第77話 のんびり旅行

 体調不良を訴えていたティアラローズだが、幸い本当に風邪の引き始めだったようで、療養旅行へ向かうころにはすっかりよくなっていた。

 つまり、ただのお疲れ様旅行になってしまったということだ。


 オリヴィアが紹介してくれた別荘は、マリンフォレストの王都から西の方角へ馬車で二日ほどの場所にある。

 畑があるのどかな田舎道を眺めながら辿り着いたのは、マリンフォレスト特産物である苺をメインに育てている村だ。その村外れにある小高い丘の上に、別荘が建てられている。


「いいところですね、アクア様。わたくしの風邪もすっかりよくなりましたし、村を見させていただきたいですね」

「まだ油断は禁物だよ、ティアラ」


 ティアラローズは馬車から顔を出して元気そうに苺畑を見るが、アクアスティードはまだまだ心配しているようで、別荘でゆっくりしてほしいと言う。

 あまりにも過保護で、ティアラローズは思わずくすりと笑ってしまう。そして、「行きたいです」とティアラローズは上目遣いでアクアスティードを見つめる。


「……わかった。今日一日休んで、明日も問題ないようなら苺を見に行こう」

「はい!」




 ◇ ◇ ◇



 マリンフォレストでは、多くの村が苺を育てている。

 ティアラローズたちが訪れているこの村も、その一つだ。村の人口は五百ほどと小さいが、楽しそうに働くためとても活気がある。村内は子供も多く、笑い声が絶えない。


 一晩別荘で休み、体調に問題のないことを確認したため苺を見に村までやってきた。ティアラローズ、アクアスティードのほかには、エリオット、フィリーネ、タルモが一緒にいる。

 馬車に乗って村に着くと、すぐに村長と数人の村人が温かく出迎えてくれた。

 すぐに跪いた村長に、アクアスティードが対応をしティアラローズも言葉を続ける。


「突然の訪問にも関わらず、対応してくれて感謝する」

「よろしくお願いします」

「とんでもございません。王族がこうして足を運んでくださるのは、とても光栄です」


 王族が来るようなことはほとんどないため、村長は嬉しそうに微笑む。農村というだけあり、体つきのしっかりとした白髪交じりの初老の男性だ。

 苺畑には、村長自らが案内をしてくれた。


「うわぁ、すごい……」


 案内された一面の苺畑を見て、ティアラローズは感嘆の声をあげる。苺一粒一粒がまるで宝石のようにキラキラしていて、どれだけ大切に育てられているかが一目でわかった。

 ぜひ新作のスイーツに使いたいと思っていると、ぴょこりと森の妖精が苺畑の間から顔を覗かせた。


『あ、ティアラだ~!』

『苺たべる~?』

「あ、ありがとう……。でも、かってにもいでは駄目よ?」


 森の妖精はきゃらきゃらと笑い、美味しそうな苺をティアラローズに差し出した。許可なくもいではいけないと伝えるが、すぐに村長が「とんでもない、お好きなだけどうぞ!」と慌てたように声を荒らげる。

 それならば……と、苺を口に含むとすぐに甘さが広がった。わずかな酸味がアクセントになり、より味を引き立てる。


「お、おいしい……っ!!」

『じゃあもっとあげる~!』

『これ、これがオススメ~!』

『こっちは僕が育てたんだよ~』

「!」


 ティアラローズが美味しそうに食べたのを見て、森の妖精たちは『これも食べて!』とたくさんの苺を摘んでくる。ゆうに三十個を超える苺が、ティアラローズの下へ運ばれた。

 さすがに食べきれるわけもなく焦るティアラローズだが、それを見たアクアスティードは楽しそうにくすりと笑う。


「相変わらず、ティアラは森の妖精に好かれているね」

「村のみなさんが一生懸命作ってくださっているのに、こんなに……」


 妖精たちが摘んだ分の料金は後で支払おうと心に決めるティアラローズ。

 たくさんある苺は、別荘に戻ってから食べれるようフィリーネに保管をお願いする。


「でも、こんなに森の妖精がいるなんて珍しいですね。ここはお気に入りの場所なのかしら」

「人間が森の妖精を見かけることは、滅多にないけれど……ここ最近、少しずつ目撃例も増えているんだ」

「そうなんですか?」

「ティアラのおかげだろう。森の妖精たちが活発になったんだ」


 アクアスティードの言葉を聞き、ティアラローズはなるほどと頷く。

 確かに、〝ティアラローズの花〟を国花としてからは、それの世話と称していろいろなところに森の妖精たちが出没しているのだ。

 ティアラローズがいなければ、このようなことは起きなかっただろう。


 村長にも確認をしてみると、想像していなかった答えが返ってきた。


「いえ、森の妖精たちが姿を見せたのはここ数日です。……村に来た客人に懐いているようでして」

「森の妖精が?」


 現在、森の妖精が祝福しているのはティアラローズだけだと誰もが思っていた。そのため、ほかの人間が祝福されているのではと思いとても驚いたのだ。

 もちろん、森の妖精が今後もっと人々に祝福を与えるのであれば、それはいい傾向だけれど。


 ――でも、なんだか寂しい。


 ティアラローズは、ラピスラズリ王国から嫁いだ自分を祝福してくれた森の妖精たちが大好きだ。ずっと自分だけにその祝福が向けられるとばかり思っていたため……ほんの少しだけ、気落ちする。


