先輩のことが全部好き

神伊 咲児

先輩のことが全部好き

 私は水戸 結絵ゆいえ


 中学2年生のバスケ部です。


 バスケをやったら背が伸びる。


 なんて話をチラホラと聞くのだけれど、私は、今でも小学生と間違われるほど小柄だったりする。


 性格はマイペース。

 だと自分では思っているのだけれど。


 友達の愛ちゃんからは、おっとりしてる、とよく言われた。


 おっとり、と言われてもピンとこない。


 スマホで調べてみたのだけれど。


 【性格が穏やかで、ほのぼのしている】

    

 ということらしい。


 これには誠に遺憾でして、NOと書かれたカンペを高々と掲げたい。


 なにせ、バスケットの試合観戦などは、はしたない程に興奮するのだから。


 鼻息をムフーと荒くして、


 いけーー! やれーー! シュート決めろーー!


 と、それはもう荒々しいセリフを次から次に、


 ひっそりと心の中で思うのです。


 あ、流石に声には出しませんよ。


 周りの人に聞かれたら恥ずかしいじゃないですか。



 話しは少し逸れまずが……。

 スポーツって良いと思うんですよね。


 敵同士でも、ルールがあって、清々しい。


 あ、価値観を押し付けるつもりは毛頭ありませんよ。個人的にそう思っているだけですからね。


 昨今は、テレビをつけると残酷な戦争のニュースなんかが流れていて、ヒェーーって感じです。


 同じ人間なのになんだかなぁ〜〜、って悲しくなってしまいます。


 愛ちゃんは「戦争を指示する人ってムカつくよねぇ」とかって怒ってました。


「そうやって怒ると、また、争いが起こるんじゃないかな?」


 などと、私が不思議そうに首を傾げると、


「おっとりしてるーー」


 って言わるのです。


 とまぁ、そんなわけで、決して認めているわけではないのだけれど。


 私は、おっとりした性格みたいです。


 内面は野獣ですけどね、がおーー。

 



 さて、そんな私の学生ライフなのですが。


 今月からは2年生でして。


 制服のサイズは、残念ながら全く去年と変わず。

 やや大き目のままなのですが、まぁ、進級したということです。


 愛ちゃんは美術部。

 私は荒々しくもバスケット選手なのです。うぉーー! 補欠ですけどね。


 うちの部には明確な上下関係がありまして、掃除は1年生が担当をします。


 2年生の林さんは、去年まで先輩に抑圧されていましたから、解放感のあまり、そのストレスを後輩にぶちまけます。


「ほら、1年! このボール磨いときな!」


 と、泥の付いたバスケットボールを渡すのですよ。


 バスケは体育館内でやりますからね。

 泥なんか付きません。


 それを、わざわざ外の溝にある泥を付けて1年生に渡すんです。


 いや、ちょっと、それはないでしょ。


「ほら、結絵もやりなよ」


 などと勧められるのですが、


「あ、いや。私はちょっと……ははは」


 などと笑って誤魔化してみましたが、スルーされることはなく。


 次の日から、


! あんたも1年と一緒にボールを綺麗に磨いときな!」


 ああ……。


 なんだかおかしなことになりました。


 私は、後輩たちに混ざってボール磨きをすることになったのです。


 ボールを収納するのは体育館倉庫。

 男女が一緒になって庫内でボールを磨きます。勿論、先輩は私1人だけ。


「先輩も磨くのおかしくないですか?」


 と、声をかけてくれたのは1年生の神影みかげ 歩夢あゆむくん。


 目が大きくて、可愛らしい顔をしています。


 でも、中一なのに背が高くて、ちょっと怖い。


「なんだか、おかしな感じになっちゃいました」


 などと、マイペースな返答をする。


「ふーーん。なんか、おっとりしてますね」


 うわッ! この子にも言われた!


