第155話 オルトロスと魔剣
三時間ほどの仮眠で、疲れはかなり取れたように思う。ステータスを確認してみたが、半分以下まで減っていた魔力量もほぼ回復していた。
さすがハイエルフ。
そっと起き上がり、ベッドは【アイテムボックス】に仕舞っておく。装備を身に着けていると、シェラとコテツも目を覚ましたようだ。
腰を上げて、背を伸ばすように伸びをすると、目をしぱしぱさせながらコテツが寄ってきた。
「ふにゅ……」
手を差し出すと、頬を擦り付けるように懐く様が愛らしい。くるるる…と喉を鳴らす子猫を際限なく甘やかせたくなる。濡れた鼻の感触にくすりと笑ってしまう。
「おはようございます……」
しばらくブランケットの中で蠢いていたシェラが、ベッドから這い出てきた。
疲労からだろう。目元が少し腫れている。
「はよ。ひどい顔だぞ。
「大丈夫です。自分でできます……!」
ベルトに装着していた浄化の杖を手にするシェラ。
「
魔力を込めて囁けば、浄化の杖が柔らかな光を纏う。光が消えると、汚れは綺麗に落ちていた。
「綺麗になりました!」
ふんす、と胸を張る少女。
生活魔法の適性が皆無だったシェラが、自力で身を浄めることができたのだ。
「ちゃんと使いこなせて偉いぞ」
褒めてやると、嬉しそうに破顔する。
まだ少し腫れている目元には、こっそり治癒魔法を施してあげた。
二人と一匹で揃ってテントから外に出る。
「起きたのか」
レイはチビドラゴン姿から、冒険者衣装の人型に戻っていた。
三時間近く、ずっと見張ってくれていたようだ。
「おう。ありがとな。おかげでスッキリしたよ」
疲れもほぼ取れている。
これなら、次の階層でも暴れることができそうだ。
テント用具を【アイテムボックス】に収納すると、すぐに出発だ。
アラクネの森がある七十五階層を後にする。
セーフティエリアを抜けた先にある転移扉から七十六階層へ向かった。
◆◇◆
七十六階層はゴツゴツとした岩山のフィールドだった。出没する魔獣は、双頭の魔犬オルトロス。
漆黒の闇色の毛皮の持ち主で、瞳は炯々とした血色をしている。
ギリシア神話に登場する同名の怪物と違い、ダンジョンのオルトロスはその背を覆う闇色のたてがみを針のように飛ばして攻撃してきた。
しかも、その針には毒があり、地面に叩き落とすと漆黒の鱗を持つ毒蛇へと姿を変える、厄介な魔獣だった。
犬科の魔獣らしく、元々群れで行動する種だが、
「魔力は温存しておきたいな」
「にゃ?」
「ああ、シェラやコテツは無理しなくても良いぞ」
できれば、シェラには空高い場所などで待機しておいてもらいたい。
「レイには付き合ってもらうぞ」
「ふ。分かっておる。冒険者として《・・・・・・》の責務を果たそう」
幸い、俺には
ならば、オルトロスもそう面倒な敵ではない。
厄介さから言えば、アラクネの集団の方がよほど大変だった。
オルトロスはその動きは早いが、毒針や蛇が無意味なら、大して怖い敵ではない。
「ちゃんと使ってやらないと、剣の腕も錆び付くからな。バレたらアキに叱られる」
剣の申し子だと持て囃されている従弟のアキに剣道を教えたのは、この自分なのだ。
もっとも初心者入門の手ほどき程度だが、そのおかげで彼は剣道に興味を持つようになったので、伊達家の道場関係者は俺に感謝するべきだと思います。うん。
(まぁ、天才のアキにあっという間に剣の腕前は追い越されちまったけど……)
それでも器用貧乏、何でもこなせる秀才だと称えられた俺もそれなりに使える方なのだ。
魔の山ダンジョンで手に入れた、魔剣を【アイテムボックス】から取り出す。
氷雪に閉ざされたフィールドでユキヒョウに似た大魔獣を倒して手に入れた、とっておきの魔剣である。