「私としては、森の妖精たちがティアラばかり構わなくなるなら嬉しいけどね」

「アクア様ったら……」


 元気づけるようなその言葉に、ティアラローズは微笑む。アクアスティードとしては本音なのだが、ティアラローズは慰めてくれたのだろうと嬉しくなる。

 アクアスティードがティアラローズの腰を抱いて手を取り、畑から村に戻ろうと言う。もし風邪がぶり返してしまっては大変だから、と。


「ティアラローズ様、こちらをどうぞ」

「ありがとう、フィリーネ」


 大きめのストールを、フィリーネがティアラローズの肩にかける。それを見た妖精たちが『可愛いね~』とにこにこしている。


「ありがとう。わたくしたちは村に戻るわね」

『えぇっ? 会っていかないの?』

「会う?」

「もしかして、近くに村長の言っていた客人がいるんじゃないか?」


 首を傾げたティアラローズに、アクアスティードが予想する。それは当たっていたようで、妖精たちが『そうだよ~』と三十メートルほど離れたところにある大樹を指さした。


「え? あれって……」


 ティアラローズが見た先にいたのは、大樹の下で気持ちよさそうに昼寝をするフェレスとリリアージュだった。

 なるほど、確かにこの二人ならば森の妖精たちに好かれているはずだと苦笑する。


 フェレス・マリンフォレストと、その妻であるリリアージュ・マリンフォレスト。

 この国の初代国王とその妃だ。

 強大な力を持ち、三人の妖精王とともにマリンフォレストを建国した人物。


「あーあの二人なら、祝福されているのも納得ですね」

「そうだな。旅をすると言っていたが、こんなところにいるとは思わなかった」


 同じように苦笑するエリオットとアクアスティードに、事情をしらない村長だけが首を傾げるのだった。




 ◇ ◇ ◇



「いやぁ、まさかアクアスティードたちがこの村に来ていたなんて知らなかったよ」


 フェレスがにこにこ笑いながら、楽しそうに告げる。その腕の中には、もふっとした可愛らしいリリアージュが抱かれている。

 アクアスティードに似た顔立ちと、色素の薄い髪を持つフェレス。星空の王の力を受け入れ続けたため、怪物の姿になってしまったリリアージュ。今はその力が落ち着いているため、マリンフォレスト国内を旅し、見て回っているのだ。


 苺畑で二人を見つけたティアラローズたちは、声をかけ二人を別荘へ招待した。


 広いリビングルーム、並んでソファに座るティアラローズとアクアスティードの向かいに、フェレスがリリアージュを抱きしめて座っている。

 オリヴィア自慢の別荘というだけあり、ウッドハウスのとても落ち着いた作りになっていた。自然豊かな木々の香にあふれ、大きな窓からはウッドデッキがあり雄大な山々を一望しながらティータイムを過ごすことができる。


「ティアラローズ様、苺のご用意ができました」

「ありがとう、フィリーネ」

『わあ、美味しそうです~!』


 森の妖精たちが選別し、村からもらってきた最上級の苺だ。

 温かい紅茶とともに用意され、ティアラローズとリリアージュのテンションが上がっていく。


 そしてふと、フェレスは自分たちと同じように食べられるのだろうか? という疑問がティアラローズに浮かぶ。フェレスは幽霊なのだから、食べると言う概念がないかもしれない。

 様子を窺うよう、おそるおそるティアラローズは声をかける。


「あ……フェレス殿下、食べ物は召し上がりますか?」

「うん、いただくよ。ありがとう、ティアラローズ」

『問題なく食べられますよ。幽霊だと言うのに、不思議なものです。人としては死にましたが……そうですね、妖精のようなものと考えるのがいいかもしれません。キースたちも、食事することが出来るでしょう?』


 問題ないと言うフェレスと、リリアージュが細く説明を行う。その答えにほっとしながら、ティアラローズたちは苺を楽しんだ。



『ふあぁ……お腹いっぱいです』

「大丈夫ですか? リリアージュ様」

『はいぃ』


 苺をすべて食べ終えると、リリアージュがうとうとまどろみはじめた。フェレスがリリアージュを優しく撫でているので、おそらくその効果もあるのだろう。


「フェレス殿下とリリアージュ様の部屋へ案内しましょう」


 すぐにアクアスティードが立ち上がって告げるが、フェレスはゆっくり首を振る。


「ティアラローズ、リリアを部屋へ寝かせてくれないか? 私は少し飲みたい気分なんだ」

「はい、もちろんです」


 どうやら紅茶だけでは足りなかったようだと、ティアラローズは内心で苦笑する。今度は紅茶だけではなく、ワインやシャンパンも準備しよう。

 アクアスティードはフェレスに付き合うようで、再びソファへと座る。


「ティアラも疲れているだろうから、先に休んでいて」

「わかりました。おやすみなさい、アクア様、フェレス殿下」

「おやすみ。リリアをよろしくね」

「はい」


 フェレスの抱いていたリリアージュを預かり、しっかり抱きしめる。

 ティアラローズの手伝いはフィリーネに手伝いを頼み、フェレスたちのお酒はエリオットが用意を行う。すぐに役割分担が決まったところで、ティアラローズはリビングルームを後にした。

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