第64話 愛らしいお客様

 もふもふした黒い毛に、ちょこんと生えた角がどこか可愛らしい。首にはアクセサリーを着けているようで、どこかお洒落。

 安易に動物と言ってしまっていいのかわからないその姿に、ティアラローズとアクアスティードは釘付けになる。

 妖精だろうか。でも、角が生えているから実は恐ろしい生物だったりするのだろうか? そんなことを考え、けれど愛らしい姿を見てあり得ないとすぐ考えを改める。


「あれが、ティアラの助けた動物……か?」

「そうです。よかった、元気そうで」


 水で弱ってしまっていたらと心配していたので、ティアラローズはほっとする。すぐに窓へかけより、開けて招き入れようとして――アクアスティードに止められる。


「ティアラ、危険じゃない保証はないんだから勝手なことはしないで」

「!」


 心配するだろうと、そう言いながらアクアスティードがティアラローズの手を引く。そしてアクアスティードが窓を開けて動物を招き入れる。

 また逃げるかもしれないとティアラローズが心配したけれど、動物は何も警戒することなくすんなり室内へと入って来た。


「初めて見ますけど、妖精でしょうか?」

「私も、こんな動物は見たことない。普通の動物でないことは確かだが、妖精かどうかと言われると……どうだろうな」

「不思議な子ですね」


 アクアスティードが警戒するように動物を見るが、攻撃をしかけてきたり、何かをしてこようとする様子はない。それに安心しつつも、ティアラローズには近づかないようにと告げる。

 けれど、この動物はなんだという疑問はすぐに消える。この、動物自身によって。


『アクアスティード、ティアラローズ、助けてほしいのです!』

「――っ! 動物が、喋った……!?」


 つぶらな瞳が少し潤み、けれど涙は流さない。そんな強さを秘めた目は、しっかりティアラローズとアクアスティードを見つめる。


『このままだと、フェレスが良くないものになってしまいます。それを食い止めたいのです……どうか、わたしに協力していただけませんか?』

「フェレス殿下が?」


 思ってもいない人物の名前に、ティアラローズは驚く。

 フェレス・マリンフォレスト。

 この王城の地下にある、封印されし王の間に幽霊という状態で存在している初代国王だ。

 アクアスティードが星空の指輪を創るときに、力を貸してくれた人物。


 ――この動物は、フェレス殿下とどういった関係なんだろう?

 あの場所に、このような動物はいなかった。そう思ったのはアクアスティードも同様で、「何者だ」と静かな声で告げた。


 動物は一歩下がり、ぺこりんと頭を下げてから名を名乗った。


『わたしは、リリアージュ・マリンフォレスト。リリアと呼んでくださいな』

「……王族?」


 マリンフォレストを名乗れるのは、王族のみだ。

 告げられた名前を聞き、しかしそのような名前は歴代の王族でも聞いたことがなかった。 可能性とするならば、公式の記録が残っていないフェレスの妃だろうと考える。

 アクアスティードの予想は当たっていたようで、リリアージュが「妻です」と告げた。


「まさか、妃殿下だったとは知らず――ご無礼を」

『いいえ。ティアラローズ、わたしを助けてくれてありがとうございます』


 すぐに膝をついて礼をしたティアラローズに、リリアージュは『大丈夫よ』と笑う。次に同じように膝をつくアクアスティードを見て、少し心配そうに言葉を続ける。


『アクアスティードは、体に不調などはないですか? 王としての力が目覚め始めている今、魔力が大きくなりコントロールすることも大変だと思います』

「魔力が増えているのは感じますが、不調などはありません。お気遣い、ありがとうございます」

『そう……よかったです』


 優しそうなリリアージュを見て、ティアラローズは危険な動物ではないとわかってほっとする。しかしそれと同時に、どうしてフェレスの妃である彼女があのような姿でここにいるのだろうと思う 。

