第152話 予兆


 アンハイムダンジョンでのポイント稼ぎは順調だ。

 シェラが白銀色のカラスに変化できるようになり、戦闘が楽になったのと、面倒な階層はドラゴン姿のレイの背に乗せてもらえたので、効率良く稼げている。

 

 気まぐれな黄金竜が空から見下ろしながら「あれは美味い」と呟こうものなら、瞬時に獣化したシェラが風を纏って飛び降りるのが困りものだが。

 ため息まじりに、黄金の鱗に包まれた首元を軽く叩いて訴える。


「仕方ない。俺たちも降りるぞ」

『心得た』


 どこか、ウキウキとした様子で滑空するレイの様子から、これを見越しての発言だった疑いが。

 ともあれ、今は魔獣狩りだ。

 シェラが突撃しているのは巨大な牛の魔獣だ。残念ながら、ブラッドブルではなく。


『あれは、ジャイアントロングホーンだな。ブラッドブル肉には劣るが、引き締まった身はなかなかクセになる美味さだ』

「ジャイアントロングホーン……初めて目にする魔獣だな。肉が美味いなら、見逃す手はないよなぁ?」

『任せろ』

「ニャアッ」


 大きすぎると狩りは難しい。

 レイは最近すっかり気に入ったチビドラゴンの姿に変化すると、嬉々としてジャイアントロングホーンの群れに突っ込んでいった。

 

 ジャイアントロングホーンのツノは相当大きい。名前の通り、見事なツノを誇っている。五メートルはあるように見える。


「この素材は高値で売れそうだな」


 魔獣のツノは錬金素材の触媒になる。

 前世の世界でのロングホーンはアメリカ西部地方の家畜牛だが、異世界ではかなりの暴れ牛のようだ。

 その自慢の太く長いツノを苛立ったように振り回し、攻撃を仕掛けてくる。

 近くに寄ると、より興奮しそうだったので、遠くから魔法で倒すことにした。



◆◇◆



「肉もツノもたくさん手に入ったな」

『お肉……!』


 嬉しそうに翼をばたつかせる白銀のカラスをよしよしと宥めてやる。

 魔石は土属性だ。地面にごろごろとドロップしていたので、全員で拾った。

 肉は綺麗な赤身肉の塊がドロップした。


「良い肉だな。ローストビーフにしよう」

『ローストビーフ! あの、お花のように盛り付けるお肉ですよね? やったぁ!』


 作るのに多少の手間は掛かるが、ヘルシーで美味しいローストビーフは皆の好物でもある。

 これだけ赤身肉が大量に手に入ったので、今夜はローストビーフ丼にしよう。

 赤いバラは咲かせられないが、赤い山を築くことはできる。


「山盛りのローストビーフ丼をたっぷり食わせてやる」


 肩にとまった白銀のカラスに頬を寄せて、そっと耳もとで囁いてやる。

 キャア! と甲高い悲鳴を上げて空に飛び立つカラス。そんなに嬉しかったのか。

 

「良いフロアだったな。ボスからは魔道武具がドロップしたし」


 土属性の魔法の大盾だ。

 魔力を流して構えれば、ドラゴンブレスも防ぐことができる──かもしれない。

 レッドドラゴンの炎のブレスくらいならファーストアタックをしのげそうだ。


(黄金竜のブレスの前では、まったく意味を為さないだろうけれど)


 レイが放つドラゴンブレスは黄金の光の奔流だ。聖なる魔力を宿したブレスは全てを一瞬で消してしまえる。

 あれはズルい。無理だ。最終兵器すぎる。

 仲間で良かったと、しみじみ思う。


「ドロップアイテムも拾い終わったし、そろそろ次の階層へ移動するか。……レイ?」


 チビドラゴンが何やら考え込んだ様子で遠くを眺めている。

 声を掛けると、ようやく身動いた。


「どうした。何か気になることでも?」

『うむ……少し、な。気のせいかもしれん。次の階層へ急ごう』


 空を舞うシェラを呼び寄せ、皆で転移扉に触れた。下層へ。


「七十五階層か。ここのダンジョンは八十階層まであるんだっけ?」

『ああ、そうだ。最下層にはブラックドラゴンがいるぞ』

「それは手強そうだな」


 レイによると小柄な若いドラゴンなため、それほど脅威ではないだろうとのこと。

 いや、ドラゴン種は脅威ですけど?

 俺、勇者じゃなくて、単なる餌なんですけど!


