第90話 猫科獣人の集落


「オーガスト! メイ! どこに行っていたんだい、あんた達!」


 大森林内で出会った、第一異世界人。

 黒豹族の獣人の小さな兄妹に案内された集落は、二十世帯ほどの小さな村だった。

 母親らしき黒髪の女性がオーガストの頭をこつんと叩いている。


「心配させるんじゃないよ! 成人前の子供だけでは村の外に出たらダメだろう!」

「っ、だってもう薬草が無くなっていたから……」


 丸っこい獣耳をぺたりと寝かせて言い募るオーガストの様子を見かねて、つい口を挟んでしまう。


「お母さん、そのくらいで。オーガストも反省しているみたいだし」

「そういや、アンタは……」

「俺は旅の行商人、トーマ。森の中で偶然、オーガストたちに会ってここまで案内してもらったんだ」


 ブラックウルフに襲われていたことを教えたら、オーガストたちに雷が落ちそうなので、三人だけの秘密にしてある。

 怖い思いをしたので、もう子供たちだけでは森歩きをしなくなるだろうし、二人とも反省しているのだから、それで良い。


(薬草を探していた理由も母親のためみたいだしな)


 ちらり、と一瞥した黒豹族の女性は片足に布を巻いてあった。

 包帯代わりの布はお世辞にも綺麗とは言い難い。薬草らしき葉を傷付いた箇所に貼り付けて布で縛っているだけの処置に、眉を寄せそうになる。


「行商人の、ハーフエルフかい? 村じゃ品不足だから歓迎するよ」

「それは良かった。では、商いをしても?」

「もちろん。良いだろう? 村長」

「むしろ、こちらから頼みたいくらいだよ。よろしく」


 木造の小屋から、ちらほらと人の気配がする。

 行商人と聞いて嬉しそうに家から出てくるのは獣人ばかりだった。

 村長と呼ばれた老齢の男性も立派な獣耳がある。黒豹族のそれと良く似た、丸っこい耳だ。

 その白髪と同じような色の耳である。


(なんの種族だろう?)


 耳だけでは判断がつかない。特徴的な尻尾を確認して、村長が獅子族だとようやく知った。

 黒豹と獅子が共存しているのか。

 次々と現れる獣人たちも、こっそり鑑定したところ、虎やジャガー、チーターのような珍しい種族もいた。


(ここは猫科の獣人の集落なのか!)


 獣人は同種族で群を作るものだと思い込んでいたので、新鮮な驚きだ。


「村の奥に広場がある。そこで商品を広げると良い」

「ありがとうございます、村長」

「俺が案内するよ!」

「メイも!」

「もう、アンタたちは……」

「良い子たちですね。貴方の怪我を心配して、薬草を探しに森に入ったみたいですし」

「ああ……。ちょっとドジっちまってね。ブラックベアにやられたんだ」


 布を巻いた足を見下ろして、苦笑している。

 傷跡は深く、範囲も広い。クマの魔獣の爪でやられたのだろう。


「お礼が遅れたね。あの子たちを連れて来てくれてありがとう。私はジューン。よろしくね、トーマ」

「こちらこそ。俺もオーガスト達に道案内して貰ったからお礼がしたいな。ジューンさん、良ければ怪我を見せてください」

「怪我を? いいけど……」

「これでもエルフなんで、魔法はそれなりに得意なんですよ」


 戸惑うジューンの足から布を取り、傷痕を確認する。

 大森林内の集落にはポーションのような治療薬がなかったのだろう。

 きちんと消毒もしていなかったのか、膿んで嫌な匂いを放っていた。治癒魔法を使う前に念入りに浄化して、ヒールを唱える。

 初級の治癒魔法を使ったのは、黄金竜のレイに忠告されたからだ。


『上級魔法をほいほい使っていると、すぐにハイエルフとバレるぞ。普通のエルフのフリをしたいなら、人前では初級魔法だけを使え』


 上級の治癒魔法が使えるような存在だと知られると、集落や街で引き止められる可能性が高いらしい。ひどい地域だと、領主に売りつけようとする輩がいるのだと聞いた。


(冗談じゃない。せっかくの異世界放浪旅なんだから、自由でいたい)


 ジューンにもハーフエルフと勘違いされたし、ここではエルフと人の混血としてやり過ごそう。


「治癒魔法……! 初めて見たよ……」

「ほう。さすがエルフの血を引くだけあって、魔法が得意なんじゃな」


 あっという間に怪我が治ったジューンは呆然と傷痕ひとつない己の足を見下ろしている。

 村長はさすがに落ち着いた様子で、興味深そうにこちらを見つめてきた。


「まぁ、俺は半分なので。あんまり魔力量は多くないんですよ。今日のこれで精一杯です」


 しれっと笑顔で牽制しておく。

 無能だから、引き止めないでくださいよ?