 二人が生きてきた時代は、はるか昔。フェレスと同じように、リリアージュも幽霊かそれに近い存在として現世に留まっているのだろうかとティアラローズは考える。

 フェレスを助けたいがゆえに、どうにかして動こうとした結果があの姿……なのかもしれない。


 ――フェレス殿下のことが、大好きなんだわ。

 自分がアクアスティードを想うのと、同じように。おそらく、指輪が伝えたかったのもリリアージュの存在だろう。

 ならば、自分はフェレスとリリアージュの力になろうとティアラローズは心に決める。


『あら?』

「?」


 ふいに、リリアージュがテーブルに視線を向けて声をあげる。


『それは何でしょうか? ……とっても可愛いです』

「クッキー という、甘いお菓子です。召し上がりますか?」

『食べてみたいです!!』


 花を模ったアイシングクッキーは、見た目がとても華やかだ。

 以前は焼いただけのありきたりなクッキーしかなかったが、ティアラローズが作り広めた結果、城の料理人も作れるようになっていた。


 ティアラローズはリリアージュを抱き上げて椅子に座り、アイシングクッキーを手渡した。

 もふっとした手で受け取ったリリアージュは、可愛さを目で堪能してからぱくりと口の中へ入れた。


『はわわわわわ、こんな甘く美味しいものが世界に存在していたなんて……!』

「喜んでいただけて嬉しいです」

「女性はいつの時代も甘いものが好きだな」


 幸せそうにクッキーを食べるティアラローズとリリアージュを見て、アクアスティードが微笑む。

 そしてふと、ティアラローズのドレスに少し汚れが付いていることに気付く。いったいどこでと考えて、すぐにリリアージュが原因だと気付く。


「ティアラ」

「はい?」

「ひとまず、リリアージュ様に支度をしてさしあげよう。きっと、疲れも溜まっているだろう」

『! そうでした、わたしったら……ごめんなさい。外にいたから、お風呂もいただけると嬉しいです』


 アクアスティードとリリアージュの言葉に頷いて、ティアラローズは「お風呂の用意をしますね」と部屋に備え付けられた浴槽にお湯を張った。




 ◇ ◇ ◇



 ティアラローズとリリアージュがお風呂に入っている間、アクアスティードはエリオットに動物の捜索は打ち切りだと指示を出す。

 すぐに日常の業務へ戻ったが、アクアスティードはやることが増えた。


 エリオットとフィリーネを呼び出し、今後のスケジュールに変更が出るかもしれないことも告げる。

 それと共に、フィリーネとエリオットにはリリアージュのことも伝えておく。側近である二人が把握しているだけで、だいぶ動きがスムーズになるだろう。


「フェレス殿下のお妃様ですか……」

「ああ。私とティアラが結婚式を欠席することは出来ない。最悪、エリオットにはマリンフォレストに残ってリリアージュ様の対応をしてもらうことになるだろう」

「……そうですね、私以外には務まらない内容ですね」


 フィリーネはティアラローズとともに行くが、リリアージュが快適に過ごせるよう部屋を整えるように指示を出す。


「ティアラローズ様のお考え次第ですが、新しく部屋を用意するよりは、ティアラローズ様のお部屋を使った方が安全かもしれません」

「そうだな。そこは確認しておこう」


 いかんせん、リリアージュの身分が身分だ。

 ほかの誰かに見つかるような事態は避けたい。

 アクアスティードがどうするか思案していると、お風呂を終えたティアラローズとリリアージュが顔を出した。先ほど入浴を済ませていたティアラローズは、リリアージュの世話をしてドレスを着替えるだけで済ませた。


 リリアージュの黒い毛はふわふわし、首の後ろに可愛いリボンを付けている。


「アクア様! それにフィリーネとエリオットもいるのね、ちょうどいいわ」

「うん?」

「リリア様から伺ったんですけど、フェレス殿下のご両親のお墓が……どうやらラピスラズリにあるようなんです。アカリ様の結婚式、リリア様をお連れしても大丈夫でしょうか?」


 リリアージュによると、そのお墓には王族であった両親の持っていた強力なアイテムが一緒に埋葬されているのだという。

 それを手に入れることが出来れば、フェレスの力が今よりも安定するだろうということだ。


『とはいえ、フェレスはあまり両親と仲がよかったわけではありません。こっそり取りに行きたいんです』

「そうか……。なら、そこに寄れるようにスケジュールを整えよう」

『ありがとう、アクアスティード』


 ふわりと微笑むリリアージュに、アクアスティードは地図を広げ詳しい場所がわかるのか問いかける。リリアージュは小さな体でテーブルに乗り上げて、地図を見て首を傾げる。


『……ごめんなさい、場所まではわからないです。おそらく、お城の近くだとは思うんですけど』

「いいえ、謝ることはありません。もしかしたら、古い地図の方がいいかもしれない。エリオット」

「はい、すぐに準備を」


 騎士団で保管する古い地図を取りに、エリオットは部屋を出る。

 エリオットが戻るまでゆっくり出来るようにと、フィリーネが紅茶とマカロンを用意した。やっぱりリリアージュは瞳を輝かせてマカロンに釘付けになるので、フィリーネはティアラローズが二人いるみたいだと小さく笑う。



 リリアージュがマカロンを夢中で食べていると、地図を持ったエリオットが帰ってきた。すぐ机上に広げるが、そこにラピスラズリ王国の王城はない。

 そう、これはまだラピスラズリが建国される前の地図。しかし、リリアージュが過ごしてきた時代には、これが一番近い地図のはずだ。


『ごめんなさい、わかりません。……ただ、マリンフォレストからそう遠い場所ではないと思います』

「わかりました。王族の墓だったのであれば、おそらく何かしらの痕跡はあるはずです。エリオット、一足先に調査を」

「かしこまりました」


 さすがに、他国のため大きな捜索はできないし人員も割ける案件ではない。もしかしたらかなり時間がかかってしまうと考えながらも――何の情報も得られないまま、ラピスラズリ王国へ出立する日となった。




 ◇ ◇ ◇



 豪華な馬車の室内には、ティアラローズとアクアスティード。それから、リリアージュ。

 さすがにこのような動物も妖精も前例はないので、移動中はティアラローズが気に入っている人形のふりをしてどうにか誤魔化している。


 今はラピスラズリ王国へ向けて、マリンフォレストの国内を走っている。


『わぁ、海が綺麗です。それにわたし、マリンフォレストにずっといたから他国へ行くのは初めてです!』


 なのでとっても楽しみですと、リリアージュが嬉しそうに告げる。

 るんるん鼻歌を口ずさみながら、外の景色に夢中だ。


「リリア様に喜んでいただけてよかったですね、アクア様」

「ああ。こうして、年月が経っても自国を好きだとおっしゃっていただけるのは嬉しい」


 おそらく、今よりもリリアージュが生きてきたマリンフォレストの方が自然が多く美しかっただろう。それでも、リリアージュは今のマリンフォレストも大好きだと言ってくれる。

 昔はなかった可愛らしく美味しいお菓子。綺麗な街並みに、笑顔のあふれる国民。『この国を大切にしてくださって、ありがとうございます』――そう告げたリリアージュは、本当に嬉しそうだった。


 王族として、この国を築いてきたアクアスティードにはなによりも嬉しい一言。


「もっとたくさん、マリンフォレストを見ていただきたいですね」

「そうだな」


 三人でゆっくり景色を見ながら、束の間の旅を楽しんだ。

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