第151話〈幕間〉勇者たち 5


「おお、デカい船だな!」

「そうね。想像していたよりも、かなり大型の船だわ」


 帝国に向かうために選んだ船は、大型の帆船だ。

 全長は30メートル以上あり、マストは四本。

 船体は丸みを帯びており、どっしりとした作りの船だった。

 春人は目を輝かせて大型帆船を見上げている。

 妹の夏希の方がよほど落ち着いており、しっかりと船の出入り口や避難経路を確認していた。


「15世紀頃に開発された、キャラック船に似ているな」


 実際に乗る船を確認したのは秋生も初めてで、しばし観察した後の感想はこれだ。

 

「キャラック船?」

「ああ。大航海時代に活躍した船のひとつだ。遠洋航行を目的に作られた船だから、長旅向きだ」

「なら、少しは安心?」

「……念の為に、トーマには相談しておこう」


 救命用のボートや浮き輪が召喚魔法ネット通販で買えるかもしれない。


「お、入船が始まったようだ。行こうぜ」


 目敏い春人がタラップを指差した。

 スロープのような板を渡して、乗船客が次々と船に乗り込んでいく。


「はしゃぐな、ハル。海に落ちるぞ」

「そんなドジは踏まねーって。船のチケットを渡すのか?」

「ああ。ギルドで手に入れたチケットと紹介状がある」


 羊皮紙に記された紹介状のおかげで、少しばかり強引に船客になることができたのだ。

 

(その代わり、海に出没する魔物退治の仕事があるが……まぁ、問題はないだろう)


 ダンジョンで上位ランクの魔物を倒しているため、野良魔獣など余裕で倒せるだけの実力はある。

 海の上というのが、少々やりにくいが、遠距離から魔法で倒せば良い。

 それに──


「この世界の水棲魔獣も美味いと分かったからな。二人とも、やる気はあるだろう?」

「もちろん。あの美味しい大トロ風味のお肉よね? あれは素晴らしかった」


 冬馬が【アイテムボックス】経由で送ってくれた、レイクサーペントの肉。

 ダンジョンで討伐した、その亜竜の肉は最高品質の大トロのような食感を誇っていた。


「あれは湖に棲息するサーペント。俺たちがこれから挑むのは、海。つまり……」

「シーサーペントがいる可能性があるのね?」

「おお! そりゃあ楽しみが増えたな。討伐できたら、夜はシーサーペント祭りだ」


 からりと笑う春人。

 それを、通り掛かりに聞き咎めた水夫らしき男が盛大に顔を顰めた。


「おい、兄ちゃん。勘弁してくれよ。シーサーペントみたいな海の悪魔が出没したら、まず間違いなく船は沈む」

「そんなに強いのか?」

「クラーケンが海の悪魔なら、シーサーペントは海の女王だな。縄張りを荒らされるのが何より嫌いで、気位が高い魔獣だ」

「そうか。情報に感謝する」


 秋生が礼を言って、銅貨を三枚握らせてやる。途端に男は相好を崩した。


「いいのか」

「ああ。海は初めてだからな。珍しい話は大歓迎だ」

「そうか。まぁ、長旅だ。よろしく頼むぜ」

「こちらこそ」


 笑顔で手を振り、三人でタラップに向かう。


「クラーケンって、タコだっけ?」

「イカじゃなかったか?」

「巨大タコか、ダイオウイカか。どちらにしろ、楽しみだな」


 そう、この世界の魔獣は美味い。

 肉食らしき魔物や魔獣でさえ、食用になるものは多く、魔素を多く蓄えた血肉は人にとっては最上級の御馳走だ。


「普通は大きく育ちすぎた野菜や果物は不味くなるものだけど、こっちの世界ではそんなことはないものね」

「そうだよなー。デカい鳥や鹿、イノシシの肉も美味かったもんな。ということは、デカいイカやタコは……」

「「すこぶる美味い」」


 夏希と秋生の発言がかぶってしまった。

 三人で視線を交わし合い、にんまりと笑う。


「さすがに海の上ではトーマ兄も討伐したことはないだろうし」

「なら、食わしてやるか。クラーケン」

「まだ出没するとも決まっていないのに、もう。でも、シーサーペントは狩りたいわね」


 大トロそっくりの肉を思い浮かべて、夏希がうっとりとため息を吐いている。


「私、大トロだけでタワーを築いた海鮮丼を食べてみたかったのよね……」

「おお。いいな、それ。究極の贅沢丼じゃん」

「それはトーマも喜びそうだ」


(クラーケンもトーマに送れば、きっと美味しいイカ焼きやたこ焼きにしてくれるだろう)


