第175話 〈幕間〉勇者たち 9
先日、三人で協力して作ったシーフードカレー。大鍋いっぱいに煮込んだが、あんまりにも美味しくて、一日で完食してしまった。
メイン具材はクラーケンだが、それだけでは物足りないなと悩んでいたところ、サハギンの群れが船を襲ってきたので、嬉々として迎え討った。
おかげで新鮮な魚介類をカレーの具材に加えることができた。サハギンの宝箱、ありがたすぎる。
エビに白身の魚、二枚貝。慣れない手付きで頑張って作ったシーフードカレーはなかなかの出来栄えだったように思う。
「完食せずに、トーマ兄さんに送ってあげれば良かった……」
せっかく上手に作れたのに、と。物憂げにため息を吐く
いつもなら
目線だけで従兄を褒めてやると、
「そう言えば、昨夜倒したケートス。トーマに送っておいたぞ」
「ケートス……ああ、あのデッカいクジラのモンスターな!」
「久々の大物だったわね。そんなに強くはなかったけど、海の上で戦うのは面倒だった」
この船の何倍もの大きさのクジラの魔獣には苦労させられた。
ケートスに悪気はないのだろうけれど、たまに海面に浮上する際に、船を巻き込む厄介な海の魔獣らしく、船長自ら討伐を依頼されたのだ。
とんでもない巨体の魔獣なので、船を巻き込まないよう、離れた場所で戦う必要がある。
小舟を借りて、ケートスが海面でのんびり日向ぼっこを楽しんでいる場所まで向かい、容赦なく攻撃した。
鑑定すると、その肉は美味とあったので、なるべく傷を付けないように気を付けながら、急所を狙った。
おかげでケートスを送り付けた従兄には「良い腕だ」と褒められたらしい。
「素材は解体と調理の手間賃として、トーマに全部渡すので良いよな?」
「うん、いいと思う。帝国の冒険者ギルドには顔を出す予定もないし」
「だなー。俺らが勇者だとバレたら、引き留められる可能性が高そうだし。めんどくせぇ」
いくら高待遇を約束されたとしても、国の首輪付きになるなんて、とんでもない。
「私たちを召喚したシラン国で、そういうのはもう懲り懲りだと思い知ったものね」
どれだけ贅沢な品でもてなされても、令和に生きる、それなりの家育ちの日本の高校生にとっては、何も響かなかった。
(何なら、トーマ兄さんが送ってくれた百均の商品の方がよほど高品質だったくらいだもの)
帝国がどれだけ裕福な国であろうとも、冬馬の【
「……ああ、でも。着心地の良い普段着が手に入らないのは残念よね」
冬馬の【
ダメージを受けることなく、ずっと新品のままなので、困ることはなかったが。
「
「ああ。いくら清潔で丈夫な服とはいえ、ずっと同じ服のローテーションは気分が良くない」
兄である春人は「そうか?」とキョトンとしているが、幸い秋生は同意してくれた。
三百円ショップ内の高額商品として購入できたTシャツやハーフパンツ。下着や靴下も扱っており、とてもありがたかった。
大型家具ショップではルームウェアを取り扱っていたので、パジャマやお家用のワンピース、もこもこルームウェアなども手に入った。
コンビニショップでは某雑貨ブランドとコラボを始めたようで、シンプルながら着心地の良いスウェットが購入できた。
どれも日本で販売されているだけあり着心地は抜群で、拠点である『携帯用ミニハウス』内で愛用している。
「愛用はしているけど、どれも部屋着なのよね……。シンプルでいいから、外でも着れるワンピースが欲しい!」
たまには街歩きをしたいのだ。
戦闘用の服や防具はごつくて重くて、人目を惹く。
ダンジョンで入手した、希少でレアなアイテムを装備しているので目立って仕方ない。
情報を仕入れるにしても、召喚勇者と知られたくはないので、こちらの世界の服で変装はするが、どうもしっくりこないのだ。
生地や縫製が悪いので、違和感が凄まじい。
コスプレ気分、と春人がぼやいていたが、まさにそんな感じで。
