第148話 幻獣のヒナ?


 ハイオークの集落を潰し、キング種の討伐にも成功した。

 今日のところは充分な稼ぎを得ることができたので、鼻歌混じりにダンジョンから帰還する。

 使えそうな魔道具と肉はしっかりと確保して、その他のドロップアイテムはギルドへの買取とポイント交換に回した。

 肉はポイント交換率的にはあまり美味しくはなかったので、ギルドで売り払う。

 魔石や魔道具に関しては、高ポイントに変換できるので、迷いなく【アイテムボックス】に送っておく。


 ハイオークキングの肉はギルドの買取り担当スタッフに喜ばれた。

 ダンジョンを中心に栄えた街なので、肉はいくらでも売れる。

 オーク肉は冒険者に人気だ。

 ハイオーク肉ともなれば、懐の温かい冒険者たちが大喜びで注文する高級品だ。


「稼ぎたい上級冒険者たちは、肉は荷物になるから、あまり持って帰らないんです」


 ギルドのスタッフがため息まじりに教えてくれた。

 肉よりも魔石や魔道具、高く売れる素材を優先して持ち帰るのだ。

 マジックバッグや収納スキル持ちなら、肉も持って帰ることが可能だが、あいにくどちらもレアアイテム、レアスキル。


「また、いつでも売りにきてくださいねー!」

「あー……そうだな。余裕があれば」


 ボアやディア、オーク肉あたりなら喜んで放出するが、美味い肉を売り払うと、シェラとコテツに恨まれてしまう。


「拗ねるなって。まだ半分以上、ハイオーク肉はあるだろ?」


 上位種のハイオークに、今回はハイオークキングの肉まであるのだ。

 そっちはとっておきの時用に置いておくとして、今夜はハイオーク肉料理を作ることにしよう。



◆◇◆



 無難にステーキにしても良いのだが、今夜はカレー気分。カレーが食いたい。バラ肉をブロック状にカットした、ポークカレーを作ろう。

 多分、大量に食べるだろう連中のために、一番大きな寸胴鍋でカレーを作ることにした。

 まずは、土鍋で米を炊いておく。

 暇そうな二人を捕まえて、野菜の皮剥きを厳命する。百均で買ったピーラーを渡して、使い方を教えてやれば、簡単だ。

 ジャガイモとニンジンの皮を剥いてもらう。

 その間にハイオークのバラ肉を一口サイズのブロックにカットして、火を通しておく。

 皮を剥いた野菜を切り、寸胴鍋で軽く炒めていく。ニンジン、ジャガイモ、スライスしたニンニクと玉ねぎの順に投入!

 ある程度、火が通ったら、水を足してじっくりと煮込んでいく。


「シェラはアク取り係な。レイはこっちを手伝って」

「ほう、これはもしや……」

「ん、カツを作る。今夜はカツカレーだ」

「素晴らしい」


 ちなみに猫の妖精ケット・シーのコテツはリビングのソファでぐっすり眠っている。

 子猫だからね。ダンジョンで魔法をぶっ放して疲れてしまったのだ。

 猫の手も借りたいほどには忙しくないので、そのまま寝ていてもらう。



 ハイオークの肉の塊を切り分けていく。

 今回使うのは肩ロースだ。

 首から背にかけての赤身部分で、脂肪がうっすらと霜降り状になっており、旨味が凝縮されている部位だ。

 ロースやヒレ部分と迷ったが、柔らかくてコクがある希少で贅沢な部位をカツにして食べたい欲が勝った。

 二センチの厚さに切り分けていると、背後から「足りぬ」「薄い」「もっとだ」「もっと分厚く切れ」と指示を出してくる輩がいる。


「うるさいぞ、レイ」

「む、すまない。だが、どうせ食うなら分厚い方が満たされるのではないか?」

「あんまり厚くすると、火が通りにくいだろ。牛肉ならともかく、豚肉で生焼けは怖いからダメ」

「むぅぅぅ……」

「二センチは分厚い方なんだぞ? 足りなかったら、おかわりすれば良い」

「! おかわり、しても良いのだな?」

「いいぞ。それを見越して、大量にハイオークカツを揚げていくから、手伝えよ」

「任せろ」


 どれだけ、ハイオークカツが楽しみなのか。

 黄金竜のレイはその美貌をキリッと引き締めて、真剣な表情で肉に塩胡椒をはたいている。

 筋切りは肉をカットしたついでに終わらせてあるので、塩胡椒で下味を付けた肉に薄力粉をまぶし、溶き卵をくぐらせ、パン粉を丁寧にまぶすように教えてやった。


「あとは、この熱した油で揚げるだけ」


 菜箸の先端を突っ込むと、ジュワッと軽快な音が弾ける。うん、ちょうど良さそうだ。

 パン粉まみれの肉をそっと油に投入する。


「二度揚げするから、最初は少し低めの温度で、次は温度を上げた油で二分くらい揚げる。こんがりキツネ色に色付いたら良し」


 さくさくの食感を楽しみたいので、面倒だけど二度揚げに挑戦する。

 今回は二人が手伝ってくれている分、早く終わりそうだ。

 

