第15話

(しかし、優れた人間の魂を死後天界に導く⋯⋯か。ナディアという名前には聞き覚えがないが、似たような話はマーリン様から聞いたことがある)


 ウィリアムは、アイリスの話を聞いてマーリンが言っていた話を思い出した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「マーリン様、今日も転生魔法の研究ですか?」


「そうだよ!私たち人間の肉体が滅びる事は止められないけど、魂は死んだ後に天界へ行けるよう神達が細工している。そこの小さな穴を突いて、擬似的な不老不死になろうってわけさ!」


 *****の質問に、マーリンはそう答えた。*****はあまり理解出来ていないが、とりあえず「なるほど」と分かったように頷く。


 魔法による肉体の再生や老化の遅延は可能だ。しかし、この世の生物の肉体は一定期間を過ぎると、必ず機能が停止するように神達が設計している。


 人間は長くておよそ70年、巨人なら40年、天使と悪魔は200年、竜族なら500年で種族による肉体の限界を迎える。その年数を超えれば、どのように対策を施しても肉体は自ずと崩壊を始めてしまう。この肉体の崩壊を止めるには、天界に存在する『黄金の果実』を食べ続けるしかないが、黄金の果実は神々が独占しているため他種族は決して食べられることは無い。


 そして神が創り出した全ての生物は、死後に神々が住まう天界に行く。もしくは冥界にて魂の罪を全て償ったあと、天界へ赴ける強き魂になるため魂を漂白してから、再度現世に転生する。つまり肉体の崩壊とは異なり、魂は長い時を存在できるよう自己崩壊機能が存在していないのだ。


 マーリンは、この話を知恵の神に聞いた時にピンと思いついた。冥界で罪を償わず魂も漂白されないまま、転生する魂と共に現世へ行くことが可能なら。肉体が死ぬまでに見た記憶を引き継いだまま、新たな肉体で生を受けることが出来る。


 マーリンは天才だったが、人間の寿命では圧倒的に時間が足りなかった。その絶え間ない探究心を満たすには、記憶を引き継いだまま転生し、肉体の崩壊というタイムリミットを超える必要がある。そのための転生魔法だった。


「マーリン様、私たちの魂が現世と冥界をぐるぐる廻って転生することは分かりました。

 では、天界へ行ってしまった魂は、もう二度と現世に戻ることはないのでしょうか?それに聞く限りではこの世界そのものが、神が魂を天界に集めるためにあるようです。何か、僕たちにやってほしい事があるのでは?」


「それはどうなんだろう⋯⋯。神が天界で私たちに何をして欲しいのかは分からないけど、神が人間のために行動するとは思えないよね。天界に魂を集めているのは、『魔法の神ジーオ』だと聞いたけど⋯⋯。

 でも、天界ではありとあらゆる欲望が満たされる楽園だ、と知恵の神ミールは言っていたよ。だから、戻ってこれても苦しいだけの現世には戻りたくないんじゃないかな?

 だからこそ、優れた人間の魂しか天界に行くことは許されないらしい。それだけの自由と幸福を受けられるのは、現世で沢山の善行を積んだ者しか駄目なんだって」


 マーリンのその言葉に、*****は手を強く握りしめる。そして、苦虫を噛み潰したような表情のままマーリンに口を開いた。


「相変わらず性悪なことを言いますね、神は。わざわざ僕たちの魂と世界を作っておきながら、そこで良い事をした人だけが神々の世界へ行ける?天界へ魂を呼ぶことが目的なら、人に悪意や嘘を授けなければ良かった。悪いことをしなくても、自由に生きられる世界にすれば良かった。こんな辛くて苦しい世界を作って、生物に嘘や悪意を植え付けておいて、よくそんな事が言えますね」


「どうどう⋯⋯。相変わらず*****は、神が嫌いだよねえ」


「腹立たしいんですよ。何もかも神様の言う通りなら、誰も苦しまない世界だって作れたはずなのに。楽園の王のように他人を思いやる心があれば、人間たちを戦争なんてしなくて良かったんです」


 *****は、幼き日から抱いていた神への悪感情をマーリンにぼやいた。マーリンもこのような事は初めてでは無いため、優しく*****を抱き寄せて頭を撫でる。頭を撫でられながら、*****は沢山の文句を口に出していく。


「僕の母も父も、死んでしまったのか⋯⋯育てられなくなったのかは分かりませんが、居なくなってしまったのは神のせいです。だいたい、肉体にタイムリミットなんか付けますか、普通⋯⋯。はぁ⋯⋯自分たちの創造主があんなのなんて、本当腹立たしいですよ」


「⋯⋯⋯⋯。そうだね、*****のお父さんもお母さんも、離れ離れになってしまって。そうなったのは、こんな不完全な命と世界を創り出した神のせいかもしれない。でも————*****には私がいる。お父さんでもお母さんでも無いけれど⋯⋯駄目かな?」


 マーリンの悲しそうな声を聞き、*****は顔を上げた。そこには、親から受けるべき愛を*****に与えきれていない事を悔やむ、マーリンの泣きそうな顔があった。*****は、先ほどの失言をすぐ理解し慌てて訂正する。


「っ!そんな事ありません!!マーリン様は僕の命の恩人で、師匠で⋯⋯何よりも大切な存在です!神は大嫌いですが、マーリン様と出会えた事だけは感謝しています!

 ⋯⋯すみません、僕とマーリン様が出会えたのは、僕のオドが多くてマーリン様の探知が素晴らしいからでしたね。やはり僕たちが出会ったのは必然で、神なんかのお陰じゃありません。決してありません。僕たちは僕たちだから出会えたんです!」


 一度は神に感謝すると口にしたが、冷静に考えれば考えるほど感謝する筋合いが無い事に気が付き、急に冷めた目で神を罵る。そんな*****の姿が可笑しく、マーリンは大声で笑った。


「ぷっ⋯⋯あっはっはっは!そうだねそうだね!*****のオド量、さいきょー!私のオド探知、さいきょー!なーにが神だ!うわっはっはっは!」


 マーリンは、*****が愛おしく思いっきり抱きしめた。恥ずかしそうに顔を赤らめる*****が、可愛くて仕方がなかった。


 なお、これらの話をマーリンから聞いた知恵の神ミールは、*****の事をいたく気に入ったらしい。鬱陶しい神に絡まれてしまったと、*****は初めてマーリンに対して憎しみの念を送ったのであった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




(そうだ、武神ナディアではなく魔法の神ジーオだ。しかし、なぜナディアという正体不明の神が出てくるのだ?それに、神が魂を天界へ導くという話は一部の人間しか知らないじょうほうだったはずだ)


 ウィリアムは前世の記憶を思い出し、現在信じられている宗教や神話の話と食い違う部分を見つけた。もちろん、1万年という長い歴史が事実を正確に伝えきれず、どこかで話が混在するなどしてズレが生じているだけの可能性も高い。

 だが、ウィリアムは直感的にそうではないと思った。理由は説明できないが、過去の実体験としての記憶が、何か別の確固たる理由があると叫んでいる。


(この1万年で何が起きたのか、それもいずれは知りたい。マーリン様や、死んでいった仲間たちの為にも。⋯⋯まぁ、まずはこの目減りするオドを少しでも減らさないように気をつけて、アイリス殿下を無事にノブレス帝国まで送り届けなければ)


 ウィリアムは一旦思考の海から浮上し、アイリスと他愛の無い会話を再開した。深く考えていては、オドの調整に無駄が出て消費量が通常より多くなってしまうからだ。


 オドの消費量に気をつけながら、ウィリアムとアイリスは更に空の旅を続けた。

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