第69話 クリスタル領での出来事

 週末。オリビアは馬車の窓からくすんだ風景を眺めていた。

 リタとジョージ同行のもと、故郷のクリスタル領に向かっていた。先週末まで滞在していたというのに、こんなに早く戻ることになるとは。どんよりと厚い雲に覆われた空を一瞥し息を吐く。


「オリビア様。ペリドットの件、大事にならなければいいですね」


「そうね。正直思い過ごしだったらいいのにと思っているわ」


「そうっすね〜」


 やや軽薄な返事をするジョージを、オリビアは不満そうに見上げた。隣に視線を移すと、リタがさらに射抜くように彼を睨んでいた。見られた本人は気にすることなく、王都のブティックで購入したと思われる品の箱を手元に置いていた。


「ジョージ。もう少し緊張感を持ってちょうだい。だいたいあなたそれ何? この前散財したばかりなのにまた買い物?」


 オリビアが呆れ顔で品物の箱を指さすと、ジョージは白い歯を見せてニヤリと笑う。リタの眉間に皺が寄った。少し恐い。


「いやあ。もうすぐ娼館のカタリーナが誕生日なんです。オーナーとしてはいつも頑張ってくれてる従業員にプレゼントは必須でしょう」


「なるほど。たしかにそうね。カタリーナってあの幼い感じの子でしょう? 何歳になったの?」


「十六歳っす。お嬢様とほぼ一緒ですね」


 オリビアは「そうなの」と相槌を打ちながら、遠くを見つめる。比較的安定した運営をしているクリスタル領でも、成人しているとはいえ自分と変わらぬ年齢の少女が娼館で働いているという事実は悩ましい。領地の運営にはまだまだ改革が必要なのだと、改めて考えさせられる。


「じゃあ、娼館に行くときは皆さんによろしく言っておいて。カタリーナにはお誕生日おめでとうと!」


「喜ぶと思います。ありがとうございます、お嬢様」


 八時間かけ、やっと馬車はクリスタル家の屋敷に辿り着いた。もう夕食も近い時間だ。いつもなら夕映で空は赤く染まってる時刻。しかし少し前から雨が降り始めたせいか、辺りはだいぶ暗くなっていた。


「オリビア様、おかえりなさいませ」


 門の前にはセオが待っていた。彼は大きな黒い傘を差し、手にはさらに二本の傘を持っていた。


「オリビア様は私の傘にお入りください。リタさん、ジョージさんはこちらをお使いください」


「ありがとう。ただいま、セオ」


 オリビアはセオの傘に入る。リタとジョージはそれぞれ「ありがとう」と礼を言って差し出された傘を受け取った。


「滑りやすくなっておりますので、足元にお気をつけください」


「わかったわ、ありがとう」


 頷いてセオを見上げると、彼は眉を下げ悲しそうに微笑した。

 なにか、あったのだろうか?

 オリビアは静かに彼の隣を歩き、屋敷の中に入っていった。

 屋敷に入ると、兄のエリオットがオリビアたちを明るく出迎えた。彼の笑顔にほっとして、オリビアも口元を緩める。


「オリビア! リタとジョージも、よく帰ってきてくれた。長旅ご苦労だったな」


「お兄様! 一週間ぶりですわね、お元気でしたか?」


「ああ、問題ない。みんな、食事を用意してあるから、まずは腹ごしらえだ!」


「「はい!」」


 オリビアはリタやジョージと荷物をクリスタル家の従者に預け、エリオットに続く。


 それから楽しく食事を済ませ、一同はオリビアの部屋に移動した。


「お兄様、領内で何かあったのですか?」


「オリビア、ど、どうしたんだ急に」


 オリビアの質問にエリオットは明らかに動揺していた。最初から異変は感じていた。出迎えた時のセオの表情、両親がいない食卓。母は実家の用事で不在と聞いていたが、父がいないのはおかしい。領内で何かが起きたとすぐに察した。


「だって、お父様もいないじゃないですか。今日はよそに行く用事もなかったはずです。どうしたのですか?」


 オリビアは狼狽え目を逸らす兄に詰め寄った。彼は気まずそうに「実は」と話を切り出す。


「今朝、領内で殺人事件があったんだ……」


>>続く

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