 謙遜しつつの予防線に気付いたのか、どうか。

 村長は笑顔で礼を言ってきた。


「いやいや、ジューンを治してくれて感謝しておるよ。ありがとう」

「本当にありがとう! この怪我のせいで、ずっと狩りに出られなかったんだ」


 強い力で手を握られて、ジューンに感謝される。女性とは言え、獣人だけあって、かなり力が強い。

 オーガストとメイも大喜びで飛びついてくるから、肩に乗っていたコテツが驚いている。


「これでもう薬草を探さなくて済むな、オーガスト」

「うん。トーマ、ありがとな!」

「お礼は行商の手伝いでいいぞ?」

「おう! 手伝う!」


 小さくて可愛い売り子も手に入れたことだし、さぁ異世界行商人の初仕事だ。



◆◇◆



 この猫科獣人の集落には、働き盛りの年頃の男性がいない。女子供と老人ばかりが小さな家で寄り添って暮らしている。

 男の獣人は成人すると、大森林の外へ出稼ぎに行くのだと言う。

 冒険者になり、ダンジョンに潜って稼いでくるため、集落自体はそれなりに裕福らしい。


「ただ、仕送りの金はあっても、買う物がなくてねぇ」

「こんな僻地まで、なかなか行商人は来てくれないから」

「だから、トーマが来てくれて助かったよ。塩が心許なくてね」


 妙齢の女性獣人たちが口々に感謝の言葉を述べてくれる。

 月に一度、行商が来れば良い方で、二ヶ月、三ヶ月に一度の来訪になることもあるらしい。


「それは厳しいな。食料は足りているんですか?」

「幸い、大森林は豊かだからね。魔獣を狩れば肉は手に入るし、野草や木の実、キノコもたくさんある」

「ただ、塩だけは手に入らなくてね」

「布や糸も足りないよ」

「儂は酒があれば嬉しいの」


 奥様連中のリクエストを聞き出して、売りに出す品物を決めていく。

 酒を欲しがるのは爺さん連中。日本製のビールや酎ハイを渡すわけにはいかないので、これも少し考えよう。


「では、品物を準備しますね」


 広場の中央で【アイテムボックス】からテーブルを取り出した。

 大型家具店のテナントから召喚交換した大きめのテーブルだ。それを三台並べて、販売用のスペースを確保する。

 地面に敷物を敷いてフリマスタイルにしても良かったけど、高さがあった方が品定めしやすいはず。


 まずは、奥様連中が待望の塩。コンビニで購入した1キロ入りの塩を麻布袋に詰めた物をテーブルに並べていく。奥様方の歓声がすごい。

 次は百円ショップで購入した300グラムの砂糖。こちらも麻布袋に詰めてある。獣人の鋭い嗅覚で、袋の中身を知った奥様方の目が輝いていた。

 うん、森の中じゃ甘味はなかなか手に入りにくいもんね。

 次は需要が謎だが、胡椒も少しだけ並べてみた。こちらは小さなガラス瓶に詰め替えてある。

 異世界に不燃ゴミを増やしたくないので、容器は全て百円ショップで購入した袋や瓶、木箱に入れ替えてあった。


「あとは、蜂蜜。ジャムも王宮で人気って聞いたから少し出しておくか。針と糸も必需品だよな。あとは布!」


 ジューンが包帯がわりに使っていたボロボロの布には戦慄した。

 潔癖症のアキでなくとも、あれは無理。

 なので、清潔な布を用意する。

 とは言え、こちらも百円ショップの品なので、それほど質は良くないのだが。


「すごい! なんて綺麗な布なの。端切れしかないのは残念ね」

「糸と針も綺麗よ。糸に色がついているわ!」


 意外と食い付きが良かった。

 ガーゼハンカチや、無地のタオル、無地の布など百円ショップで仕入れた品を次々と並べていく。


「おっと。包帯も忘れずに出しておこう」


 ポーションや薬が心許ないみたいだし、救急セットなどを出したいが、絆創膏や消毒剤はさすがに出しにくい。

 なので、包帯やガーゼ、ピンセットをテーブルに並べておいた。

 これまで、見たことのない品揃えに村人たちの顔が喜色に満ちている。


「こんなに真っ白で、砂が混じっていない塩は初めて見るわ! 二つ頂戴!」

「それを言うなら、砂糖よ! 白い砂糖なんて初めて見るわ。三袋買わせて!」

「儂は胡椒を買うかの。これを使えば肉がさらに旨くなるんだ」


 凄い勢いで商品が売れていく。

 必需品の調味料の売れ行きが一番良いが、裁縫道具も人気だ。

 値付けは、創造神から貰った魔法書で検索しながら決めてみた。


「塩と砂糖は銀貨一枚。針や糸はそれぞれ鉄貨五枚だ。タオル、…この分厚い布は銅貨一枚」


 最寄りの国の貨幣での支払いをお願いしてある。大体、日本円換算で金貨が十万円、銀貨が一万円、銅貨が千円で鉄貨が百円と考えての値段だ。

 ぼったくり金額に近いが、これでも他の行商人と比べたら破格らしい。


「全部買うわ!」

「蜂蜜とジャムが欲しいよ、お母さん!」

「わわっ、落ち着いて! 在庫はまだあるから!」


 娯楽の少ない集落では、物珍しく質の良い物を売る行商は大人気で並べた商品はあっという間に完売した。

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