第4話

 左足と右手が、なかった。

 どこかに落としてきた、だろうか。頭もあんまり、うまく回らない。

 暗がり。路地だろうか。背中。建物の感覚。たぶん、左足と右手から、命が。無くなっていく。

 夜か。

 曇りだけど、ほんの少し、少しだけ、月明かりを感じる。

 記憶が、曖昧なまま。自分が誰なのかも、よく分からないまま。自分が終わっていく。


「いい夜だ」


 なにが、いい夜、なのか。自分でもよく分からなかった。

 これで終わる。

 さっきまで、立っていたのか、座っていたのか。いま。倒れている。

 うつぶせ。

 月が見たい。

 空を見ていたい。

 そう思っても、もう。身体は動かなかった。


「彼女に」


 彼女の話が、聞きたかった。

 いつものように。

 どうでもいい話を。


「無理か」


 ここで、終わる。

 彼女には、もう、会えない。

 ちょっとだけ、考えて。


「うっ。ぐ」


 立ち上がろうとした。

 彼女に、会いたい。それだけの理由で。

 脚もない。腕もない。

 よろけた。けど。立ち上がった。片足。片手。まだ動く。


「ここは」


 ここは街ではない。街の灯りは、いつも、明るい。そして、そのネオンのなかでも、星空が見える。ここは、暗い。星も、見えない。

 月だけが、明るい。


「ここではない、別な、どこか、か」


 場所が違う。

 街に戻るには。


「あっ」


 しまった。

 止血が。


「あ?」


 血が。出ていない。


「しんだか?」


 そう思ったけど、まだ意識はある。

 ただ、いつまで、生きていられるか。

 彼女に。


「無理か」


 座り込んだ。

 彼女に。

 出会わないほうが、よかったかもしれない。

 彼女は、自分を待つだろうか。

 わからない。

 彼女のことを、考えながら。少しずつ、しんでいく。それも、わるくないかもしれない。


 月を。見上げる。

 何か。


「あ?」


 何か聞こえる。

 彼女の。

 声。


「あはは」


 幻聴か。

 幻でもいい。

 彼女の声を、聞けたら。

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