【短編1057文字】Meegeren(メーヘレン)『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』

ツネワタ

第1話

 どうしてもこの感情を止められない。だから長年片思いしていた相手に告白した。


 青年に対して女性が放った言葉は「ごめんなさい。好みじゃありません」の一言だけ。



 青年は深く落ち込んだが、不思議と後悔はなかった。想いを伝えられて良かったなと思う。


 きっかけは彼が拾った一冊の本だった。古い装丁。黄ばんだ紙。作者も出版社も分からない。



 元々他人に興味を一切示さなかった青年だが。その本のせいで性格も一変したのだ。



 ドン・キホーテは読書によって紳士になったという。青年もそうだった。

 ドン・キホーテは内容を信じて狂人になったという。青年もそうだった。



 他人や繋がりに対して臆病だった彼の人生を大きく変えてくれた一冊。

 本の内容は一風変わったラブストーリーだ。全部で五つの短編により構成されている。



 個々の話は基本的に独立してはいるが、所々で登場人物や舞台・時代が繋がっている。


「恋人とは鼻糞よ。ようやく手に入っても後で処分に困るでしょ?」と嘲笑う女優の話。

「一日中キミの夢を見てる。夜だけじゃなくてね」と言って恋人の前で自殺する映画監督の話。

「私が戦わなかった日など一日たりともありません」と語る女性政治家の話。

「キミと過ごす一瞬のために、僕の一生を賭けても構わない」と言い放つハエ男の話。



 なかでも青年が一番好きな短編は画家になる夢を諦めた贋作師の話だ。



 ある日、彼の持つ本にとてつもない価値が付く事が分かった。世界に一冊しかないらしい。


 ありとあらゆる収集家たちが世界中から青年の元に駆け付け、大金を提示してきた。


 彼は金額よりも、この本を大切にしてくれるたった一人に無償で渡そうと心に決めていた。



 数ある応募者の中から選ばれたのは愛想の良い舞台俳優だった。



 彼ならきっとこの本を大切にしてくれる。そう思っていた矢先――。

 彼の持つ本が精巧に作られた贋作である事が判明した。途端に収集家たちは離れていった。



「本物じゃなけりゃ意味がないッ!」と選ばれた舞台俳優は唾を吐いて本を踏み付けにした。



 土と靴底の跡で汚れた本を青年は取り上げて、胸に抱く。良いじゃないか、偽物でも。


 僕にとっては人生を変えてくれた一冊なんだから、と彼は服の裾で本に付いた汚れを取る。




 すると―― どこからともなく聴こえてくる。




『そうだ。キミの言う通りコレは僕が作った贋作だ。でもこの感動は本物だ。きっと。きっと』

 



 それは彼らの声。それは彼らの台詞。それは彼らの息遣い。

 いつまでも忘れない。

 青年と女優。青年と映画監督。青年と女性政治家。青年とハエ男。青年と贋作師。



 昨日も、今日も、そして明日も。

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【短編1057文字】Meegeren(メーヘレン)『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816

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