第159話 吸血鬼とミノタウロス


 七十八階層のフロアボスは吸血鬼ヴァンパイアだった。

 教会──もしかしたら、神殿なのかもしれないが、半ば廃墟と化した建物内で立ち尽くすのは黒衣の男。

 肌は青白く、腰までの長さの黒髪はひどく傷んでいた。虚ろな双眸は血のような真紅に染まっており、纏う空気は明らかに人のそれとは違う。

 ゆっくりと侵入者である俺たちを視界に入れると、そいつは口角を上げて嗤った。

 乱杭歯が口の端から覗き、爪がぞろりと伸びる。漆黒の爪だ。

 キィィ、と耳障りな音が響く。

 吸血鬼ヴァンパイアが哄笑したのだ。


「人型の魔物っぽいけど、話すことはできないんだな」

『此奴らはダンジョンが生み出した魔物だからな』


 ちびドラゴン姿のレイが教えてくれる。

 つまり、ダンジョン外の魔物なら、会話ができる奴もいるということなのだろうか。

 少しだけ気になったが、今は時間がない。

 張り切っている吸血鬼には悪いが、さっさと倒してしまおう。

 ぐん、と勢いを付けて飛び掛かってきた黒衣の魔物に向かい、淡々と光魔法の閃光弾をぶつける。

 

「ギャオゥゥゥ!」


 両手で顔を覆い、絶叫する吸血鬼ヴァンパイアに肉薄して、手にした短槍をその胸に突き刺した。

 聖なる短槍の一撃を喰わらせたのだ。

 相当効いているようで、吸血鬼ヴァンパイアは地面に倒れて痙攣している。

 自慢の回復能力も聖なる武器の攻撃には発動しないようで、胸に空いた穴は戻らない。

 このまま放っておいても、そのうち消滅しそうだが、待つのも面倒なので後始末する。

 浄化の炎、なんて良いものではないけれど、火魔法でその身を綺麗に燃やし尽くしてやった。

 魔力を熱量に変化させて創り出した、青い炎。それがひと舐めすると、吸血鬼ヴァンパイアは黒い灰と化して消滅した。


「ドロップアイテムは棺型の宝箱か。悪趣味だな」


 中身の確認は後からでも良い。

 宝箱を【アイテムボックス】に放り込むと、ドロップアイテムを集めてくれたコテツを撫でて褒めてやる。


『グリフォンの群れを一人で倒したことにも驚きましたけど、吸血鬼ヴァンパイアを瞬殺するなんて……』


 白銀色のカラス姿のシェラが呆然とつぶやく。

 ちょっと引かれている気もするが、急いでいるのだから仕方ない。


「グリフォンは魔の山ダンジョンで倒したことがあるから。アンデッドフロアも踏破したし、倒し方は把握してる」


 最高難易度の魔の山ダンジョンのラスボスだったグリフォンは雷魔法と風魔法を巧みに操る厄介な敵だった。

 おそらく、かなり高レベルの巨大なグリフォン。

 そんな恐ろしいラスボスと比べたら、中級ダンジョンの七十七階層のグリフォンは生まれたてのヒナと変わらない。

 群れでピヨピヨ襲い掛かってこられても、大した脅威ではなかった。

 魔法も全く使えず、嘴や爪先での物理攻撃のみの相手だったので、あっさり倒せた。


(ダンジョンのランクによって、出没する魔獣や魔物のレベルも変わるんだろうな)


 そう思えば、少し心の余裕ができた。

 だが、弱いとはいえ、数が多いのは面倒だ。

 大規模な広範囲魔法を使えば殲滅は簡単だが、魔力を使い果たすのは得策ではない。


「なにせ、本命はラスボスもどきの暫定魔族だもんなぁ……」


 魔法に長けた、とんでもなく強い種族ということしか分かっていない──魔族。

 そんな相手に得意の魔法が使えないハイエルフが無策で対峙しても、瞬殺されそう。

 