「船旅で英気を養いつつ、海で美味そうな魔獣狩りに挑戦しよう。運動不足解消にはちょうど良いだろう」

「賛成! さすがに、ずっと拠点にこもりきりじゃ、体に悪そうだもんね」

「そうだな。朝晩は甲板で走り込み必須だな」


 スポーツエリートである三人にとって、朝練やストレッチは日々の日課に等しい。


 こっそりと物騒な漁の話を楽しんでいるうちに、自分たちの番となる。

 船員らしき男が、タラップの前で三人に問い掛けてきた。


「チケットを拝見」

「どうぞ。こちらはギルド長からの紹介状です」

「……おお! 護衛役の上級冒険者か。此度の船旅では世話になる。部屋への案内をさせよう」


 男が目配せをすると、控えていた少年が駆け寄ってきた。


「ご案内します! お荷物は……」

「ああ。収納スキル持ちなので、気にしないで」


 夏希がさらりと断ると、少年は驚いていた。

 そういえば、収納はレアスキルだったか。

 気を取り直した少年が、こちらです、と部屋へと案内してくれた。



◆◇◆



 案内された部屋は四人用の大部屋だ。

 二段ベッドが二組置かれており、窓際には小さいながらもテーブルと椅子がある。

 大部屋と言われたが、三人にとってはかなり狭い。


「食堂は下の階になります。一等客室用の食堂と、二等、三等客室用の食堂と分かれていますので気を付けてください」


 案内役の少年の説明に、春人が首を傾げた。


「ちなみに、この部屋は?」

「こちらは二等客室です」

「そうなんだ……」


 粗末な内装から、てっきり三等客室かと思っていたようだ。


「ここで二等なら、三等客室って……」

「あー…。一番下の階の大広間に雑魚寝のお客さまですね。銀貨一枚でハンモックが貸し出されます」

「ハンモックか。揺れそうだな……」

「慣れると楽ですよ? ベッドだと、大きな波で揺れた時に落ちそうになりますし」

「そうか……」


 少年にも銀貨を一枚、チップとして渡してやる。手渡されたコインを、少年は呆然と見下ろした。


「こんなに?」

「ああ。また何か世話になるかもしれないからな。よろしく」

「はい!」


 良い笑顔で去っていく。

 ひととおりの船の設備について教われたので、満足だ。

 食堂ではスープとパン、別料金で肉や魚料理が食べられるらしい。もちろん、風呂はない。

 トイレに至っては、部屋にバケツが置かれており、使用後はそのまま海に流すらしい。


「うん、無理。さっさと『ホーム』を出そうぜ」

「そうだな。ハル、部屋の中の物を片付けてくれ」

「了解!」


 二段ベッドにテーブルセットを【アイテムボックス】に収納する。

 家具が無くなると、埃や汚れが目立ったので、夏希は部屋中を浄化魔法クリーンで綺麗にしていった。

 何も無くなると、それなりに広く感じる。

 目測で確認したが、これだけのスペースがあれば充分だろう。

 魔道具である『携帯用ミニハウス』を部屋に設置する。


「……っと。これを忘れたらダメだったわね」


 夏希は【アイテムボックス】から取り出した、こちらも魔道具の呼び出しベルを船室の扉に据え付ける。

 これで、何かあった時に『携帯用ミニハウス』にこもっていても、外からの呼び出しに応えることが出来るのだ。


 もうすっかり馴染んだ我が家に足を踏み入れて、リビングのソファに腰掛ける。

 春人などは、さっそく【アイテムボックス】から取り出したポテトチップスを食べていた。


「食堂、どうする? 一応、覗いてみるか?」

「私はパス。ただでさえ微妙な料理ばかりの世界で、限られた食材しか使えない海の上の食堂でしょう?」

「俺も遠慮しておく。船上で腹を壊したくない」

「……おう、そーだな」


 船旅では水を飲むのも命がけだ。

 水魔法が使える魔法使いは、船の上では重宝されるらしい。水は腐りやすいので、エールが好まれているとか。


「食堂は俺もパスしとくわ……。それはそれとして、せっかくだから、船内を探検しようぜ」


 春人の誘いに、二人は素直に頷いた。

 部活の関係で何度かフェリーには乗ったことがあるが、異世界の船旅は初めてなのだ。


「そうね。出航するところも見てみたい」

「何かあった時のために、船内を確認しておくのは良いな。それと、船員にも挨拶をしておきたい」


 魔道具の家は結界付きなため、そのまま部屋を出ることにした。

 まだ出航はしていないが、海の上なので、ゆらゆらと揺れている。体幹を鍛えている三人なので、特に気にせず狭い階段を上がっていく。

 甲板では何人かの船客の姿があった。

 一等客室の住人らしき、着飾った集団と護衛らしき冒険者が何人か。

 あとは忙しなく、船員が行き交っている。


「良い天気で良かったね」

「だな。風が気持ち良い。しばらく、ここで海を眺めていたいな」

「同感」


 手すりに寄りかかって、港や海を眺める。

 この世界に転移させられて、こんなに穏やかな気持ちで過ごすのは、初めてかもしれない。

 賑やかなざわめきと、海鳥の鳴き声。

 寄せては返す波の音な心地良くて、目を閉じてのんびりとした時間を楽しむ。


 と、鐘の音が鳴り響いた。

 出航の時間だ。

 帆が張られ、風を受けて船が海上を滑り出す。


「楽しい船旅の始まりね」


 潮風に晒される長い黒髪を押さえて、夏希が悪戯っぽく笑った。



◆◆◆


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