 私は野獣なのに! 噛み付いちゃうぞ! がおーー。


「俺、今日、先生にスマホ没収されたんですよね。だから、機嫌が悪いんですよ」


 知りませんよ、そんなこと。


 我が校は、原則スマホ持ち込み禁止でございます。


 この子は不良なのだろうか?


 もう、なんて言葉をかけていいのかわかりません。


「あれ? 無視ですか?」


「あ、いや……。そんなんじゃないけど……。神影くんは不良ですか?」


「は? 俺が不良? スマホ持ち込んだくらいで? ははは。今時、みんな隠して持って来てますって。ウケる」


 怖ぁ……。


 野生の野獣現る。


 私は温室に育つ野獣だからな。


 あんまり近寄らないでおこう。


「なんか水戸先輩に話したらスッキリしました」


 謎の自己完結!


 スッキリされても困ります。


 スマホを持ち込んだことを深く反省してください。


 とにかく近寄らないでおこう。


 野獣は警戒心が強いのです。がおーー。


 と、しかし、


 私の思惑は虚しく、彼は毎日話しかけてきた。


 仕方がないので、それなりに受け答えはしていたのだけれど。


「ははは。ウケますね。それ」


 と毎回、屈託なく笑うので、私もなんだか憎めなくなってきた。


 私たちは野獣同士、気が合うのかもしれない……。


 いつしか普通に会話をするようになって、それをきっかけに、他の1年とも仲良くなり始めた。


 気がつけば、1年生とやるボール磨きが楽しくなってきました。


 それを気に入らなかったのが林さん。


 私は背中越しに彼女の声をハッキリと聞いてしまったのです。


「なんでドジエが楽しくやってんのよぉおお〜〜。ムキィイイ」


 そう言われましても、この状況になったのは、全てあなたの指示なわけですよ。


 私に責任はありませんからね。


 しかし、そんな私のお気楽思考を上回ってくるのが彼女なのです。


「え? 何この臭い!?」


 バスケットボールが臭い!?


「フフン……。ちょっとドリブルの練習を外でしたのよ。そこに猫がいたからさ。フフフ……。猫の汚物が付いちゃってるかもねぇ! アハハ! あんたらが綺麗にしなさいよね!! ボール磨きはあんたらの仕事なんだから!!」


 こ、これはやりすぎでしょう。


 流石の私も怒りが込み上げてきました。


 ああ、でも、人に怒ったことなんかありません。

 なんて言ったらいいのか、皆目検討がつかない。


 温室育ちの野獣は臆病なのです。


 まるで、寒冷地帯に踏み込んだライオンのように、プルプルと震えるだけ。


 悔しい! どうしよう!?


「先輩。それはやり過ぎだって」


 そこにいたのは神影くんでした。


 おお、来てくれたのか! 野獣フレンド!


「フン! 男子は関係ないでしょ! この臭いボールはドジエに拭いてもらうんだからね!」


「そうはいきませんね。水戸先輩はボール磨きの仲間ですからね」


「フン! だったらどうだってのよ。じゃあ、このボールをあんたが拭くの?」


「いいえ。俺も拭きません」


「あはは! だよねぇ!! あんただって嫌だよねぇ!! ドジエ! あんたが拭きな!!」


 やっぱり、私が綺麗にしなくちゃいけないのか……。


 と諦めかけた時。

 

 神影くんの言葉に、私たちは目を見張る。



「今日、没収されたスマホが帰って来たんです。嬉しかったんで、早速、水戸先輩に報告しようとこの近くを通りかかったんですけどね。なにやら林先輩が、外にボールを持ち出して妙なことをしているじゃないですか。それで、これは、みんなにも見てもらおうと思いましてね。スマホの録画機能を使ってしまったのです」