「ホームセンターって、布を売っていないのかな? こっちの世界でも違和感がなさそうな生地を買って、誰かに服を縫ってもらいたい」
自分で縫う、とは決して言わない夏希。
裁縫やコスプレ趣味などのない女子高生では型紙や教本なしで服を縫えるスキルなんて持ち合わせてはいないのだ。
「布……ホームセンターに、あるのか? どうだろう。工具類は充実していそうだが」
秋生もあまり詳しくはないようだ。
意外にも、兄の春人は文化祭の買い出しでホームセンターに行ったことがあったようで、布について教えてくれた。
「俺が行ったホームセンターには布や裁縫道具、売っていたぞ? 手芸店がテナントで入っていたから」
「テナント……!」
「なるほど、テナントか。郊外の大型ホームセンターなんかはテナントが多いと聞いたことがあるが、トーマのショップには反映されているかどうか……」
「後で聞いてみましょうよ。ダメ元でもいいから」
「そうだな。……っと、ちょうどトーマからメッセージが届いたようだ」
「なになに? クジラ素材のお礼? わ、いっぱい【アイテムボックス】に物資が届いてる!」
夏希は歓声を上げた。
まとめてではなく、各自にそれぞれお礼が送られていたので、ウキウキしながら中身を取り出す。
「えっ? 服⁉︎」
【アイテムボックス】に入っていたのは、なんと待望の服だった。しかも、ロングサイズのワンピース!
「スウェット生地でフード付きだけど、ちゃんとワンピース! これ、アウトドアブランドの服だ……」
タグを確認すると、夏希でも知っている有名なアウトドアブランドの物だった。
ワンピースは三着、デザインやカラー違いの物が送られてきていた。
可愛らしいデザインのシャツやニットベスト、パーカーにデニムのスカートまである。
「生地はしっかりしていて、いかにもアウトドアな服だけど、ちゃんとかわいい。こっちはフーディタイプのワンピースだけど、これはシンプルなデニムワンピだ! サロペットまであるわ」
「すげぇ。俺のもちゃんとした服だ。結構オシャレだし。ホームセンター、意外とすごいな」
「アウトドアコーナーでホームウェアが売られていたみたいだ。作業着がメインだが、アウトドアブランドの衣類も取り扱っているようだな」
メッセージに目を通した秋生が説明してくれた。
メンズだけでなく、レディース物も販売していたので、夏希は大喜びしている。
それなりの価格帯のブランド品だけあり、デザインも品質も悪くない。
「ルームウェア以外のマトモな服が異世界で着られるなんて……嬉しい。トーマ兄さん、ありがとう!」
送ってもらった服を体に当てて、はしゃぐ夏希。基本的にクールな性格をしているため、とても珍しい光景だった。
「よっぽど嬉しかったんだな、ナツ」
「それはそうだろう。俺も嬉しい。帝国は北国だと聞いたし、冬服は正直ありがたい」
「それはそう! ダウンジャケット助かるよなー」
召喚されたのは、ちょうどゴールデンウィークだった。
トランクで持ち込めた衣服は初夏に合わせた服が中心で、薄手のジャケットやパーカーが数着あるだけだった。
気を遣った冬馬がショップで購入してくれた防寒インナーのおかげで、これまではどうにか寒さを誤魔化せてはいたのだが。
「セーターにダウンベスト、撥水パーカーまであるぞ。お、暖パンもある! これ、暖かいんだよなー」
「助かる」
しみじみと秋生が言う。
あまり寒さが得意な方ではなかったので、従兄の気遣いには感謝しかなかった。
夕方、追加で【アイテムボックス】に料理が届いた。クジラの魔獣、ケートス料理だ。
刺身に鍋、唐揚げにベーコンと盛り沢山のクジラ料理に舌鼓を打った三人は、残り十日ほどの予定の船旅中にできるだけ魚介類を確保しようと心に決めたのだった。
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