第14話 呉下の阿蒙にあらず(三)

 朝廷でちょっとした問題が持ち上がっていた。


 江賊こうぞくの被害である。

 益州や荊州をナワバリにしている一団がおり、商人の船が何回も狙われていた。


 荊州の水軍が出てきたら益州へ。

 益州の水軍が出てきたら荊州へ。

 江賊はスイスイ逃げるから、イタチごっこの様相を呈している。


 リーダーを甘寧かんねいという。

 いつも鈴をぶら下げており、ジャラジャラという音だけで人々を恐怖させていた。


「私が兵を出しましょう」


 手を挙げたのは孫策である。

 さっそく魯粛を呼んで人選について相談した。


「周瑜なら無難にやり遂げてくれると思う。他に候補はいるか」

「むしろ呂蒙が適任でしょう」


 魯粛はその理由を説明した。


「江賊の頭は甘寧という荒くれ者です。そして呂蒙も元荒くれ者です。似た者同士をぶつけた方が上手くいきます」

「討伐するのではなく帰順させるつもりか?」

「江賊たちは元漁師です。貴重な水夫として交易の発展に寄与するでしょう」


 孫策はその案を上奏した。

 長安からは呂蒙を派遣することが決まった。


 ……。

 …………。


 出立の日がやってきた。


「今日までお世話になりました」


 呂蒙がぺこりと頭を下げる。

 この日から一軍の大将である。


 対する呂白は寂しそう。

 益州は遠いので数年は会えない。


「私がいなくても勉強は続けてくださいね」

「はい、師匠」


 そこに黒を連れた呂青がやってきた。


「呂蒙殿、黒をお願いします」

「はい、必ず大切にします」


 呂布の屋敷で結婚式を挙げたのが先週のこと。

 つまり二人は夫婦になった。


「今日までありがとうございました、呂青様、呂白様」


 呂蒙との結婚。

 呂白との別れ。

 二つの感情に挟まれた黒は涙している。


「どうかお元気で」


 手を握る呂白も泣いていた。


「ねぇ、兄上?」

「ん?」

「これで良かったのでしょうか?」

「人が新しい一歩を踏み出した。無条件で称賛されるべきだと俺は思う」

「ですか……」


 それから半年後。

 呂蒙は甘寧をはじめとする江賊団を帰順させた。


 解体された賊軍は水夫となった。

 商船を襲う側から守る側となり、南方の経済に大きく貢献した。


「兄上、呂蒙さんが太守になるって本当ですか?」

「ああ、今回の功績が朝廷に認められた」


 呂蒙は郡の太守に任命された。


 地方を上手く治めたので、それから数年に渡り各地を転々としたが、成り上がり者の呂蒙は貧しい人々から慕われて、その隣には賢い妻がいたと伝わる。

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