氷でできたように透明な刃の切れ味は凄まじく、魔力を込めると魔法を放つことも可能。
その魔法もなかなかえげつないのだが。
「っと、魔力は温存だったな」
なので、今回は魔法はなしで、ひたすら魔獣を斬っていくことにした。
全身に【身体強化】スキルを発動し、オルトロスを超える速度で肉薄する。無駄な動きは極力減らして、双頭の魔犬を氷の刃で散らしていった。
レイは自慢の槍を豪快に振り回し、オルトロスを潰していく。
ヘイトを集めながら、ひたすらオルトロスを倒していく俺たち二人の後を【隠密】スキルを使い、こっそり追い掛けるコテツ。律儀にドロップアイテムを拾ってくれている。かしこい。
シェラはちゃんと俺の『お願い』通りに、空へ避難していた。
毒針が届かない高さで、フィールド中に目を光らせて、念話で状況を伝えてくれるので、とても助かっている。
オルトロスからドロップするのは、漆黒の魔石とブラックオパール。肉や毛皮は落とさない。
稀に金貨をドロップすることがあり、それは当たりとされていた。
七色の虹を鉱石に閉じ込めたかのようなブラックオパールは希少なため、高価だと聞いた。
このフィールドのオルトロスは80%の確率でその宝石をドロップする。
これはギルドでの買取額に期待が持てた。
(売り過ぎて値が暴落するなら、そのままポイントに交換してもいいしな)
今夜はケーキや弁当も食い放題、とっておきのワインも開けるぞー! などと軽く請け負ってしまったので、散財は確実だ。
アラクネのドロップアイテムのおかげで、かなりのポイントを得ることができたが、オルトロスでも稼ぐ気満々だった。
五十匹単位の群れがひっきりなしに襲ってくるが、剣の練習にはちょうど良い。
高揚しているためか、疲れもほとんど感じなかった。
「ピュイッ!」
たまに退屈したシェラが風を纏って、コテツに向かおうとした
◆◇◆
転移扉前のセーフティエリアに到達した頃には、すっかり夕暮れに染まっていたため、本日はここで休息を取ることにした。
本来なら転移扉を使いダンジョンから抜け出して、のんびりと自宅で英気を養いたかったのだが、いつ氾濫が起こるのか分からないため、ダンジョン内で野営することにしたのだ。
「気配を探ってみたが、七十階層より下に冒険者は皆無のようだ」
レイが断言すると、シェラも俺も歓声を上げた。
コテツも嬉しそうに尻尾を立てている。
「よし! なら、今夜はテントじゃなくて家を出すぞ。誰にも見られないなら、堂々と──久しぶりのコンテナハウスだ!」
収納から取り出したのは、三軒分のコンテナを連結した、懐かしの我が家だ。
大森林内ではずっと愛用していた、お気に入りのコンテナハウス。
「おお。久々に自分の部屋を楽しめるな」
「荷物はそのままにしてあるから、小説や漫画も楽しめるぞ」
「うむ。感謝する」
二階建ては俺とコテツの部屋。もうひとつ、連結してあるコンテナは黄金竜レイの居候部屋だ。
楽しそうに自分の部屋を眺めるレイに、ふとシェラが口を開いた。
「……レイさまのお部屋があるんです?」
「そうだ。トーマが私のために用意してくれたのだ。ちゃんと気に入りのビーズクッションのソファもあるし、大きなベッドもある」
「てっちゃんの部屋もあるんですか?」
「コテツは俺と同室だよ。でも、ちゃんと専用の猫ハウスもあるから、お前の城でもあるよな?」
「にゃーん」
にこにこと笑顔で答えると、途端にシェラがスン…ッとした無表情になる。
「…………私のお部屋は?」
「あっ」
「あー……」
もちろん、大急ぎで
そんなわけで、自慢のコンテナハウスは二階建て二連の豪華な拠点となりました。
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