第178話 エルフの里 2
いきなり窯を使いこなせる自信はなかったので、卓上コンロを使うことにした。
作業台を借りて、コンロを置く。米は土鍋で炊いておいたものを使えばいいので、肉を焼くだけだ。
「牛肉が食いたい。ジャイアントロングホーンの肉を焼くか」
ダンジョンでドロップした牛の魔獣肉を【アイテムボックス】から取り出す。
綺麗な赤身肉だ。これを薄く焼肉用サイズに切り出して、フライパンで焼いていく。
火が通ったところで、焼肉のタレを回し掛けて味を付けた。
丼によそった白飯に焼肉を無造作にのせて完成だ。手抜きな男飯です。
具沢山の
炊事場の中にあるテーブルを借りて、皆でもりもりと食べていく。
「ん、ブラックブルには劣るが、充分美味いな。焼肉やステーキ向きの赤身肉だ」
「焼肉のタレが旨い。甘辛くて肉によく絡む」
手抜き飯だけど、レイは気に入ってくれたようだ。シェラとコテツも夢中で丼に顔を突っ込んでいる。
丼飯なので、人目なんて気にせずに豪快にわしわしと食べていると、エルフのご婦人方が興味深そうに寄ってきた。
「それは何という料理なのですか?」
「不思議な香りがします。香辛料なのです?」
焼肉のタレに好奇心がくすぐられたようだ。
いつもは隠れて使うタレだが、つい気が緩んで周囲の視線も気にせずに使ってしまっていた。
しっかり見られてしまっているので、ここは開き直るしかない。
「これは焼肉丼といいます。その名の通り、肉を焼いて米に載せただけの料理ですよ」
「焼肉、どん……?」
丼は通じなかったようだ。そういえば、この世界に米はないのだろうか。
白飯を不思議そうに見つめている。
「ええと、この白い粒々の穀物って、食べたことがあります?」
「ないわ」
「見たこともないわね」
「……やっぱ、ないのかー…」
いや、俺は【
(いや、待てよ? ホームセンターで苗を買って根付かせれば、異世界産の米も食えるようになるのでは?)
これまで、せっせと地球産のフルーツのタネや苗を植えていたが、穀物を植えても良いのだ。
魔素を含んで育った野菜や果実はとんでもなく美味い。なら、この世界で栽培した米も絶品になるのでは?
(これは試してみる価値があるな)
里長のサフェトさんに、宴の際に相談してみよう。
それはそれとして、緑や青の瞳をきらきらと輝かせながら、焼肉丼や
豚汁は寸胴鍋いっぱいに作り置いていたので大量にあるし、肉の在庫もたんまりある。
「良かったら、食べてみます?」
人好きのする笑顔で誘いかけると、わっと歓声が上がった。
◆◇◆
甘辛いタレを絡めて焼いた焼肉と白飯はエルフの口にも合ったようで、美味しいと絶賛された。
何となく、ベジタリアンなエルフを想像していたけれど、食に関しての禁忌は特にないようだ。
(まぁ、当たり前か。森に住んでいるなら、駆除も兼ねて獣は狩るし、その肉も食うよな)
自然と共に生きるなら、ごく普通のことだ。
殺した獣の肉を食わずに捨てる方がひどいと、すっかり狩猟に慣れた俺はそう思ってしまう。
種族的に食えないものがあるのは仕方ないが、何でも美味しく食えるのが、過酷な異世界では強いんだろうな、と思う。
「このスープ、とっても美味しいわ」
「具がたくさん入っていて、優しい味わいね」
「それより、この肉料理よ! この、オコメ? と一緒に食べると最高ね」
美味しいご飯は、人の口を軽くする。
すっかり気を許した様子のご婦人方に、里での暮らしについて聞いてみた。
「里での暮らしって、不便じゃないんですか?」
「特に不便だとは思わないわね。魔獣肉は獲れるし、森の恵みは豊かだもの。外の生活の方が私には合わなかったわ」
「そうね。エルフというだけで注目されてしまうし」
「女子供が住みにくいのよね、外は。その点、里だと安全だもの」
「ああ……やっぱり目立ちますよね、エルフは」
里長のサフェトの美貌も目を見張るものがあったが、エルフの女性の美しさは格別だったので、それも納得だ。
全体的に色素が薄く、髪は金髪が銀髪で瞳の色は緑や青が多い。男も女も髪を長く伸ばして編み込んでおり、佇まいも優雅だ。
