第160話 ブラックサーペントとドラゴン


 八十階層は、このアンハイムダンジョンの最下層だ。レイ曰く、ラスボスはブラックドラゴン。

 小型種なため、魔の山ダンジョンに棲息していたドラゴンよりは倒しやすいと聞いた。


「……聞いたけど、これは地味に面倒だな」


 転移で飛ばされたのは、洞窟フィールド。

 洞窟というよりは、峡谷に近い。

 天井は見上げるほどに高く、洞窟内も奥が見渡せないほどに広かった。

 そして、ラスボスのいる場所までの道すがら、襲ってくるのはブラックサーペント。巨大な漆黒の蛇だった。音もなく滑り寄り、その巨体で巻き付こうとする厄介なモンスターだ。

 もっとも【気配察知】スキルで居場所は把握できるので、さくさくと炎の魔剣で倒していく。 

 魔力はなるべく温存したいので、物理的に倒しているのだ。


「次から次へと、鬱陶しい!」


 炎を纏った魔法剣で首を落とす。

 ドロップアイテムは魔石と蛇皮に、たまに蛇肉。シェラが言うには高級肉らしい。

 レイクサーペントは美味かったから、サーペント肉も期待はもてそうだが、見た目はアナコンダなのだ。戸惑いが先にきてしまう。


(まぁ、食えなかったら売ればいいか)


 高級肉なら、きっと買取額も期待できる。

 氾濫スタンピード直前の影響で、やたらと出現するブラックサーペントを黙々と倒しながら、先へ進んだ。

 

 シェラは今回も戦いには参加していない。

 白銀色のカラスへと姿を変えたまま、ブラックサーペントが届かない高所を飛んでいる。

 レイは冒険者スタイルでコテツを肩に乗せて、襲い掛かってくるブラックサーペントのみ槍で仕留めていた。

 ちなみにコテツはやる気に満ち溢れており、レイの肩の上から精霊魔法で次々とブラックサーペントを倒している。


 二百匹は倒したところで、ようやく洞窟の突き当たりが見えてきた。

 ヒカリゴケでほんのり明るい。

 その場所は綺麗にくり抜かれた壁がちょうど玉座のように整えられており、何かの祭壇のようにも見えた。

 岩を彫られ、装飾を施された玉座に座るのは、一人の女。褐色の肌とプラチナブロンドが美しい、魔族の女だった。

 その女を守るかのように、傍らに首を垂れて縮こまっているのは、ダンジョンのフロアボスであるはずのブラックドラゴン。


「──あれが、魔族か?」


 眉を寄せて訊ねると、レイが言葉少なに頷いた。


「そうだ」

「…………どういうことだ。あれは、俺と同じハイエルフじゃないのか?」


 嫣然と笑う女の耳は、尖っている。

 肌で感じ取れる魔力の量は俺と変わらない。

 紅い、切れ長の瞳には愉悦の色が見て取れる。こちらの戸惑いを面白がっていた。


「よく来たな。お前が、今代の勇者か」

「あいにく俺は勇者じゃない。そういうお前こそ、魔族なのか」

「ふ、ふふ。そんなに邪険にするものではないだろう。同じ祖を持つ同胞ではないか」


 同胞ということは、やはりハイエルフなのだろう。

 

(魔族とは、ハイエルフのことなのか?)


 横に立つ美貌の男をじろりと一瞥する。

 どういうことか、ちゃんと説明しろ。

 レイは小さくため息を吐き、渋々口を開いた。


「かつてのハイエルフの里から、袂を分かって独自に進化した存在が、魔族となったのだ。お前たちの言葉を借りれば、ダークエルフというやつだな」


 すっかり日本の文化に慣れ親しんだレイの説明に、なるほど分かりやすいと頷いた。

 つまりは、闇堕ちした元ハイエルフが魔族なのか。

 袂を分かったということは、他のハイエルフは闇堕ちしていないのだと知り、胸を撫で下ろす。

 ハイエルフ=魔族なら、俺が生き辛い世界なので。


(まさか、魔族がのんびり異世界旅を楽しもうなんてできなくなるもんな)


 せっかく異世界に転生したのだ。

 見たことのない景色を眺め、美味しい食事に舌鼓を打ちたいではないか。

 それに、従弟たちとは敵対したくない。

 ハイエルフ族が魔族なら、ハイエルフの里ごと燃やさなくてはならなかったので、良かったと思おう。

 こっそり物騒なことを考えていると、玉座の女がくつりと笑った。


「意気地なしのハイエルフか。勇者ではないのならば、く消えよ」

「そうしたいところだけど、ここで氾濫スタンピードを起こされるのは困るんだ」


 炎の魔剣を油断なく構えながら、魔族の女を静かに見据える。

 女は不愉快そうに片眉を上げた。

 すぐにでも襲ってくるかと思いきや、女が立ち上がることはなく。

 

(レイを警戒しているのか)