 手際良くハイオークカツを揚げていき、アクをすくった鍋にはカレーのルーを投入した。

 カレーの方はとろ火で煮込む作業を引き続きシェラにお願いする。

 お玉をくるくる回しながら、鍋が焦げ付かないようにする見張り役だ。


 米が炊けたところで、土鍋をもう一つ火にかける。

 だって、今夜はポークカレー。しかも、ハイオークカツを添えた、カツカレーなのだ。

 おかわりが何度繰り返されることか、全く想像が付かない。

 寸胴鍋に作ったカレー。大量に揚げたカツ。

 ならば、米もきっとたくさん食べることだろう。


「……土鍋、三回転くらいいきそうだな…」


 ちょっと怖い。もしかして、メニュー選びをミスっただろうか。


「でも、俺が食いたかったんだよなー。カツカレー」


 昨日はマグロそっくりの、大トロをしこたま味わったのだ。今日はガッツリと肉が食べたい。あと、カレー。


「揚がったぞ、トーマ」


 ハイオークカツの山が三つ築き上げられたところで、揚げ物は終了。艶々のご飯も土鍋二つ分ある。


「カレーもいい感じですよ、トーマさん。玉ねぎがとろっとろです!」

「おう、二人ともありがとう。じゃあ、食うか!」


 大皿に白飯をよそい、たっぷりとカレーをかける。食べやすいように切り分けたカツをその上に置くと、ハイオークカツカレーの完成だ。


「ニャッ」

「お、匂いに釣られて起きたのか」


 お腹を空かせた、可愛い子猫が必死の形相で足にしがみついてくる。


「ちゃんとお前の分もあるから落ち着け」

「そうだぞ、コテツ。おとなしく、テーブルに着け」


 ひょいっと首の後ろを掴まれ、持ち上げられるコテツ。慎重にてのひらに乗せると、レイは自分の隣の席に子猫をそっと座らせてやる。

 良い子には、カレーを大盛りにしてやろう。


「んんん……ッ! 今日のカレーも凄まじくお腹の虫を騒がせる、良い匂いがします!」

「うん、すぐ食おうな。女子が出していい音じゃない」


 シェラだけでなく、その場にいる全員が腹を鳴らしていた。

 ハイオーク肉を使ったカレー、ハイオーク肉のカツ。どちらも暴力的なまでに魅惑の香りを放っているのだ。手を合わせるのも、もどかしい。


「どうぞ、好きなだけ食え」

「いただきます!」


 スプーンを握り締め、笑顔でカレーに没頭した。



◆◇◆



「美味かった……」

「もう入らないです……しあわせ……」

「ふみゃあ~……」


 見事に床に転がる二人と一匹が、そこにいた。

 俺? 俺はセーブしていたので問題ない。それでもカツカレーは三皿食った。

 ハイオークの上位種の肉はとびきり美味い。


(これはキングの味が楽しみだな)


 それにしても、まさか寸胴鍋が空になるとは思わなかった。土鍋二個も完食だ。

 さすがにカツは残ったので、これは明日のランチに回そうと思う。


「デザートのアイスが欲しいひとー」

「欲しいですっ!」

「私も貰おうか」

「にゃー!」


 半分冗談のつもりで口にしたのだが、全員挙手していた。マジか。コテツ、お前も?

 せめて、シャーベット系のさっぱり風味のアイスを出してやることにした。


「んふふ。美味しいです。ソーダ味、最高ですね」

「私はコーラ味も良いと思うぞ」

「んにゃにゃっ」


 コテツはミルク味推しらしい。

 夕食の片付けを終え、のんびりとソファに座ってポイントの確認をしていると、ふいにレイが首を傾げた。


「シェラ、どうやら進化できるようだぞ?」

「え、と……? 進化、とは」


 戸惑うシェラを、じっと見詰めるレイ。


「ハイオークの集落を殲滅して、レベルが上がったからだろう。幻獣のたまごから、ヒナに孵るようなものか」


 たまごから、ピョッと黄色いふわふわのひよこが生まれる光景が脳裏をよぎった。

 それは見たいかもしれない。

 期待に満ちた眼差しを向けられて、シェラが困惑する。

 オロオロする少女を見かねてか、レイがそっとその肩を引き寄せた。


「手伝ってやろう。じっとしていろ」

「あ……」


 瞳を閉じたシェラの額に、レイの人差し指が触れる。黄金色のオーラに二人が包まれ、シェラの華奢な肩が震えた。

 小さく悲鳴を上げた少女の輪郭が眩い光に包まれて、溶けていく。


「シェラ……!」


 慌てて手を伸ばそうとすると、レイに阻まれた。


「大丈夫だ。幻獣に変化している」


 そうして、黄金の光が収まった後には、シマエナガよりも大きな一羽の鳥がそこにいた。



◆◆◆


更新が遅くなりました。

ギフト、ありがとうございます!


◆◆◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る