第88話 空の旅
「うっわ……! すげぇ! 壮観!」
「ニャー!」
足元に広がる絶景に、思わず歓声を上げてしまう。ジャケットの中に潜り込んでいたコテツも目を輝かせながら、初めて見る光景に夢中になっている。落としてしまうと危いので、コテツは顔だけぴょこりと覗かせるスタイルだ。
何せ、今俺たちがいるのは、大森林の真上を飛ぶ黄金竜の背中なのだから。
◆◇◆
異変がないか、大陸の見回りをするついでに、黄金竜のレイが最寄りの集落まで連れて行ってくれることになった。
異世界に転生してからしばらくは、召喚勇者の弱点として狙われることを恐れて、大森林で引きこもっていたけれど。
レベルが100を越えた段階で、考えは変わってきた。
(勇者や英雄と呼ばれる規格外の存在を除けば、ハイエルフで高レベルの俺って、相当強いのでは?)
少なくとも、魔の山周辺に出没する魔獣や魔物、ダンジョンモンスターよりも、人間の方が確実に弱いだろう。
たとえ大勢に囲まれたとしても、中級魔法をぶっ放せば、余裕で倒せるはず。
目眩しに水魔法と風魔法を使った濃い霧でも発生させれば、逃走も容易。
(街中では得意のパルクールで逃げられるだろうし、森の中ならエルフ補正で逃足もさらに早くなる。なんなら、闇魔法で撹乱も出来るし。……うん、俺が人を恐れる理由は全くないよな?)
盗賊や、それこそ従弟たちを召喚したシラン国の連中などには注意を払うべきだが。
(んー、でも盗賊よりはダンジョン内で倒したワイバーンの群れの方が脅威だよな?)
空中から風魔法で攻撃してくる厄介な亜竜よりも、少なくとも地上でしか襲って来られない盗賊の方が余裕で倒せるのでは。
それに、魔の山ダンジョンで手に入れたドロップアイテムの一つ、アクセサリー形式の魔道具。
鑑定すると、
魔力はそれなりに必要だが、作動させると半日は効果が続く、優れ物の指輪。
(この指輪の魔道具を使えば、野営時も安心安全じゃないか?)
つらつらと考えた上での、結論。
半月以上はかかった道のりも、ドラゴンの翼ならばひとっ飛びで移動できるのならば、是非とも甘えさせて貰おう!
気の良いドラゴンは帰り道で、拾ってくれるらしい。大陸中の見回りなので、少なくとも半月ほどは時間が掛かるそうなのだが、観光するにはちょうど良かった。
(フロアボスだったミノタウロスからドロップした通信用の手鏡があれば連絡が取れるし。レイがくれた黄金竜の鱗があれば、GPSの代わりになるみたいだしな)
これはもう、何処かの神が「YOU人里に行ってみちゃいなよ?」と背中を押しているに違いない。
誰かの思惑に乗るのは気に食わないが、いい加減、引きこもり生活にも飽きてきていたので、思い切ってレイの背に乗せてもらったのだった。
「一番近い集落って、シラン国じゃないよな?」
念のため、それだけは確認しなくては。
『うむ。シラン国ではないぞ。トーマの事情は聞いているからな。反対方向を目指している。大森林の端っこの、浅い場所にある集落だ』
「そっか。それは助かる。ありがとな、レイ」
『そこから更に西を目指せば、海に出られるぞ。新鮮な魚介類が食いたいと騒いでおったからな。どうせなら、海まで観光に出向けば良い』
「海っ? マジか。めちゃくちゃ気分が上がるな! コテツ、腹いっぱい刺身が食えるぞ!」
「ごあーん!」
嬉しいサプライズに、気分は上々だ。
さすがレイ、最高っ! と囃し立て過ぎたのか、調子に乗った黄金竜がどんどん上空に飛んでいき、もうちょっとで凍りつくところだった。
吹き付けてくる強風は【風魔法】の障壁で無効化していたが、寒さばかりはどうにもならない。
一応、着ている服には創造神の祝福により、耐寒機能付きだが、頭部は無防備なのだ。
『すまぬ。生き物を背に乗せるのは初めてだから、加減が分からなかった……』
