。兄からの連絡で住む場所も決めてくれた。


私は、女子高に通った。


笹部は、夜間の高校に通いながらジムで働いていた。


そのまま、就職をした。


私は、あの後、両親や兄と姉が、必死で叔父からの借金を返済していた事、叔父さんにお願いをしていた事などを聞いた。


母は、借金を抱えていた時に私を妊娠した為、叔父夫婦の前で私をいらないと言ってしまった事を申し訳なかったと泣いた。


家族から、叔父を訴えないかと言われたが、私はその申し出を断った。


父は、母と叔父の奥さんを酔っぱらって間違ってさわった事で、脅されていたようで…。


奈子姉ちゃんの件も脅されてやっていたらしいけれど。


それでも、奈子姉ちゃんにやった事実は消えない。


だから、私は訴える事はしなかった。


私は、今でもそれでよかったと思ってる。


私は、笹部の事も今までのようにただ、通過していくだけの人だと思っていた。


でも、違った。


私は、笹部の愛を見つけた日からずっとこの手に掴まえたかったのだ。


笹部は、私の体をすぐに迫る事はけっしてしなかった。


優しく丁寧に時間をかけてくれた。


私は、笹部のお陰で、叔父に植え付けられた気持ちをきちんと払拭できた。


それがなければ、私は、また体だけの関係の相手を見つけていたと思う。


笹部は、ゆっくりとゆっくりと私と自分の心を一つに繋げてくれた。


「愛梨、愛してるよ」


「クマさん、愛してる」


笹部の優しいキスは、私の心も体も綺麗にする魔法だった。


「ねぇー。クマさん。」


「何?」


「よく、二年も我慢できたよね?」


「本当は、毎日大変だったよ」


「すぐに、そうなってもよかったんだよ。」


「嫌だった。」


「どうして?」


「俺は、愛梨をイニシエーションってのにしたくなかった。」


私は、その言葉に泣いていた。


「私は、クマさんをそれだと思っていたよ。通りすぎるだけだって」


「わかってた。だから、絶対に嫌だった。愛梨は、きっと叔父さんから助けて欲しくて。助けられて自由を手にしたら、俺なんか捨てて飛んでいくってわかってた。だから、絶対に嫌だった。だって、愛梨を手放したら。愛梨は、これから先もいろんなひとに飛んでいく。花から花へ渡り歩く蜜蜂みたいに思っていたから…。」


「クマさんだけに、あいを与えて欲しかったの?」


「そうだよ。愛梨のあいは、俺だけのもの」


クマさんのヤキモチは、相変わらず嬉しい。


クマさんは、通過していく人なんかじゃない。


私は、もうクマさんじゃなきゃ生きていけないの。




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