【短編885文字】劇作家『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』
ツネワタ
第1話
あるところに劇作家として大きな成功を収めた男がいた。ゆえに彼は傲慢だった。
男は事あるごとに自身の尊敬する詩人の言葉を引用することがあった。
「《モーターレースに勝ちたいなら車庫に最高の車を置いていくな》って言葉がある」
「つまりお前はバカだという事だ」と男は主演俳優に暴言を吐いた。
「《良い花を育てたいなら種を選りすぐれ。肥料や鉢にこだわる前に》って言葉がある」
「つまりあんたの考えは間違ってるという事だ」と男は演出家に文句をいった。
「《イタリアでピザを食べているのに、服の裾に飯粒が付くはずがない》って言葉がある」
「つまりあんたの考えはあり得ないという事だ」と男は照明係を突っぱねた。
しかし、時が経つに連れて男の作品は人気を落としていった。
書きたい物が分からなくなり、話も脈絡のないものへとなっていったのだ。
男自身が詩人の言葉を好むあまり、自分の言葉を見失っていたからである。
周りの人間は徐々に男から離れていった。「書けないお前に価値はない」と。
途方に暮れた男は、ある日彼の敬愛する詩人と出会った。
詩人もまた過去に自分の言葉を見失った事があったのだという。
「どうすれば自分の言葉を取り戻せますか?」
劇作家が詩人に尋ねると、彼は男に大きな封筒を手渡した。
「ここにあなたの言葉が詰まってますよ」
「……どういう事ですか?」と男が再び尋ねようとした時には詩人の姿は消えていた。
煙のように消えた詩人の行方は知れなかった。
しかし、これで男はまた名声を取り戻せると思い、その場で封筒を開けた。
中に入っていたモノは―― 男が駆け出しの時に書いた舞台脚本だった。
テーマは稚拙。登場人物の描き分けも出来ておらず、起承転結もままならない。
はっきり言って酷い出来だ。しかし、どうしようもない程の熱量だけが感じられた。
物語の最後はヒロインの台詞でこう締め括られている。
《大仰な言い回しだけが大きな感動を呼ぶわけではないのよ、きっとね》
男は心底この時の自分が羨ましいと思えた。
驚くほど真っすぐだったかつての自分が。
もしも、自分に可能性がまだあるのなら……
男は今日も筆を取る。
自分の書くべき物語を求めて。
【短編885文字】劇作家『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816
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