幕間劇 : インテルメディオ

「それで? 何か面白い事でもあったのかしら?」


 金糸をあしらった薄桃色のドレスを纏ったシャルロッテ・フォン・メクレンブルク=シュトレーリッツは白と黒のチェス盤を前にして、対面する赤髪の青年にそう言った。


「ええ。久しぶりにそう思えるような出来事がありました」


 青年が笑みを浮かべてビショップを動かすと、王妃の片眉がピクリと動いた。


「あらまあ、生意気になった事。チェスを教えたのはわたくしだと言うのを忘れたの? ライアン」


 王妃がクイーンを逃げに動かす。


「ええ。かなりスパルタでしたね。お陰でチェスと人を見る目は鍛えられましたよ。叔母上」


 ライアンのポーンがナイトを取る。王妃がにやりと笑った。


「全く。口も達者になって。わたくしの膝にまとわりついて甘えていたのに。ところで、先日の夜会だけど。あの仔ヤギちゃんが活躍したそうね」

「仔ヤギちゃん?」

「あの子よ。アリス・ガーフィールド」


 その言葉に、ライアンが口にしていた紅茶に咽せた。

 王妃が満面の笑みを浮かべて溺愛する甥を見つめる。


「お耳が早い事で。ご心配なく。あの場は私が収めましたので」

「あらそう。また貴方目当ての令嬢が増えそうね」

「やめてください。私はまだ結婚するつもりは……」

「チェック」


 王妃のクイーンがライアンのキングをぱたりと倒した。

 シャーロット王妃の甥、ライアン・ルイス・フリードリヒは肩をすくめて敬愛する叔母を見つめた。


「参りました。まだまだ叔母上には敵いません」

「そうでしょうとも。ライアン、あの子はどうなの?」

「あの子とは?」

「アリスよ」


 ライアンは今まで出会った令嬢の誰とも違う不思議な魅力に溢れた彼女の姿を思い出した。

 誇り高く、孤高で美しい。

 昔訪れたインドで見た野生の虎のような。


「やっぱり気になるのね」


 にやにやと甥の顔を覗き込んで王妃が言った。


「な、違います!」


 ハンサムな顔を真っ赤に染めあげた、愛すべき甥をシャーロット王妃が面白そうに覗き込んでいる頃。



「ふ、ふわぁっくしょい!」

「あらやだ! アリスお嬢様! そんなはしたない! お嫁に行けなくなってしまいますよ!」

「いや、あの、別に行けなくていいんだけど……」


 メイフェアのガーフィールド邸では、アリスの盛大なくしゃみにメイド長が口うるさく説教をしていたとかいないとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る