第9話 同棲生活のパラドクス

 それから数日後。


 藤宮佳純とすれ違う機会があった。

 どちらも連れはおらず一人と一人の対面である。


「おはよう、一条くん」

「おはようございます、藤宮先輩」


 シャイな佳純は周囲をキョロキョロする。


「順調に頑張っているみたいだね。応援している」

「女性からフォローされると嬉しいです。いつも目のかたきにされますから」


 それだけの会話だった。


「では」

「またね」


 あ、トリートメントの香りが変わったな。

 見えない変化に気づいて一度振り向いた。


 ……。

 …………。


 愛理はレポートを作成していた。


 家のリビングである。

 わざわざ説明するまでもないが、親元を離れて撫子と同棲している。


 学校から徒歩七分くらい。

 二階建ての一軒家で、借主の名義は政府となっている。


 家にもコウノトリ・システムが置いてある。

 予算の関係で一台しかないから二人で交互に使っている。


 リビングのドアが開いた。

 コンビニの袋を提げた撫子が帰ってきた。


「戻りが遅いからヒヤヒヤしたぜ」

「あら? 心配してくれたの」


 撫子はホットパンツを穿いている。

 側面にファスナーが付いており無性に下ろしたくなる。


「じゃ〜ん。アイスを買ってきました〜」


 撫子が見せつけてきた。


「天才かよ、撫子ちゃん。ちょうどカフェオレ味のアイスが食べたかったんだわ。マジで天使だわ」

「愛理くんはお調子者ね」


 撫子はアイスを半分に割って、片方を愛理の口に入れてくれた。


「ふ〜ん、活動レポートか〜」

「三日分溜まっている。忘れないうちに書かないと」

「愛理くんって真面目ね。一枚一枚頭から作成するなんて」


 うなじの部分に巨乳が触れてきた。


「普通だと思うのだが……。いちおう政府の担当者がチェックするわけだし」


 活動レポートには、

『日付』

『性交相手』

『成果と成長』

『課題と反省』

『印象に残った点』

『自己採点』

 等々を記入することになっている。


 丁寧に書いたら三十分。

 手抜きでも十分は要するだろう。


「私はテンプレを何種類か用意して、細かい点だけ修正しているわ」

「コピペじゃん。それって許されるの?」

「レポートを書くヒマがあったら一回でも多くVRセックスします、と釈明している」

「なるほど。性交委員のかがみだね。この世の幸せが最大化されるわけだ」

「でしょ〜」


 撫子の主張はいつも正しい。


「話が変わるけれども、一日に五回くらい男子からやっかみを向けられる」

「どんな風に?」


 撫子が買ってきたのはパスタ、グラタン、サラダ。

 まずはパスタから電子レンジに突っ込む。


 コンビニ商品は家でチンするのが撫子ちゃん流なのだ。


「一条が死ぬほど羨ましい。日和さんと同棲しているから、だってさ」

「うふふ、それに対する返答は?」

「バカいえ。性交委員同士でイチャイチャするのは禁止されている。毎日が拷問なんだぞ、と返している。あいつら、俺と撫子ちゃんが毎夜パコパコしていると思い込んでいる」


 加熱中のパスタが、ポコン! と抗議するように鳴る。


「つまり愛理くんは今の暮らしに不満があると?」

「天国と思われている場所は、逆説的にいうと、往々にして地獄だったりするだろう」

「出ました。逆説的。さすが官能作家の息子。ボキャブラリーが変態的だわ」

「笑い事じゃない。真面目にディストピアなんだよ」


 パスタが温まったのでグラタンと交換する。


「じゃあ、検証しないとね。本当にディストピアなのか」

「またまた俺の作業を妨害してくる」

「期待しているくせに」


 撫子はホットパンツのファスナーを下ろした。

 脱いだ衣類をこれ見よがしに椅子に引っかける。


「モスグリーン……つまり木曜日か」

「私のショーツで曜日を確かめているの? 愛理くんったら本当に……」


 小悪魔のくせして天使みたいに笑う。

 ファンの男子生徒から、

『日本一の性少女』

『性天使アイドル』

 と崇められる所以ゆえんだろう。

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