第9話
こんな時にこんなヒラヒラ男に遭遇するなんてツイてねぇ。
コンコンしつこく叩くから、俺はしぶしぶ窓を開けた。
「どうした?調子悪いのか?」
しぶしぶ開けたのに、思いがけず優しく聞かれて、驚いた。
「大丈夫」
「何してんの?」
「配達」
「迷子か?」
「ちげぇよ」
「じゃあ何だよ」
このまま帰るに帰れなくて。どうしたらいいのか分からなくて。
俺は湊さんに、話した。
「俺が買ってやるよ」
「え?」
「それ買ってやる。いくらなんでも花がかわいそうだしな」
「え?でも、湊さん」
「いいから」
ほら、って。
学生にはちょっと厳しい額の札を出して、本当にいいのかとぐずぐずしてる俺をよそに、勝手に車のドアを開けて勝手に花束を持ってじゃあなって湊さんは去って行った。
ただでさえ目立つヒラヒラキラキラの服に、デカイ花束。
どこに行くのか知らねぇけど、周りの人がみんな振り返ってる。
なのに、湊さんはすっげぇかっこつけて、歩いてて。
俺は、湊さんが見えなくなるまで、車からポカンと見つめてた。
「んだよ、カッコいいことすんじゃねぇ」
見えなくなって、我にかえって。
もうナルーシストなんて、呼べねぇじゃんって。思った。
完全に助かった訳じゃねぇけど、助かったって、思った。
花束はイタズラで、言ったら樹さんが残念って思うのにかわりねぇ。
それに。
俺だって。
俺、だって。悔しい。残念だよ。イタズラって何だよ。花を何だと思ってんだ。樹さんの、込めた想いを何だと。
それを見てるだけしかできねぇ俺、とかさ。
ぐるぐる回って最終的に辿り着くのは、やっぱり俺がまだガキで、何もできねぇただの学生で。
樹さんに相手にされなくて当たり前なんじゃねぇかって、こと。
落ち込む気持ちを奮い立たせて。
俺は湊さんに渡された札をしまってから、車を走らせた。
「おかえり、しょーちゃん。お疲れさま」
「………ただいま」
店に戻ると樹さんは、常連さんに小さな花束を作りながら、いつものように笑って出迎えてくれた。
俺は常連さんにこんにちはって挨拶をして、配達用の伝票をレジのところに戻して、お金をレジにしまった。
そして、店の奥に。
…………逃げた。
店の奥。
花の保管用冷蔵庫に。
店舗には小さめのフラワーキーパーがあって、そこにももちろん花は入れてある。
でも小さなフラワーキーパーだけに、仕入れた花をすべて入れることができなくて、先代の時には大活躍だったらしい保管用冷蔵庫も使ってる。
もう少し大きいフラワーキーパーにして、こっちの冷蔵庫使うのやめてもいいなぁって、樹さんはよく言っている。
樹さんしか居ねぇこの店に、そんなにたくさんの花は、置けねぇから。
「しょーちゃん」
「何?」
「花束の受領サインがないよ」
「………あ」
「珍しいね、しょーちゃんがこういうミスするの。何かあった………よね?」
樹さんが伝票を片手に、首を傾げて聞く。
怒ってるんじゃなくて、心配の顔。
何かあった?じゃなくて、何かあった、よねって。
もう、何かあったってことが樹さん中で確定事項。俺まだ、何も言ってねぇのに。
「ごめんなさい」
「花束は渡せたんだよね?」
寒い。
冷蔵庫の中で、どうしていいか分からなくて。
………俯く。
嘘は、きらい、だ。
きらいだけど。今日は。今は。これは。
「ちゃんと、渡した」
「喜んでた?」
「………うん」
嘘は、きらいだ。
胸が痛いから。
胸が、痛むから。
でも、本当のことを話すことだけが、ベストなのかって聞かれたら。
そうじゃねぇだろ。それぐらい、分かるよ。俺にだって。
「何があったの」
「………」
樹さんが近づいてきて、俺の顔を覗き込む。
ほんの少しだけ俺の方が背が低いはずなのに、樹さんはよくこうして俺より下の方から、俺を覗く。
「ねぇよ」
「しょーちゃん」
目をそらす俺に。
静かに俺を呼ぶ、樹さん。
「花束、渡せなかった?」
「渡したよ。お金、置いといただろ」
「じゃあどうしてサインがないの?」
「忘れてたんだよ」
「本当に?」
「本当に」
もう、聞かないでくれよ。
俯く俺を。
「………っ!?」
樹さんが。
何でか。
「じゃあ、そういうことにしといてあげる」
一瞬だけ、抱き締めて、くれて。
「言いたくなったら、教えて」
そして、優しく優しくそう言い残して、樹さんは店に戻ってった。
イタズラ。
心ない行為。
湊さんの大人さ。
樹さんの優しさ。
俺はやっぱり。
樹さんには、つりあわない。
俺じゃやっぱり。
悔しくて。
もう、俺は。
………泣きそう、だった。
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