第2話 銀髪の歌姫「VTuber コトリ」

「ただいまー」

「おかえり。お母さんこれから仕事だから、悪いけど晩ごはんは適当に食べてね」

「はーい」


 うちのお母さんはライターという文章を書く仕事をしていて、こうして度々取材や打ち合わせに出かけていく。

 でも私は、特に寂しいとは思っていない。

 学校みたいに周りの視線を気にしなくていいのなら、べつに1人が嫌いなわけじゃないのだ。


 それに――

 実は私には、誰にも話していない「秘密」がある。


 私は手洗いうがいと着替えを済ませてお菓子をつまみ、お茶を用意して2階の自室へと向かう。

 そして”あるアプリ”を開けば――そこには、「もう1人の私」がいる。


 私は歌ってみたを中心にアップしている、いわゆる「VTuber」なのだ。

 名前は「コトリ」。

 まだ始めて数か月だけど、思いのほか再生数が伸びてしまい、今やフォロワー数も数万人を超えている。


 最初は、ただ思いを吐き出す場所がほしかっただけだった。

 絶対に叶うことのないイツキ君への思いを歌に乗せて、ネットという途方もない海に放流することで気持ちを落ちつけようと試みたのだ。

 どうせ私みたいな素人の歌なんて誰も聞かないし興味もないだろうと、一方的に霧散させるつもりだった。


 でも、最初にアップした歌が人気曲だったこともあり。

 投稿した動画は思わぬ勢いで再生され、気づけばSNSでエゴサすると自分の話題が大量に引っかかるほどに成長していた。

 最初は怖いと思ったりもしたけど、今まで注目されたことのなかった私は、それが嬉しくてどんどんこの世界にハマっていった。


 そこから見よう見まねでVtuber用のアバターを作成し、今の「コトリ」というキャラクターを完成させた。


 コトリは華奢で色白な肌、銀色のサラサラ髪、くりっとした上目遣いの似合う愛らしい瞳にフリルたっぷりのワンピースと、女の私が見ても思わず見惚れてしまう美少女の姿をしている。

 せっかくならネット上でくらい可愛くなりたい、と願望を詰め込んだ結果だ。


 ――さて、今日は何を歌おうか。


 歌うのはもちろん恋愛ソング。

 気持ちよく歌える、伸びやかな曲がいいな。


 音源はスマホのアプリでオフボーカル版を取得。

 歌は取得した音源を使ってマイク付きのイヤホンで録音し、そのままスマホで編集&アップする形をとっている。

 この方法なら、お金がない高校生の私でも簡単に「歌ってみた」ができるのだ。

 配信後の確認にはパソコンを活用することも多い。


 曲を決めてダウンロードし、アプリにセットしたら準備は万端。

 あとは歌を乗せるだけ。


 深く深呼吸し、「コトリ」をイメージして自分にインストールする。

 銀髪の歌姫「Vtuber コトリ」が目覚める瞬間だ。


「さて、じゃあ今日もいっちゃうぞ☆ 今日の1曲は――」

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