第19話 リタの休日2(前編)
オリビアの侍女、リタはエルと別れた後も王都の店をまわり、今後通いたい店をチェックしたり、主人への土産の品を購入して休日を満喫していた。
ティータイムの時間も過ぎ夕方に差し掛かろうかというところで、先ほど助けたエルが経営する店に向かって歩き出す。
(さて、オリビア様への土産も買ったし、調べたい店のチェックも終わった。そろそろ行くか……)
賑やかな王都の中心部にある繁華街は、飲み屋が開店するにはまだ日が高い。『閉店』や『準備中』と書いた看板が店のドアの前に掛けてあり、人通りも少なく街並は少し寂しい印象だ。
さらに繁華街の奥へ進んでいくと、表の通りはより閑散としていて、ところどころにある横の細い中道は影に覆われ夜でもないのに暗かった。
一般人は絶対に通ってはいけないだろうと、リタは気を引き締めた。
繁華街の端のおそらくは治安の悪いエリアに程近い場所にエルの店はあった。
看板は出ていなかったが店のドアは空いていて、アップルパイの甘くてフルーティーな香りが鼻先をくすぐる。
リタは店の入り口を覗きこんだ。カウンターの奥にいる人物はリタの方を見ていなかったが、人の気配に気付いたのか話しながらゆっくりと入口に顔を向けた。
「あ、すみません。今日は休み……リタ様! いらっしゃいませ! カウンターへどうぞ!」
「お邪魔します」
相手が客ではなくリタだと認識したエルがさっと右手でカウンター席をすすめた。リタは軽く礼をしてから店内へ入り、エルの目の前のカウンター席に腰を下ろした。買い物の荷物は隣の席に置かせてもらう。
「昼間はありがとうございました。あ、お飲み物は何にしますか? 紅茶かライムソーダがおすすめです」
「では、温かい紅茶をいただきたいです」
「かしこまりました!」
にっこりと微笑んで紅茶を準備し始めるエルに、リタは昨夜からのジョージへのストレスが吹き飛んだのを感じた。
彼は間違いなく、王都で見かけた男性の中で一番美しい。陶器のような白い肌にこの国では珍しい灰色の髪と瞳がミステリアスで魅力的だ。
ジュエリトスの中ではクリスタル領が一番好きだが、王都に来てよかったと思ったのは彼のおかげではないだろうかとさえ考えてしまう。
「お待たせいたしました。紅茶とアップルパイです」
「ありがとう、いただきます」
ソーサーと紅茶のカップが、次にアップルパイの乗った陶器の皿がリタの前に置かれる。どちらも端に葉っぱと白い花の絵が描かれている。リタはオリビアが気に入りそうだと目を細めた。
そして、紅茶を一口飲んだ後、フォークを手に取りアップルパイに突き立てた。サクサクというパイの音が店内に響く。パイを口へ運ぶと、焼きたての温かいパイのバターの香りとリンゴのさわかな香りが口の中に広がった。
「おいしい! しかも甘くなくて……」
「よかった。リタ様はあまり甘すぎるのは好きではない気がして、甘さ控えめにしたんです」
胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべるエルを見て、リタは苦笑した。
彼からの誘いは嬉しかったものの、アップルパイと聞いて若干身構えていたからだ。
「実は……そうなんです。全く受け付けない訳ではないけど、甘すぎるのは苦手で」
「やっぱり! この前来ていただいたとき、ジョージ様がデザートを「もっと甘くていい」と言っていたのに対して、ゴミでも見るような目で彼を見ていたのでもしかしてと思っていたんです」
予想が当たったのが嬉しかったのかリタの言葉に食いつき、嬉々として当時の話をするエル。客観的にこう見られていたのかと、リタは居た堪れなくなり頬を赤らめて俯いた。
「み、見られていたのですね……お恥ずかしい。アイツを見る時の表情は基本あの感じなので」
「え、ケンカ中とかですか? 人間に向ける視線には見えなかったですよ?」
リタには何の嫌味もなく、純粋に、真っ直ぐに問いかけてくるエルの視線が痛かった。
思わず眉は下がり、眉間に皺が寄り、僅かに首を捻った。
「ケンカ……。いや、そういう訳ではないのです。もしかしたら、嫉妬なのかもしれない……」
エルがリタの顔を覗き込み「嫉妬?」と問いかける。
その瞳は曇り空のような灰色なのに、どこまでも曇りなく澄んでいた。
観念し、頷いてからリタは自分の抱えている思いを吐露し始めた。
「ええ、私はリビー様の一番の部下でいたいので。ジョージは普段はリビー様に馴れ馴れしいし失礼だし女ったらしなのに、結局彼女に一番頼られている気がするのです。私の方がリビー様との付き合いは長いのに、先に部下に採用されたのもアイツだったし。リビー様が昔誘拐されそうになったときも私は後になって知ったのに、当時彼女を助けたのが私と同じ孤児として生きていたジョージでした。普段はのらりくらりとしているのに、いざとなったら優秀な護衛になるアイツが羨ましいというかなんというか……。すみません、こんな恥ずかしい話を聞かせてしまって」
最後の方は口籠もりながら、リタはまたも恥ずかしくなって俯く。視界の中でエルの髪の毛が揺れるのが見える。首を横に振ったようだ。
「いいえ。でもリタ様もジョージ様を信頼しているんですね」
「え? 私がですか?」
エルの優しい声色に、リタは目を丸くして俯いていた顔を上げた。
視線の先にはエルが声色と同じように優しい笑みを浮かべていた。彼は表情は崩さず、小さく頷いて話を続けた。
「はい。そうでなければ羨ましいなんて絶対思わないでしょう? きっとリタ様はジョージ様を信じていて、頼もしくも思っているんだろうなと、僕は思いましたよ」
「……悔しいけど、そうかもしれません」
リタは少し照れながらもエルの言葉を肯定し、苦笑しながら頷いた。
もし同じことをジョージに言われたらこうはいかなかっただろう。エルの言葉だから、ずいぶんと素直に受け入れることができたのだ。
エルは今度は少し上方に視線を送り、目を細めた。どうやら以前三人で来店した時を思い出しているようだった。
「リタ様とリビー様、ジョージ様の三人は主従を超えた、まるで家族のような関係に見えます。素敵だなあ」
「あ、ありがとうございます。リビー様と私が家族だなんて、身分も違いますしおこがましいのはわかっているのですが、嬉しいです」
優しくかけられた言葉に喜びつつも、リタの瞳が僅かに曇った。つられるように、エルも弧を描いていた目は開き、笑顔から寂しそうな表情に変わっていた。
「リタ様……おこがましいだなんて言わないでください。そんなことないですよ。それに、ここでは咎めることを言う人は誰も聞いていませんから」
エルの声は気の利いた冗談のように明るく優しかった。
それでいて真剣にそう言っているのがリタにはわかった。
同時に彼には自分の言葉で話すべきだと判断した。小さく息を吐き、エルに微笑みかけ、ゆっくりと口を開く。
>>>続く
前後編になってすみません!
引き続きよろしくお願いします♪
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