第149話 白銀色のカラス


 シェラがいた場所には、先程まで彼女が身に纏っていた服が落ちている。

 その服の中から、ひょこりと顔を出したのは白銀色の羽毛に包まれた賢そうな鳥だ。瞳の色はシェラと同じ、綺麗なアクアマリンカラー。

 白銀に輝く体毛はともかく、見た目はコクマルガラスによく似ている。

 カラスの中でも最小の種といわれており、前世に街中でよく見かけたハシブトガラスと比べても小柄で、随分と愛らしい。クチバシも短く、ふわふわの羽毛の触り心地が良さそうだ。

 そっと手を伸ばすと、服の中から這い出してきた白銀色の鳥が飛び乗ってくれた。

 近くで目にすると、想像していたよりもかなり小さい。鳩と同じくらいか、それよりも華奢な体格をしている。じっと見下ろしていると、気付いた鳥が小さく頭を傾けた。


「……シェラ、か?」

『そうです!』


 チュッ、と白銀のカラスが鳴くと同時に頭の中にシェラの声が響いた。


「……念話が使えるようになったんだな」

『⁉︎ 本当ですね! 良かったです! これで変化しても話せますねっ』


 チュチュッと忙しなく鳴きながら、嬉しそうに翼をばたつかせている。

 シマエナガよりも大きくはなったが、可愛らしさは相変わらずだ。

 