 冒険者スタイルのレイだが、魔族の女は何かを感じ取っているのかもしれない。

 押さえ込んではいるが、黄金竜としての膨大な魔力とその気配オーラは隠しきれてはいないので。


「ならば、力尽くで止めれば良い」


 女が傍らに控えていた漆黒の竜を一瞥すると、そいつはゆらりと起き上がった。


「傀儡と化したか」


 レイが小さく舌打ちする。

 そのドラゴンの胸元には拳ほどの大きさの穴が空いていた。ぞっとするような空洞だ。

 肉や骨が隙間から垣間見える。


「傀儡? テイムのようなものか?」

「もっとおぞましい術だ。ブラックドラゴンの核となる魔石を抜き取り、操っておる」

「そんなことができるのか」


 テイムなら分かる。魅了魔法もまだ納得はできただろう。だが、まさか魔物の核を抜き取って、その亡骸を操ることができるとは。

 

「魔石を抜き取れば、普通はドロップアイテムを残して消えるはずだろ」

「豊富な魔力と呪術に長けた魔族なら容易い」


 この特別なわざがあるので、魔族はダンジョンの奥底に身を潜めて、魔物の氾濫スタンピードを起こし、その土地を占拠できるのだ。

 最下層のダンジョンボスを傀儡とすれば、上層の魔物や魔獣を自在に操れるようになるのだという。


「なら、やっぱり両方を倒さないといけないのか」

「……いや、核を抜かれた魔物は死ぬことができない」

「殺せないのか」

「核を壊せば、殺すことはできる。ドラゴンは私が相手をする。トーマ、お前は魔族を倒せ」

「簡単に言ってくれるよなぁ」


 はぁ、とため息を吐く。

 玉座に向き合うと、魔族の女がくつりと喉を鳴らした。真紅の瞳が細められ、紅に染まった唇が口角を上げる。

 

「私と戦うつもりなのか、お前」


 面白いものを見つけた、といった風にこちらを見つめてくる魔族の女。

 

「ほう、それは魔剣か。炎を纏いし、魔法の剣。だが、どんな魔剣。それが、たとえ聖剣であろうとも、この世界の刃物では、私を害することはできない」


 女が微笑う。笑う。嗤う。


 刃物を通さない、そういうスキルか?

 それは厄介ではあるが。


「ならば、魔法で倒せばいい」

「くふ…っ! この私を、魔法で倒すだと? ハイエルフとは言え、生まれ落ちたばかりの、お前が」


 どうやら、年齢もバレバレのようだ。

 まぁ、この童顔なら仕方ない。

 魔族の女の年齢は不明。ハイエルフ族は千年は生きるとか、創造神が言っていたような。

 見た目は二十代後半の女性だが、数百年は生きているのかもしれない。

 

 幸い、たっぷりの食事と休憩で魔力は回復してある。

 ブラックサーペントも魔力を消費することなく、魔剣で倒し切ったので、攻撃魔法をぶつける余裕はありそうだ。


 グルルルゥ!

 地を這うような、不吉な唸り声に背筋が粟立つ。レイがブラックドラゴンに槍を向けて気を逸らそうとしたのだ。

 その隙に、漆黒の竜の傍らを走り抜け、玉座に向かう。

 ダメ元で、炎の魔剣を魔族の女に振り下ろす。

 キン! と金属音が響き、剣が弾かれた。

 たしかに、女の頭上に振り下ろした感触はあったのだが、まるで結界に守られているかのように、攻撃することはできなかった。


「なるほど、魔剣が通用しない」

「くくっ……ちゃんと目上の者の言うことを聞かないからだ、坊や」


 ヒュッ、と息を呑んで、上体を逸らした。

 女の指先が喉を狙って放たれたのだ。鋭く尖らされた長い爪先がてらりと不気味に光っている。

 

「やっば……」


 もう一瞬でも遅れていれば、喉に風穴が空いていた。この物騒な攻撃で、ブラックドラゴンは胸を貫かれたに違いない。


「魔族のくせに魔法じゃなくて、物理かよ」

「ふ、ははっ。ちょうど退屈していたところだ。少し、遊んでやろう」


 長いプラチナブランドを指先で払い、女はようやく玉座から腰を上げた。


 背後では、ドラゴンが勇ましく吼えている。シェラとコテツはちゃんと隠れているだろうか。


「……俺、こういうのはガラじゃないんだけど、なっ!」


 繰り出される拳や蹴りから逃れながら、炎の魔剣で攻撃する。

 合間に攻撃魔法をぶつけるのも忘れずに。

 ウォーターカッター、ウインドアロー、魔力を込めたファイアボール。

 その、どれもを魔族の女は無効化する。

 めちゃくちゃだ。


(これが、勇者たちアイツらが相手にしている魔族か──)


 力任せに振り下ろした魔剣が蹴り上げられ、俺は武器を失った。

 女が端正なおもてに愉悦の色を載せて、恍惚と嗤う。

 振り上げられた褐色の手の先には、高温の炎の塊。それがゆっくりと己に向けて振り下ろされるのを、俺は呆然と見上げていた。



◆◆◆


更新が遅くなりました…!


◆◆◆

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