長年大切にしてきたぬいぐるみが美女に変身した。

@umibe

第1話 長年大切にしてきたぬいぐるみが美女に変身した。

「私のこと好き?」と声が聞こえた。




 僕は最初、ベッドに横になりながらスマートフォンで動画を見ていたので、動画の中の音声なのだと思った。しかし、スマートフォンを弄るのを辞めても「私のこと好き?」と声が再び聞こえたので、僕は自分のいる部屋を見渡した。




「ねえ、無視しないでよ」と誰かが言った。 




 明らかに僕の部屋のどこかから、その声は発せられている。




「ここよ、ここ」とその誰かは僕に呼びかけた。




 声は机の方から聞こえたので、僕はベッドから起き上がって、机の方へ向かった。




「やっと気づいてくれたわね」と誰かが言った。




 そうは言ってくれたが、声の主までは僕はまだ特定できていない。




「ここから声が聞こえるのは分かるけど、君がどこにいるのかはまだ分からないよ」と僕は正直に言った。


「もう、しょうがないわね。あたしよ、ポチよ」と誰かが言った。




「ポチ!?」と僕は驚きながら後ずさりした。




 確かに僕の机の上には、ぬいぐるみが1つ置いてある。僕が幼いころ、母親にねだって買ってもらった柴犬のぬいぐるみだ。僕はそのぬいぐるみをポチと呼び、ずっと大切にしてきた。




「ポチが喋ったのかい!?」と僕は尚も驚いて言う。


「あたしと喋れて嬉しい?」とポチは言った。




 その声は明らかにポチから発せられていた。付喪神というのを聞いたことがある。あらゆる道具は100年の歳月を経ると、魂が宿るらしい。もしかして、ポチにも魂が宿ったのだろうか。ポチと僕は、10年ぐらいしか一緒にいないけど。




「ねえ、聞いてる? もしかしてあたしと喋るの嫌なの?」と少し機嫌が悪そうにポチは言った。


「そ、そんなことはないよ。ただ、驚いているんだ」と僕は言った。




 これって、呪いの人形ってやつじゃないのか。




「ポチ、君は呪いの人形なのかい?」と僕は言った。


「違うわよ! ふざけたこと言うんじゃないわよ!」ポチは明らかに怒った声で言った。




 これは呪いの人形に間違いない。さっさと処分しなければ。ポチは昨日までは僕に癒しを与えてくれる存在だったのに。




 僕は恐る恐る、ポチを手に取った。すると、僕の右目から一筋の涙が流れてきたではないか。そうだ、僕は悲しいのだ。ポチとはもう、二度と会えないのだ。




「あら、抱きしめてくれるの?」とポチは今度は嬉しそうだ。


「違う、君を処分するんだ。君とは今日でお別れだ。君との日々は、忘れないよ」と僕は言った。


「何で処分するのよ。あたしのことやっぱり嫌いになったんでしょ。私はあなたに、プレゼントだって用意したのに」とポチは泣き声を上げた。




 その泣き声を聞いた途端、僕の中に罪悪感が込み上げてきた。プレゼントくらいは受け取ってから処分してやろう。




「プレゼントって何だい?」と僕は言った。


「あたしね、人の形に変身できるよになったの。変身したら動けるようになるのよ。どう、嬉しいでしょ」とポチはさっきの泣き声が嘘のようにけろっとして言った。




 情緒の見えない奴だ。




 僕は、人の形になって二足歩行しているポチを想像してみた。遊園地だとかにいる着ぐるみのようになるのだろうか。そうなると、僕との力関係が逆転してしまうかもしれない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る