第8話学園内にあるバラ園(side 伊織) 

 いつの間にか、彼の香りがしないところまで走ってきていた。

 無我夢中で走ってきたため、自分がどこにいるかもわからず辺りを見渡せば、立て看板があることに気づいた。そこには「獅子堂植物園」と書かれており、要するにここは学園中に作られた植物園らしきところのようだ。学園内案内図にも載ってなかった気がする。ここにくるまで学園にこんな場所があるなんて聞いたこともなかったのだから。

 僕は恐る恐るその植物園へと足を踏み入れてみた。そこにはコスモスや七草など、色とりどりの花や植物が生い茂っており、まるで別空間にきたような気になり、さっきの緊張感がスッとなくなっていく感じがした。

 その花々を眺めながら奥へ奥へと進んでみると、そこにもまた別空間の入り口があった。アーチ状になった門を潜り抜けると、そこには見たこともないような光景が広がっていた。

「これ……、バラ園だ」

 目の前に広がる光景に、僕は思わず声を出してしまった。圧倒されるほどに一面に深紅のバラが風に揺れている。

 個々それぞれが美しく咲いているそれに、勝手に触ってはダメだと思いながらも、顔を近づけてそっと香りを嗅いでみる。どこか懐かしいような香りがして、手で触れてそっと丁寧に一枚の花弁を取ってみた。花弁は隅から隅まで真っ赤に染まっていて、この植物園のバラたちは学園の誰かが手間暇をかけて育てられているのがわかった。その花弁を思わず口の中に入れると、草々とした味の中に、確かにバラ特有の香りの味がした。

 しばらくそのバラ園を眺めていると、ふと視界に休憩できるようなベンチが設置されているのが目に入った。その瞬間、急に眠気が襲ってきて、自然に足取りはベンチの方へと向かっていた。そのまま身を任せるようにベンチに座ると、僕は電池が切れたかのようにその場で眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る