「うん。やっぱ、ちまちまと初級魔法で倒しながら進むのが良いな。最悪、暫定魔族相手に大規模魔法を撃って魔力切れになれば……」

『うむ。屍は拾ってやろう』

「そこは助けろよ」

『ふ…。お前なら大丈夫だ、トーマ』


 キュルル、と喉を鳴らしながら笑うちびドラゴンにデコピンをする。

 全くダメージを受けた様子のないちびドラゴンと子猫、カラスを肩に乗せて、転移扉に触れた。



◆◇◆


 七十九階層は巨大な洞窟内のフィールドだった。天井も高く、中は広大だ。

 岩肌がうっすらと灯りを放っているので、進むのに支障はない。

 【気配察知】スキルで、既に幾つもの大きな気配は捉えてある。懐かしい気配だ。


「にゃあん?」


 肩に座ったコテツが聞いてくるのに、大きく頷いてやる。


「ああ、アイツらだな。一時期ハマった、とんでもなく美味い牛肉。じゃない、魔物肉」

『アレだな。たしかに、あの肉は素晴らしかった……』


 すぐに気付いたレイが、今にも涎を垂らしそうな目で奥を見据える。ドシドシ、と地に響く足音。

 警戒する白銀のカラスの膨らんだ羽毛を指先で撫で付けてやる。


「ちょうど肉の在庫も切れていたことだし、ここで確保しておくか」

「ニャッ」

『うむ。そういうことなら、私も手伝おう』

「いいのか、黄金竜? 中立派なんだろ」

「何のことだ? 今の私は、単なる冒険者のレイだ」


 いつの間にやら、ちびドラゴン姿から人型の冒険者スタイルに変化していたレイがニヤリと笑う。

 金髪にアメジスト色の瞳の美丈夫は、単なる冒険者には全く見えない。

 エルフの王子様が冒険者ごっこをしているようにしか思えなかったが、本人的にはベテラン冒険者気分のようだ。


「まぁ、手伝ってくれるなら助かる。シェラは上空で待機な?」

『はい!』


 伝わってくる雄々しい気配から、自分には無理だと理解したようだ。聞き分け良く、素早く上空に飛び立つ姿にホッとする。


「これだけ広い洞窟内なら、火魔法が使えるな。──なら、アレを出そう」


 聖なる短槍と同じく、魔の山ダンジョンでドロップした魔法武器を【アイテムボックス】から取り出す。魔力を込めると火魔法を纏う、炎の魔剣だ。

 五十頭ほどの巨大な魔物が、視界に入る。

 懐かしいシルエットに、舌舐めずりをしそうになった。


「っし! じゃあ、肉を確保するぞ。今夜はミノ肉パーティだ!」


 現れたのは、ブラックブルよりも美味い、牛系魔物では最高峰の味を誇る、ミノタウロスだった。



◆◇◆



 五百頭近くのミノタウロスを殲滅し、さすがに少し疲れてしまった。

 だが、大量のミノ肉が手に入ったので、心は満ち足りている。

 

「……レイ、少し休憩しても大丈夫そう?」

「昼飯を食うくらいの時間なら」


 次のフロアが最下層、八十階層。

 二階層を一気に踏破したため、少しは時間を稼げたようだ。昼食の間、一時間くらいか。

 それだけの時間があれば、魔力も回復できそうだ。


「よし。じゃあ、飯にしよう」


 最下層に続く転移扉前のセーフティエリアに、コンテナハウスを取り出す。

 さっそく中に飛び込んだコテツが、部屋の中をくるくると駆け回った。ご機嫌だ。


「ごあん!」


 うし、うし!

 念話で伝わってくるのは、これまで食べたいことのあるミノタウロス肉料理のメニュー。

 ステーキ、しゃぶしゃぶ、すき焼き、カツにローストビーフ。牛刺しにユッケ。

 まさか、タルタルステーキまで覚えているとは。


「どれも食べたいのは山々なんだけど、あいにく時間がない」

「にょ……?」

「なので、今回はミノ肉ステーキだ!」

「にゃっ!」


 シンプルだけど、間違いなく美味しいメニューだ。切って焼くだけなので、簡単。しかも美味しい! 最高だ。


「お手伝いします!」

「私も手伝おう」

「お、助かる。じゃあ、シェラは米を炊いてくれる? レイは肉を切ってくれ」


 コテツには食器を並べてもらう。

 子猫だけど、そこは便利な精霊魔法で。

 精霊に可愛く「にゃ~ん♡」とお願いすれば、代わりにテーブルをセッティングしてくれるらしい。便利。精霊って、絶対に猫好きだよな?


 

 三人と一匹で頑張ったおかげで、楽しいランチタイムを満喫できた。

 ミノタウロス肉のステーキは相変わらず、絶品だった。柔らかな赤身肉、サシの入ったサーロイン、リブロース!

 土鍋でご飯が炊き上がるのも待ち切れず、皆で肉にがっついた。

 ステーキソースはそれぞれ好みの物を使い、美味しい牛肉に舌鼓を打つ。

 魔素をたっぷり孕んだ魔物肉は、咀嚼した先から消費した魔力を満たしてくれる。


 きっかり一時間、食事と休憩を満喫した。


「じゃ、行きますか」


 ラスボスと暫定魔族が待ち構える最下層、八十階層へ続く転移扉に、俺たちは手を伸ばした。



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