 林さんは、蛇に睨まれた蛙のように汗を流した。


「ま、まさか……。ど、動画を撮ったの?」


「ええ。バッチリ。水戸先輩に命令するところまで鮮明に撮れちゃってますね」


「け、消しなさいよ!」


「そうですね」


「ほ、本当に消すのね?」


「ええ」


「ほっ……。ビ、ビックリするじゃない」


 林さんは、次の神影くんの言葉で更に汗を飛散させた。


 私だって驚かずにはいられません。





「先生に提出したら、消しますよ」




 林さんは絶叫した。


「やめろ!! そんなことすんなぁああああああ!!」


「やめませんね。あなたが水戸先輩にボール磨きをやめさせなかったようにね」

 

「ふざけんな! 1年の癖にぃいいい!!」


「学年は関係ないでしょ。やっていいことと悪いことがある」


 た、確かに。

 林さんはやり過ぎだ……。


「うわぁああ!! やめろぉおおお!! 動画を消せぇえええ!!」


 号泣する林さんを置いて神影くんは歩き始めた。




「お願い……。やめてぇええ、謝るからぁああ!! お願いよぉおおおお!! うわぁああああああん!!」




 神影くんは職員室に向かった。


 数分後。


 クラブ顧問の先生が飛んで来て、林さんはこっぴどく怒られた。


「林!! この汚れたボールはお前が自分で綺麗にしろぉおおおお!!」


 林さんは泣きながらそのボールを清掃するのだった。


 数日後。


 この動画は校内でも有名になり、大きな問題となった。


 1ヶ月後、林さんは遠くの学校に転校した。


 きっと、学校にいずらくなったのだろう。


 自分の撒いた種だからな。


 野獣の私も同情の余地はない。



 と、まぁ、


 トラブルは解決したのだけれど……。


 まだ問題はあったみたい。


 それは、私がボールを収納しに体育倉庫に行った時。


 一人だけで、一生懸命にボールを磨く彼がいた。


「あ、神影くん」


「………………」


 おや、無言とな……。


 いつもは笑顔の彼だけど、今日はどうしたんだろう?


 なんだか、機嫌が悪そうだぞ。


 野生の野獣は怒ったら怖そうだ。


 あんまり、触発しないように外に出よっと。


「あ、じゃあね」


「水戸先輩が体育倉庫に来なくなっちゃったじゃないですか」


 え。

 

 あ、もしかして、話し相手がいないからいじけてたのかな?


 でもなぁ、


「仕方ないよ。ボール磨きは1年の練習の一つだからね。私は既にやっちゃったから2年の練習に戻るだけだよ」


「あ、会えないですよ。俺たち」


「……う、うん。そだね」


 そう。問題はまだあった。


 私たちが会えなくなるんだ。


 でも、これが本来の形。


 男子と女子の練習は隔離されてるし、ましてや2年と1年だからね。


 私たちは接点がなかった。


 それを林さんのいじめがきっかけで出会ったからな。


 でもね。


 へへへ。


 スマホのアドレスは交換してるんだよね。


「私、家に帰ったらスマホが触れるしさ。連絡するよ」


「足らないですね」


「え?」


「そんなんじゃ足らない! 毎日、楽しく話してた!」


 いや、そう言われても……。


「た、確かに楽しかったけどぉ」


 私たちは野獣フレンドだしね。


「あの……。水戸先輩」


「はい?」


 どうしたんだろう。改まって?





「俺と付き合ってください」




 え?


「か、買い物を?」


「いえ、そっちじゃなくて……。こ、交際して欲しいんです」


「えええええええええええええええ!?」


「ダ、ダメですか?」


「いや、ダメとかそういう問題じゃなくてぇ。わ、私たち中学生だよ?」


「普通でしょ」


「そうなの!?」


 うう……。

 

「で、でも……。どうして私なの? 君、モテそうだけど?」


「モテても意味ないですよ」


 モテるのは否定せんのんかい!

 うう、野生めぇ。


「俺……」


 と言い出して、黙った。


 な、なんだろう?


 ドキドキしてきたぞ。


 神影くん……。柄にもなく真っ赤じゃないか。


 ど、どうした野生?







