第177話 エルフの里 1


 チビドラゴン姿のレイが案内してくれたのは、エルフの里だった。

 気配を察して、出迎えてくれた男性は里長のサフェトだと名乗ってくれた。


「トーマです。こっちはコテツで、彼女はシェラ。ええと……旅の途中だったんだけど、同行者の彼に連れてこられて、ここにいます」


 何と説明していいものやら困惑して、レイを軽く睨み付けながらの、微妙な挨拶となってしまう。

 突然現れた自分たちを、エルフの里長は特に警戒した様子も見せずに歓迎してくれた。


「どうぞ、寛いでください。何もない場所ではありますが、この里の中には強力な結界が張られているので安全なのですよ」

「結界?」


 はて、そんな物があったのだろうか。

 魔道具を使った結界は、起動した本人以外が通り抜ける際には微妙な違和感を感じるものだ。

 魔力の膜のようなものが魔道具を中心に広がっており、結界との境界線をくぐり抜ける際には水の中を掻き分けて進むような抵抗感があったはずだが──

 考え込んでいると、レイがこっそり教えてくれた。


「トーマはハイエルフだからな。エルフが同行していれば、通行が可能となる特殊な結界だ。血が濃いから、何の抵抗もなかったのだろう」

「……俺、ここの出身でもないのに、いいのか? そんなザルな結界で」

「魔獣や魔物はもちろん、エルフ以外の人族は近寄れない結界だ。それで充分なのだろう。まず、この場所まで辿り着ける人族は滅多にいない」

「それはそうか」


 ここは大森林。

 魔素が濃く、魔獣や魔物が生まれる場所と人々には認識されている。

 浅い場所ではなく、大森林の奥深くである、こんな場所に好んで住む物好きは魔法が得意なエルフくらいなのだろう。


「ここは良い住処なのですよ。森の恵みは豊かですし、静かに暮らすことが私たちの望みなのです」


 小声で会話していたが、どうやら聞こえていたようだ。端正な口元に穏やかな笑みを浮かべて、サフェトがそう説明してくれた。


「里を案内しましょう」

「ありがとう。よろしくお願いします」


 絹糸のように美しい黄金色の髪は丁寧に編み込まれている。いかにもエルフといった容貌のサフェトだが、年齢は不詳。

 見た目は二十代後半ほどに見えるが、相手は不老長寿のエルフなのだ。落ち着いた物腰から、外見年齢そのままだとはとても思えない。

 

 大森林の中にある、この集落には五十人ほどのエルフが暮らしているようだ。

 里長であるサフェトが同行してくれているからか、家の中にこもっていた住人たちもドアを開けて外に出てきてくれた。

 ぱっと見て、子供が多いことを意外に思う。

 なんとなくエルフは淡白な性質のイメージが強く、少子化に悩んでいそうだと考えていたので。

 我ながら失礼な考えだったとこっそり反省する。

 

「エルフの子供は狙われやすいから、こういった集落ぐるみで大事に育てているのだ」


 こちらの思考を呼んだのか、レイが教えてくれた。

 なるほど、家族連れが多いのはそういうことかと納得する。

 子が成人し、独り立ちができるようになれば、親もまた集落を離れる者も多いようだ。

 ここでの生活を気に入り、ずっと住み着く者もまたそれなりにいるらしいが。


「子供を守るために、この結界に囲まれた集落で暮らしているんですね。……って、そんな隠れ里に余所者よそものの自分たちがお邪魔して大丈夫なんですか?」

「ふふ。神獣さまが案内し、幻獣と精霊に愛されし者ケットシーに好かれている貴方なら、里に害を為すこともないでしょう」

「それは神獣たる、この私が保証しよう」


 なぜか、ドヤ顔で胸を張るレイ。慎ましやかに微笑むサフェトは人が良すぎると思う。


「はいはい。お偉い黄金竜サマだもんな」


 それはそれとして、今更ながらに気付いたのだが、コテツはともかく、シェラは獣化したカラスの姿のままだ。

 人の姿に戻ってもらってから挨拶した方が良かったのでは?

 当の本人シェラは物珍しそうにエルフの里をきょろきょろと見渡して、楽しそうにしているが。


「行商の者の宿泊用の家がありますので、そちらで旅の疲れを癒してください」

「ふむ。では、遠慮なく使わせてもらおう」

「お気遣いありがとうございます」


 サフェトはレイに向かい、丁寧に一礼する。

 夜には歓迎の宴がありますので、と笑顔で爆弾を落として、颯爽と戻って行った。


「歓迎の宴……」

「ふむ。ここを訪れる度に、エルフたちがもてなしてくれるのだ」

「接待」

「そうとも言う」


 酒好きのドラゴンは、ちゃっかりエルフたちのご相伴に預かっていたようだ。


(そう言えば、朝食時にスモークチーズが気に入って、夜に飲みたいと口にしていたな? 宴だと張り切っていたから、少人数はつまらないと言ったような──)


 もしかしなくても、俺の軽口を真面目に受け取って、このエルフの集落に連れてきたのか? 