何も知らずにこの場に迷い込んだら、彼らを神だと崇め出す者もいそうだと思う。
それほどまでに神秘的で美しい人種だった。
「私たちなら、まだ自衛できるけれど、子供たちはそうはいかないから」
「ひととおり魔法を使いこなせるようにならないと、里から出るのは止められているの」
里の子供たちは突然の来訪者である俺たちを警戒しているようで、しばらくは遠巻きにされていたが──
豚汁と焼肉丼を提供したことで、すっかり心を許してくれていた。
今では、
繊細に整った容貌の子供たちはとても愛らしい。柔らかな金の巻き毛が白皙の頬を彩り、まるで天使のよう。
(これだけ可愛かったら、誘拐されそうになるよなぁ……)
この世界にも奴隷制度はあると聞いたし、少数民族のエルフは特に狙われそうだ。
「うん、大森林の隠れ里に引きこもるのは正解だな」
「でしょう? それに、行商人も半年に一度は通ってきてくれるから、そんなに困らないのよ」
「……半年に一度は少なくないです?」
「あら、充分よ。食べ物には困らないし、結界の魔道具のおかげで里は守られている。外よりもよほど安全だわ」
家具やちょっとした道具類は豊富な木材を利用して自作できる。
薬草もそこらで自生しているため、薬も作り放題。里には錬金スキル持ちがいるので、ポーションも自作しているようだ。
「雑貨類もだけど、道具や武器もないと不便なんじゃ?」
「それこそ行商人から買ったり、流れのドワーフに作ってもらうから平気よ。そんなに困ることもないわ」
「服とか……いや、めちゃくちゃ綺麗な服を着ていますね⁉︎」
「ありがとう。近くにアラクネが棲息しているから、シルクが手に入るのよ」
アラクネは、大蜘蛛の魔蟲だ。
上質なアラクネシルクが採れるため、冒険者ギルドでもよく採取依頼が出されている。
ダンジョンに棲息するアラクネなら、シルクをドロップするが、ダンジョン外のアラクネからシルクを得るのは大変そうだ。
エルフは特別な方法でアラクネを殺すことなく、シルクを手に入れているらしい。
その上質な絹糸を紡ぎ、布を織り、普段着を作っているのだと言う。
「どうりで良い服だと……。それに、色も鮮やかですね」
「大森林内には染料がたくさんあるもの」
「なるほど」
それにしても、色鮮やかだ。
青に赤、黄色に緑、紫に茶、黒と様々な色に染め上げられた衣はとても美しい。
女性はワンピース、男性はチュニックにパンツ姿だが、裾や袖に刺繍が施されており、皆こだわりの衣装に見える。
貸してもらった家にあった木工細工も素晴らしかったので、エルフは元々手先が器用なのだろう。
「行商人とは金銭で取引きを?」
「まさか。ここの暮らしにお金は必要ないもの。アラクネシルクの布や、薬、ポーションなどと物々交換ね」
これだけ魔素の濃い土地で作られた薬やポーションは、さぞかし高値で売れることだろう。
危険な大森林にまで行商に訪れるからには、それだけの利益が見込まれるのか。
「それに、ここにはダンジョンがあるから。便利な魔道具などは、そこで手に入れることもできるのよ」
「ダンジョン! ……なるほど。それなら困らないか……?」
エルフの里のそばにも、ダンジョンがあったとは。
ちらりと隣に座るレイを見やると、意味ありげに微笑まれた。わざと黙っていたな、こいつ。
「エルフの里をたまに訪ねていたのって」
「ああ。ダンジョンが氾濫しないか、定期的に確認に訪れていた。ここはいいぞ。エルフが頻繁に中の魔素を薄くしてくれているから、氾濫の心配がない」
魔素を薄く、とは魔獣や魔物を狩ってくれているということなのだろう。
大森林だけでなく、ダンジョン内でも肉や毛皮などの素材のほか、レアドロップアイテムも手に入るので、物資にはそれほど困っていないのか。
「納得した。……でも、それなら俺の出番はないか」
ハーフエルフの行商人のフリをして、たまに稼いでいたので、ちょっとだけ下心があったのだが、残念。
だが、レイは俺を見て、ニヤリと笑った。
「いや、むしろ大歓迎されると思うぞ?」
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