『だが、ドラゴン肉は美味いと聞くぞ?』

「う……」


 それはとても唆られる。

 ドラゴン肉は浪漫だ。亜竜であるワイバーン肉でさえ、頬っぺたが落ちそうなほどに美味かったのだ。

 

「ドラゴンステーキ……どんな味なのかな……」

『ふわぁ……! ワイバーンステーキも蕩けるくらいのご馳走だったので、想像もつかないです』


 ドラゴンの肉を思い浮かべて、たらりと涎を垂らすカラス。可愛いけど。食物連鎖とは。


「まぁ、まだ先の話だ。この階層には何が現れるのか──…」


 平原と森林が半々のフィールドだ。

 二種類の魔獣が出没する可能性もありそうだと、【気配察知】スキルを発動しようとした、その瞬間。

 ぞわり、と背が粟立った。


「何だ……?」


 地面が小刻みに揺れている。

 地震? いや、地響きだ。

 何かの大群が、こちらに向かって移動しているような。


「いや、待て。大群の魔獣か?」


 ここはまだ転移扉のそば。セーフティエリア内のはず。

 セーフティエリアにとどまってさえいれば、冒険者の気配を魔獣や魔物たちは辿れないはずだったが。


「……まっすぐ、こちらに向かってきているな。仕方ない。このまま迎撃しよう」

「ニャッ」

『倒します!』


 やる気満々でまっすぐ前を睨み付けるコテツとシェラの姿が頼もしい。特にコテツ。久しぶりの「やんのか」ポーズだ。背中や尻尾の毛がぼわぼわで可愛すぎる。


『……来たな。森に巣食うアラクネの群れだ』


 チビドラゴンが、くいっと顎を上げて言い放つ。

 視線の先にはアラクネの大群がひしめいている。見えないはずの俺たちを、憎々しげに睨み付けてくる大蜘蛛の魔物たち。


「悪趣味な外見だよな」


 漆黒の大蜘蛛は腹の上に人型の上半身がある。どれも女だ。造形が美しい分、その禍々しさは際立っていた。


『糸を飛ばし、拘束しようとしてくるから気を付けろ。八本の脚は鋭い爪がある。蜘蛛の牙に噛まれたら毒を流し込まれるぞ』


 チビドラゴンのレイの的確な助言がありがたい。


『厄介なのは、人型の上半身だ。弓や槍などの武器を使う個体や、魔法を使う個体もいる』


「それは確かに厄介そう。セーフティエリア内で少しずつ削っていくか」


 セーフティエリア内には、なぜか魔獣や魔物は寄ってこず、攻撃してくることはない。

 だから、安全圏からひたすら攻撃して群れを削ろうと考えたのだが。


『難しいだろうな。どうやら、これは魔物の氾濫が始まろうとしているようだ』

「はんらん……ってスタンピードか⁉︎ そんな予兆は……」

『あったぞ。ハイオークの大規模な群れ、縄張り意識の強いワイバーンが集団で攻撃を仕掛けてきたな。そして、ジャイアントロングホーンも通常は十頭ほどの群れを作るものだが、二百頭以上固まっていただろう?』


 そういえば、やたらと数がいた。

 そういう魔獣だと思っていたから、気にならなかったが、あれが氾濫の予兆だったのか。


『だが、普通はもっと手前の上層階の魔獣から数が増えていくはずなのだ。その予兆を確認し、冒険者ギルドが氾濫の対策を練る余裕がある。それが、ここまで見事に隠蔽し、上級魔物の数を増やしていたということは……』


 紫水晶アメジスト色のドラゴンの瞳が好戦的にギラリと光る。


「……魔族が関わっているということか?」

『その可能性が高いだろう』

「マジか……」


 勇者である従弟たちを狙う魔族。

 会うのは初めてだ。

 従弟たちのサポートとして、できれば倒しておきたい存在だが。


(勇者に敵対する、とんでもなく強い連中なんだろ? 俺、勝てるのか……?)


 自信はない。まったくないが、今は怖気付いている暇もない。

 まずは、ダンジョンの氾濫スタンピードを止めなくては。


 アラクネの大群は、ざっと五百匹はいる。

 丁寧に叩き潰さないと、腹から卵が零れ落ちて、仔蜘蛛がわっと増えるらしい。

 益虫である蜘蛛は嫌いではなかったが、これだけ集まると、不快感が凄い。


 魔の山ダンジョンで入手した魔道武器の槍を構え、魔力を丹念に練り上げる。

 

「美味そうな肉は期待できないけど、これだけの数がいるなら、良い経験値になる。魔石やドロップアイテムで稼ぎもデカくなりそうだ」

『いいですね。今夜はケーキを山ほど食べたいです』

「ん、今夜は好きなだけ食おうぜ。俺もとっておきのワインを開けることにする」

『ならば、私はコンビニ弁当の全種類制覇だ』

「おう。解禁だ」


 ニャッニャッ! 可愛らしい訴えにも笑顔で頷く。お高い猫缶に猫オヤツ、了解だ。

 

「じゃあ、無理はせずに、着実に潰していこう」


 ニャー! と勇ましく吠えるコテツの鬨の声を合図に、全員で攻撃を仕掛けた。



◆◆◆


更新が遅くなりました。すみません!

ギフトいつもありがとうございます。

★も感謝ですー!😆✨


◆◆◆



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