第87話 ペリドットの目的

 リアムは馬に回復魔法をかけながら、常に最速を保ち、やや無茶な走行で目的地を目指した。領民を驚かせないよう市街地を迂回し、ペリドット領寸前のところにある民家に向かう。


 三十分ほどで、ぽつりぽつりと少し離れた間隔で並ぶ数件の民家を発見し、馬の速度を緩めた。


「隊長、こっちです!」


「セオか!」


 懐かしい呼び方で自分を呼ぶ声に反応する。前方の民家から手を大きく振りながら、元部下のセオが出てきた。リアムは民家の前で止まり馬から降りる。


「待たせたな、大事ないか?」


「はい。私は平気です。ですが隊長……オリビア様を守れず、申し訳ありません」


 力を込めて瞑った目と一文字に結ばれた唇、皺が寄った顎から、セオの悔しさが伝わった。彼もすぐにオリビアを助けたかったのだろう。だが状況から出直すしかないと判断したのではないか。


「助けを呼ぶべきと判断したのだろう? 私はお前の行動が正しかったと思っている」


「隊長……」


 リアムはセオの肩に手を置き、優しく微笑んだ。そして顔を上げた彼に力強く視線を合わせる。


「さあ、悔やんでも仕方がない。至急オリビア嬢とリタ、ジョージを救出しよう。体は動くか、セオ?」


「はい、除隊前と変わらない程度に動けます。ご安心を!」


 セオがリアムを見据え頷いた。その瞳からは後悔や不安の色が引き、主人と同僚を救い出すという決意が満ちている。リアムは意気込んで再び馬に跨った。セオもそれに続く。


「行くぞ、セオ! 必ずみんなを助けるんだ!」


「はい! 必ず!」


 一方、意識を失っていたオリビアはゆっくりと目覚めた。牢屋のような部屋で手足を拘束され、身動きが取れない。目の前には、貴族と思われる服装の男女。男には見覚えがある。


「あなたは、ペリドット伯爵!」


「数えるほどしか会ったことがないのに、覚えていてくれて光栄だよ。オリビア嬢」


 思いきり睨みつけるオリビアとは反対に、男は薄緑の目を細め片側の口角を上げている。ジュエリトス人にしては低い身長と短い手足。小さな目に低い鼻。表情には卑屈さを感じる。ジョルジュ・ペリドット。ペリドット伯爵家当主でこの地の領主でもある彼は、オリビアの銀髪を一束手で握り引っ張った。痛くはない程度だが、頭の皮が突っ張る。不快感でオリビアは顔をしかめた。


「さて、オリビア嬢。なぜ我が領地を嗅ぎ回る? 目的は何だ?」


「別に。従者たちと食事や買い物をしただけです。あなたこそこんなことをして目的は? 私の従者たちはどこにいるのですか?」


 ランプで顔を照らされ眩しかったが、オリビアはペリドットから目を逸さなかった。その気迫に威圧を感じたのか、相手は一歩後ずさった。だがすぐに持ち直しニヤリと歯を見せ薄ら笑う。


「知りたいか? 君と同じように丁重に扱っているさ。今は、だが」


「彼らを傷つけたら許さないわ!」


 オリビアが再び険しい表情で怒声を浴びせると、ペリドットは手にしていた銀髪を離し、もう一歩後退した。親子ほど歳の離れた娘相手に、あまりにも臆病すぎる。こんな人間が国家反逆の中心人物になれるだろうか? 違和感しかない。


「ま、まあ、それは君の態度次第だオリビア嬢。メイドと護衛の男を助けたくば、何を知っているか、目的は何か話すんだ!」


 ペリドットの言葉に、オリビアは活路を見出した。メイドと護衛の男、おそらく捕まったのはリタとジョージだけで、セオは見つからなかったのではないか。そしてペリドットはそれに気づいていない。ならばきっとセオは騎士団時代の土地勘でクリスタル領まで戻り、リアムにこのことを報告している。救助の当てができた。


「私の目的? それはね、あなたたちの悪事の証拠を掴むためよ」


「なんだと?」


 ペリドットが眉を吊り上げる。オリビアは怯まず問いかけに答えた。


「ペリドット伯爵、あなたはラピスラズリ侯爵からの指示でマルズワルトと組み、国王暗殺を画策している。春に演習帰りの騎士団員が襲われた事件も、その計画の一つ」


「ほう」


「そして国王や王族、他派閥の貴族を葬り去り、自分の仲間うちから新たな指導者を擁立するつもりね。立派な国家反逆罪よ!」


 威勢よく啖呵たんかを切ったオリビアだが、内容はハッタリ半分。相手を驚かせようと少し大袈裟に話したつもりだった。しかし、聞いていたペリドットの顔からは、みるみるうちに余裕が消え去り、目元が痙攣する。


「まさか、何もかも全て知っているとはな。ラピスラズリ様のことまで……。君を生かしておくことができなくなって残念だよ、オリビア・クリスタル」


 ペリドットの白目が濁った両眼に睨まれ、オリビアは息をのんだ。


>>続く

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