東堂兄弟の5分で解決録4〜風鈴オバケ事件〜

涼森巳王(東堂薫)

たがために風鈴は鳴る?



 これは僕が二十一歳のときの話だ。そのころ、僕はある事件に悩まされていた……。



 *



 チリ〜ン。

 京都五条の町家。

 秋風にゆられ、風鈴が鳴る。

 いいねぇ。風情があるねぇ。

 たまにはこうやって、のんびりすごすのもいいよねぇ。

 夏は終わったけど、秋口の物悲しいふんいきと風鈴の澄んだ音があいまって……。


 チリ〜ン。


「風流だねぇ」


 思わずつぶやくと、どっかから兄の声が返ってくる。


「そうだな」


 猛のやつ、どこにいるんだか。ちなみに僕は居間。風鈴はその外の縁側につるしてある。ここからは見えないんだけどさ。


 チリン、チリ〜ン。


「夏もいいけど秋の風鈴の音もいいねぇ」

「そうだなぁ」


 チリン。チリン。チリチリチリ〜ン!


「……ちょっと鳴りすぎじゃない? てか、窓しまってるんだけど!」

「そうだな」


 チリン。チリン。チリン。チリン。チリチリチリチリリーン!


 な、なんで風もないのに鳴るんだ? ホラーか? オカルトか?


 怖い。怖いけど、たしかめずにはいられない。じゃないと気になるじゃないかぁー!


 僕は立ちあがって、縁側をのぞいた。

 天井に頭つきそうなノッポの兄がそこにいて、風鈴をユラユラゆらしてる……。


「兄ちゃんが鳴らしてるんじゃないか!」


 ハハハとほがらかに笑う兄。


「なんだよ。かーくん。風鈴がオカルト的に自動で鳴ってると思ったのか? やっぱり、かーくんはいくつになっても可愛いなぁ」


 まったくもう。いくつになっても変わらないのはおまえのほうだぞ? 兄よ。

 弟をからかうのはいいかげんにしなよね。


 ほらほら、ミャーコだって迷惑そう。

 縁側で丸くなった愛猫ミャーコが、あきれたように僕らを見あげてる。

 ごめんね。昼寝のジャマして。


 そんなことが数日前にあった。

 ぼちぼち、風鈴は外しどきだ。でも、もうちょっと風流にひたりたい。まだよかろうと放置してる。


 ところで、話はぜんぜん変わるんだけどさ。この少し前に、長年、僕らを親がわりになって育ててくれた、じいちゃんが亡くなった。


 百歳の大往生だ。前日まで元気いっぱいで、最後は布団のなかで安らかに永眠してた。見事なまでのポックリ。ポックリのお手本だね。じつに頼りがいのある、いいじいちゃんだった。


 じいちゃーん、カムバーック! くすん。


 僕らの両親は子どものころに交通事故で天に召された。なので、今や、わが家には僕と兄ちゃんと、ミャーコだけ。さみしい二人と一匹だ。


 だからこそ、このあとのなりゆきに僕は恐怖したのだった。怖いよ……。


 チリ〜ン。

 その日も僕は風鈴の音を聞いた。でも、そんなはずはなかった。今日はちょっと肌寒いので、窓はさっき閉めたばっかりだ。風鈴が鳴るはずがない。


「ん? また風鈴が……」


 やだな。なんで鳴るんだ?


 チリン。チリン。チリ〜ン。

 派手だな。あっ、そうか。猛か。猛だな? さてはこの前、僕がうろたえてたもんだから、味をしめちゃったな。


「もう兄ちゃん。風鈴で遊ばないでよね!」

「なに言ってんだ。かーくん。兄ちゃん、こっちだぞ」


 てっきり猛のせいだと思ったのに、兄は反対側にあるキッチンから出てきた。手に麦茶のコップを持っている。


 僕のいる居間の南が縁側。キッチンは北。キッチンと居間のあいだには廊下がある。

 そして、居間のとなりには僕の部屋があるんで、やろうと思えば、僕の部屋をこっそり通って、キッチンへ行くことはできる。


 だけど、いくらなんでも、縁側で風鈴鳴らしてから、キッチンに走っていける時間的ゆとりはなかった。できたとしたら瞬間移動だ。


「あれ? じゃあ、あの音は誰が……」


 僕の顔色はさぞかし青ざめてたことだろう。

 猛はそれを見て、ニッカリ笑う。


「オバケ?」

「えっ……?」


 オバ……ケ?

 それはもしかして、あれですか? 僕がこの世で嫌いなものトップワン?


 すると、そのタイミングを見計らったように、風鈴が鳴る。

 チリン。チリ〜ン。


「お彼岸だからなぁ」

「ち、違うもん!」


 チリ〜ン……。


 お彼岸だからって、そうそうオバケに出てこられちゃ、たまったもんじゃない。


「猛。見てきてよ」

「おれ?」

「だって、兄ちゃん、オバケ好きなんでしょ?」

「別に好きじゃないけど、平気だよ」

「ならいいじゃん。見てきてよ」

「しょうがないなぁ」


 ハッハッハッと笑いながら、猛は縁側にむかった。


「どうなの? 兄ちゃん。なんかいる?」

「いや。なんにもいないな」

「なんにも?」

「なーんにも」


 ニカッとこっちをふりかえって白い歯を見せる猛。

 僕は一人、ゾォッと背筋に冷たいものを感じるのだった。

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