「レベルアップしたってことは、シマエナガの時よりも強くなっているのか?」

「うむ。以前の姿の時よりも飛ぶスピードも早くなっているはずだ。風魔法の威力も上がっているぞ。魔力量が一気に増えたからな」

「そりゃすごい。さすが、幻獣のヒヨコ」


 たまごからヒヨコへ進化したシェラは、早く己の力を試したいらしく、そわそわと落ち着きがない。


『飛んでみたいです!』

「だーめ。今は夜だから、見えないだろ?」

『むぅ。じゃあ、明日! 思い切り飛びたいです!』

「分かった、分かった。じゃあ、明日な。ダンジョンで力試しをしてみよう」

『やった! ありがとうございます、トーマさん! レイさまも!』

「気にするな。幻獣の成長を見守れるのも楽しいものだ」


 新しい姿を相当気に入ったのか、シェラは家中を楽しそうに飛び回っている。

 シマエナガ姿の時よりも動くスピードは速い。力を持て余しているように見えた。


「楽しそうで良かったけど、シマエナガ姿が見られなくなるのは寂しいな」


 ぽつりと呟くと、レイに聞き咎められた。


「見られるぞ?」

「え? 見られるのかっ?」

「ああ。進化しても、意識して変化すれば、以前の姿を取ることはできるはずだ」

「それは素晴らしい」


 今後、進化していったとしても、てのひらサイズのふわふわシマエナガ姿を愛でることができるのだ。素晴らしすぎる。

 シマエナガ姿もだが、コクマルガラスの小さくて凛々しい姿もまた眼福ものなので、今後も堪能できるのはありがたかった。


◆◇◆


 そうして、シェラが待ち望んだ翌日。

 アンハイムダンジョンの下層で、彼女は存分に空の旅を楽しんでいる。


「チャック!」


 甲高く、弾むような鳴き声。

 あれはコクマルガラスが空高く飛び上がり、仲間を旅に誘う声なのだとか。

 上昇気流を上手に捕まえて、高く舞い上がる姿は誇らしげだ。

 空に魔物がいる可能性もあるので、黄金竜のレイが小型化した姿で並んで飛んでくれているが、どちらも気持ち良さそうで少し羨ましい。


「こっちは徒歩だって忘れてないか、あいつら」


 この階層は平原フィールドのため、障害物を気にせず駆けられるのは良いが、追いつくのは大変だ。

 【身体強化】スキルと風魔法を併用して、魔力のゴリ押しで追い掛ける。

 いつものように肩に座ることは難しいらしく、コテツはフードに入って丸まっていた。

 落とさないで済むので、甘んじて受け入れる。たまに遠心力で首が絞まりそうになるが、そこは気力で我慢した。


 と、遠くから強い気配を感じた。

 慌てて顔を上げると、空を飛ぶ巨大な影がある。茶褐色の飛行恐竜もどきの姿を視界にとどめて、小さく舌打ちした。


「ワイバーンか……!」


 亜竜の一種、飛行する魔獣だ。

 チビドラゴン姿のレイを警戒しているようだが、小さなコクマルガラス姿のシェラを獲物認定したらしく。大きく羽ばたきながら襲い掛かった。


「シェラ……!」


 援護魔法を放とうとしたが、軌道上に移動したチビドラゴンに邪魔されてしまった。


「レイ!」

『大丈夫だ。そこで見ていろ』


 非難の眼差しを向けるが、レイはしれっとした様子でシェラを見守っている。


「チチチッ!」


 襲い掛かってこようとする巨大な影を見据えて、白銀色のカラスが警戒するように鳴いた。

 逃げるのかと思いきや、逆にワイバーンに向かって突進していく。

 それはまるで一陣の風のように真っ直ぐ軌跡を描いて、そしてワイバーンの腹を突き破った。


「……は?」

『うむ、見事だ。シェラよ。新しい魔法を試してみたのだな』


 満足そうに頷いているレイ。


「……新しい魔法?」

『ウィンドランスだな。その身に風を纏い、槍のように敵の身を貫く。小さな体なのに随分と勇敢だ』

「えええ……」


 ちょっと蛮勇すぎませんかね。

 だが、当のシェラは対ワイバーン戦での単独勝利にはしゃぎまくっている。

 くるくると空を陽気に舞う姿に、毒気が抜かれてしまった。

 

「……うん。強くなったな、シェラ」


 落ちてきたワイバーンのドロップアイテムを拾っておく。魔石と肉、皮がドロップしたようだ。


「チュチュチュ!」


 上機嫌で飛んできたシェラが肩に止まった。

 フードから顔を出したコテツと鼻先でチュッ。挨拶を交わしている。


『トーマさん、トーマさん! やりましたよ! 私ひとりで、ワイバーンを討伐できました!』

「うん、良くやったな。あんなに体格差があったのに一撃で倒すなんて凄いぞ」


 チュピピ、と誇らしげに胸を張る白銀色のカラス。空気を含んで、もっふりと膨らんだ胸元がたまらない。

 指先でこちょこちょと撫でたくなるが、こんなナリでも十七歳の少女なのだ。

 

(セクハラ、だめ絶対)


 どうにか我慢して、代わりにコテツをモフっておく。ふかふかのお腹に顔を埋めると、何故だか「ふぅっ」とため息を吐かれてしまった。

 猫でもため息を吐くのか。

 仕方ないにゃ、という心の声が聞こえた気がしたが、気付かないフリをした。



◆◇◆



 ワイバーンを倒して自信を付けたシェラは鳥の姿に変化したまま、ダンジョン攻略を続けた。

 下層に近付くにつれて、魔獣や魔物の種類も多彩になってきたので、正直とても助かっている。

 空はシェラとレイに任せて、俺とコテツは陸にいる魔獣や魔物を倒しながら先に進んだ。

 

「次は七十階層か」


 順調にフィールドを踏破していくが、さすがに少し疲れてきた。朝から休みなく駆け抜けて、いつの間にか夕方に近い時間だった。

 弱々しい小鳥シマエナガから進化したシェラが張り切って先陣を切ったため、ランチのために軽く休憩を入れただけなのだ。

 劇的に魔力量が増えたとはいえ、シェラにも限界はある。


「ここからは明日にしよう」

『私、まだ行けます!』


 髪の毛を小さなクチバシで引っ張られるが、首を縦には振らなかった。


「ダメだ。俺が疲れたの。コテツも腹がへったって」

『うぅ……そういえば、私もお腹が空いたかもしれません……』

「昼にカツサンドを食べただけだからな。家で美味い飯を食おう」

『はぁい……』


 ちなみに本日のランチは、昨夜揚げたハイオークカツを使ったカツサンドだ。

 キャベツの千切りにハイオークカツをサンドしただけの、シンプルなランチだが、これがまたすこぶる美味かった。

 少し甘めのトンカツソースとの相性も最高で、ぺろりと平らげた。


『今夜はワイバーン肉が食いたいぞ』


 帰って飯、と聞き付けたチビドラゴンが舞い降りてきた。

 フードの中には猫の妖精ケット・シー、右肩には白銀のカラス、左肩にチビドラゴンというモフモフすべすべ天国状態だ。


「…………」


 とりあえず、無言で自撮りをしておいた。

 後で皆に自慢します。

 


◆◆◆


猫の日ですね!

すべてのニャンコが幸せでありますように🐾


◆◆◆

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