「普通の人間よりかはちょっとばかり丈夫みたいだけど。ドラゴンと比べたら、俺らは虚弱体質だから! すぐ死んじゃうから!」
念を押して、ゆっくりと慎重に飛んでもらうことになった。
おかげで優雅な空の旅を満喫できている。
「パラグライダーやスカイダイビングで遊んだことはあるけど、ドラゴンに乗る方が断然スリリングで楽しいな」
「にゃん」
カンガルースタイルで空の旅を楽しむコテツが律儀に相槌を打ってくれる。
久々の空を満喫するレイも楽しそうだ。
たまに無謀な空の魔物がこちらを攻撃してくるが、その長く優美な尾を一振りするだけで弾けて消えていた。一瞥することもなくの、瞬殺だ。
さすが、最強の神獣。
ただでさえ強いのに、空では無敵だ。
たまに休憩を取りながら空の旅を三時間ほど過ごして、ようやく目的地に辿り着いた。
目指す集落のだいぶ手前にそっと降ろしてもらう。流石にドラゴンがすぐ近くに降り立ったらパニックになると思い、離れた場所に降ろしてもらったのだ。
「レイ、ありがとう。お前の翼で三時間かかる場所だと、俺の足じゃ1ヶ月以上かかるところだった」
『ついでだからな。半月後に迎えに来るつもりだが、移動するなら手鏡で先に連絡をくれ』
「ん、あれな。なんちゃってスマホ。了解」
そっと背伸びして、ドラゴンの顎のあたりを撫でてやる。気持ち良さそうに目を閉じる様は、まるで猫のよう。
服の中に潜り込んで眠っていたコテツがようやく這い出してきて、身軽くドラゴンによじ登っていく。気付いたドラゴンが顔を寄せると、その鼻先にチョン、と鼻をくっつけて挨拶を交わしている。
かわいいが二匹になった。
もちろんシャッターチャンスを逃すことなく、きっちりと撮影済みである。
後で猫好きなアキに画像を送ってやろう。
『……うむ。コテツも気を付けるのだぞ。魔物はもちろんだが、人に捕まらぬようにな』
「なーぅ」
名残惜しいが、巨体のドラゴンはとても目立つ。集落の住民に気付かれない内に、としばしのお別れだ。
あれほどの巨体であるのに、音も無く空へ舞うドラゴンの姿はとても美しい。ぐん、と雲の上まで舞い上がり、姿を隠しながら移動していく。
その姿が見えなくなるまで見送ると、詰めていた息をそっと吐き出した。
「じゃあ、俺たちも行くか」
「にゃっ」
「今度こそ、第一異世界人に出会えるんだもんな。楽しみだ」
すっかり不精を覚えたコテツが肩に飛び乗りってくる。甘えん坊め、と額を指先でぐりぐりと撫でながら、歩いて行く。
魔の山が見えないほどに遠い場所。
大陸には大きな国が四つあり、その周辺に小国が幾つもあるのだと聞いた。
目指す集落はさらに小さな種族の集まりで、どこの国にも所属していないらしい。
「さて、どんな種族が暮らしているのかな? 友好的な一族ならありがたいんだけど」
警戒されたくはないので、ここは旅の商人エルフの振りをしよう。
一応、【アイテムボックス】には、行商セットを用意しているので、物々交換をするのも楽しいかもしれない。
大森林の浅い場所には、弱い魔獣としか遭遇しないため、のんびりと歩いて行く。
【気配察知】スキルで念のため、周辺の索敵はしているが、ゴブリンやウルフ、ディアにボアの気配しかない。
少し遠くにクマの魔獣の気配はするが、魔の山ダンジョンで鍛えられた一人と一匹にとっては、大した敵ではなかった。
そのため、鼻歌混じりに歩を進めていたのだが。
ハイエルフの鋭い聴覚が、誰かの悲鳴を拾ってしまった。
「っと、第一異世界人の危機か」
集落への良い手土産になりそうだ、と苦笑しつつも、悲鳴が聞こえた場所まで急いで向かうことにした。
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