「水戸先輩が、全部、好きだから」







 え……?



「見た目も、声も……。せ、性格も……」



 えええええ………。



「全部、好きなんです」


 

 は……。



 恥ず……。





 恥ずかしい……。





ドキドキドキドキドキーーーーーー!!




 なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいーーーー!!


 恥ずい恥ずい恥ずい恥ずーーーーい!


 思えば、今まで一度だって告白なんてされてことなかったーーーー!!


 それを、全部好きと言われましてもぉおお!


 野獣パニックです。


 どうしよう?


「い、嫌ですか? 俺と付き合うの」


 嫌とかじゃないくて、あの……。その……。


 こ、言葉が出ないんです。温室だから、


「ご、ごめんね。その……。こういうのわからなくて」


「じゃあ、俺のことどう思いますか?」


「どうって……」


 嫌いじゃないよぉお。


 初めは怖かったけどぉ……。


 でも、好きとかわからないい……。うう……。


 私が混乱していると、彼はそれを理解したように、両手を上げてこう語る。


「いいですか? 右手が好き。左手が嫌い。っで、先輩の気持ちはどっちでしょうか?」


 えーーと。


 これは指を差せってことか。


 うう。ありがたいぃいい。


 好き……。


 だけど……。


 恋人とかよくわからないから、ちょっとズラしてぇ。


「こ、この辺……」


 私は、彼の右手と顔の中間部分を指さした。


 ダメ、かな?


 怒られる?


 彼はホッとしたように笑う。


「良かったぁああああ!!」


 え?

 なんで?


 完全に右手を差してないんだけど??


「嫌われてる可能性もあったから」


 え?

 ないない。


「それはないよ」


「この答えで十分ですよ。そんな直ぐに恋人同士なんて、俺もよくわからないんで」


「え? どういうこと?」


「たくさん会って楽しい話しを一杯したいなぁって、それだけだから」


 それって……。


「友達とどう違うの?」


「そ、そんなこと、俺もよくわかないけど……。その、す、好きって気持ちは友達とは違うんで……」


「は、はい……。なるほど」


 あ、あれ?


 この流れって……。


「じゃあ、俺と付き合ってくれることでいいですよね?」


 うわぁ。やっぱりそうなるんだぁ。


 うう……。


 友達の延長だからな……。


「は、はい……。では、よ、よろしくお願いします」


「うわぁ! やったーー!!」


 あああああ……。


 付き合ってしまった……。


 私が、男の子と付き合ってしまったぁあ。


 ああ、でもこんなこと絶対に友達には話せない……。


 私なんかが男の子と付き合ってたら、クラスで虐められちゃうよぉ。


「あ、あの……。交際早々、お願いがぁ……」


「ああ、内緒にするって話でしょ?」


「うわ! 君はエスパーですか?」


「俺もそれが良いと思いますね。中1で年上の彼女作るとか、クラスで揶揄われるんで」


 うわぁ……。

 みんなに隠れて付き合うのかぁ……。


ドキドキドキ……。


「えーーと。それじゃあ、2人だけの時は下の名前で呼び合いましょうよ」


「ええ!?」


「俺は歩夢でお願いします」


 あ、じゃあ……。


「わ、私は結絵で……」


「呼び捨ては流石にキツイんで結絵ちゃんって呼びますね」


「じゃ、じゃあ私は歩夢くんで……」


 お、男の子と名前で呼び合ってるよ私……。


 しかも、みんなで内緒で付き合うなんて罪悪感が湧いてきます。


 ああ、でもなんだろう。


 ワクワクして嬉しい気持ちも一杯です。


 ああ、やっぱり私はおっとりなんてしていない。


 スリルを楽しむ野獣の女だ!


「がおーー」


「え? なんですか、それ?」


 ふふふ。

 ワイルドな野獣。


「可愛いですね。子猫かな?」


 ガーーーーーーンッ!



 お し ま い。

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