 燻製で、酒を飲みたいがために?


(あり得る……)


 ともあれ、安全な結界のある宿を提供してもらえるのはありがたい。

 快適な我が家をこよなく愛してはいるが、エルフが住む家も気になる。

 立派な古木の下に建てられた家はこぢんまりとしているが、悪くない風情だ。木造のコテージで、そこかしこに丁寧な加工細工が施されている。

 鍵はなく、ドアを開けるとすぐにリビングだった。植物で編まれたマットが置かれており、そこで靴の汚れを落とす。

 家具やファブリック類はカントリー調で、木目を生かした無垢材のテーブルやタンスは優しい風合いで、落ち着く。

 二階建ての家は一階にリビングダイニング、簡易キッチンにトイレ。ベッドルームは二階に二部屋あった。

 シェラに一部屋を譲って、男二人と一匹で広い方の部屋を使わせてもらうことにする。

 ベッドカバーには草花模様の刺繍が施されており、シンプルながら心遣いが感じられる部屋だった。


(オーナーこだわりのペンションみたいだ。こういう宿は飯が美味いんだよな)


 これまで泊まったこの世界の宿の中ではダントツで居心地が良い。

 考えてみれば、この異世界に転生してから、初めての同族エルフである。

 ハーフエルフのフリをして旅を続けるつもりだし、しっかりとエルフの生活を観察しておくのは悪くないかもしれない。

 そんなわけで、酒に釣られたドラゴンの下心を、今回ばかりは大目に見ることにした。



◆◇◆



 ひととおり家の中を確認すると、皆で外に出た。

 コテツもシェラも好奇心を隠しきれないようで、そわそわと落ち着きがない。


「シェラは人の姿に戻らなくてもいいのか?」

『このままが良いと、私の中の本能がそう囁いています!』

「本能」


 それならば仕方ないか?

 まぁ、白銀色の神々しいカラスの姿で結界をパスできたのだ。

 人の姿に戻って、結界に弾き飛ばされたら困るので、エルフの里ではそのままでいてもらおう。

 レイも散策には付き合ってくれるようだ。


「そろそろ昼飯時だ。炊事場に行けば里の者と交流もできるだろう」

「ああ。共同の炊事場だな。ついでに俺たちも使わせてもらおうか」


 朝食後、休みもそこそこにここまで駆けてきたので腹の虫がやたらと騒いでいる。

 シェラもコテツも『賛成!』とはしゃいでいるので、里の中心部に作られた共同の炊事場に向かうことにした。


 キャンプ場などでよく見かける、屋根だけがあるタイプの炊事場にはテーブルやベンチが置かれており、調理した物をその場で食べられるようになっていた。

 煉瓦作りの大きな窯がいくつもあり、里の者は自由に使えるようだ。

 ちゃんとシンクもあり、水甕みずがめの魔道具も備え付けられていた。

 

「こんにちは。炊事場を使わせてもらってもいいですか?」

「あら、いいわよ」

「お客さまね。こちらを使うといいわ」


 おしゃべりを楽しみながら調理するエルフのご婦人方に声を掛けると、笑顔で招き入れられた。


「トーマです。こっちはシェラ、コテツ。レイのことはご存知なんですよね?」

「もちろん。偉大なる神獣さまです。……お名前は今、初めて知りましたが」

「ふっ。名はトーマに付けてもらったのだ」

「まぁ! そうなんですか。では、私どももレイ様とお呼びしても?」

「うむ。許そう」


 そう言えば、かの黄金竜には名前が無いと聞いて、俺が付けたのだった。

 意外と気安い神獣サマは名前呼びも鷹揚に頷いて許している。


『トーマさん! お昼ご飯は何ですか?』


 肩口で騒ぐシェラを宥めながら、何を作ろうかと思案する。

 朝にはスモークサーモンを作ってランチにしようと考えていたが、腹具合からそんな悠長な調理は無理だと判断した。


「焼肉丼だな。簡単で美味いし」

『やきにく! いいと思いますっ!』

「む。スモークサーモン……」

「夜の宴用に作ってやるから」


 エルフの宴に招かれるのだ。

 お礼になるかは分からないが、酒や料理を差し入れるつもりだった。


「それはいいな。なら、私も美味い肉を狩ってきてやろう」

「おう。里の皆で食える量をよろしく」


 途端に上機嫌になったレイに、肉の調達を押し付けた。【アイテムボックス】にはまだ大量の肉が保管してあるが、自分も差し入れをと張り切るドラゴンの気持ちを汲んでやる。

 最強の神獣が獲ってきてくれる肉を期待して、調理場で昼食を手早く作った。



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