第84話〈幕間〉夏希 5
「ちょっと距離が近すぎない⁉︎ だいたいドラゴンって何なのよ! 神獣? なら、とっとと自力で邪竜を倒しなさいよ!」
手にしたカップをつい粉砕してしまったが、怒りはなかなか治まらない。
元凶は目の前のスマホに送られてきた、能天気なメッセージだ。
異世界仕様のアプリには、従兄から報告を兼ねたメールや画像が毎日送られてくる。
大抵は美味しそうな食事や可愛がっている
特に本日送られてきた画像は、色違いのお揃いのスウェットを着た二人が顔を寄せて笑顔でピースサインをしたもので。
(私とは滅多に撮ってくれなかったのに! トーマ兄さんのバカぁ!)
近況報告を兼ねて、わざわざ送ってくれているのは分かる。分かりはするが、写真のチョイスが微妙に腹立つのだ。
従兄的には「ドラゴンだぞ、すごいよなー」くらいの軽い気持ちなのだろうけれど。
送られてきた側は「イチャイチャしてんじゃねーぞコラ」と叫びたくなるもので。
「落ち着け、ナツ。自撮りなんだから、顔が近くなるのは仕方ない。トーマの説明によると黄金竜は神々の戦いには関与できないようだが、俺たちと敵対するつもりはないようだ」
ため息まじりにアキが紅茶を入れ直してくれる。地面に散らばった陶器の破片は兄のハルが片付けてくれたようだ。
ダンジョン内のセーフティエリアは放置したゴミはそのままなので、きちんと持ち帰るのがマナーである。
ゆったりと深呼吸を繰り返すと、どうにか気持ちは落ち着いてきた。
「……ごめんなさい。つい、苛立ちが抑えきれなくなって。ハル兄も片付けてくれてありがとう」
「気にすんな。まぁ、気持ちは分かるよ。トーマ兄、俺らがすっげー心配してんのに、あーんな美人と仲良く同棲してるもんなー」
「…………びじんと、どうせい……」
「余計なことを言うな、馬鹿ハル! ナツ、あれはオスのドラゴンだ、落ち着け。美人とは言わん。単なるイケメンだ。あと、同棲じゃなくて同居な」
トーマの隣できょとんとした表情で写真に収まっている青年は、黄金竜だと言う。
ドラゴンから人の姿に変化しているようで、腰までの長さの金髪と紫色の瞳の持ち主でとんでもない美形だった。
すっかり人並み外れた美少年へと転生したハイエルフのトーマと並んでも遜色ない──むしろ、彼の方が霞んで見えるほどの玲瓏たる美貌の青年。
(そんなの、嫉妬しないでいられるわけがないじゃない……!)
艶やかな黒髪をポニーテールにした夏希は、日本では涼やかな美少女としてもてはやされていた。
凛とした立ち姿で弓を引く彼女にはファンが大勢いる。
スポーツエリートの伊達家で育ったため、きゅっと引き締まった肢体はしなやかで、健康的な美しさを誇っていた。
親も親戚も彼女のことを可愛がってくれた。
大好きな従兄である、トーマも。
(でも、トーマ兄さんは可愛がってくれたけど、適切な距離は絶対に崩さなかった。五つ年下の可愛い従妹としてしか見てくれなくて)
それでも、他の従弟妹たちよりは近しい位置にいたので、その立場にも甘んじていたのだ。
(私が大人の女になったら、きっと振り向いてくれるはず。だから、良い女になろうと努力してきたのに)
彼の好みのタイプは熟知している。
年上の、落ち着いた女性。可愛いめの女の子よりも美人なお姉さんが好き。頭が悪いのは論外。だけど、性格は優しく天然系が癒されるよな、と。
以前、ハルやアキとアパートに遊びに行った時に酔っ払って語っていた。
聞いた時には、どれだけ贅沢な男だとちょっと呆れたものだが、納得はした。
年下の親戚たちを可愛がり、よく面倒を見てくれていたのは、恋愛対象外だったからなのだ。
彼を慕う従妹たちが、こぞって相手にされなかったのも、さもありなん。
年上好きだったのならば、仕方がない。
自分に魅力がなかったわけではないのだと、そう理解できただけマシだった。
(年齢はどうにもならないけど、外見や性格なんかは頑張れば寄せられそうよね?)
初恋を諦めるのは嫌だった。
だから、私は努力することにしたのだ。
バカは論外とのことだったので、文武両道を目指した。お肌や髪の手入れも怠らない。
男嫌いはどうにもならなかったが、女子やお年寄り、小さな子供たちには優しく接するように気を付けた。
未成年のうちは仕方がない。
成人して、大人の女になってから、じっくりと彼と向き合う予定だったのだ。
それが、まさか
「トーマ兄さんを生き返らせて一緒に日本に帰るつもりで頑張っているのに、当の本人が人外美人とイチャつくってどういうこと? 猫は許した! 可愛いし! でも人型はダメでしょ⁉︎」
「いや、だから、アレはオスの竜……」
「アキは黙っていて」
「…………分かった」
ぎろりと睨むと、空気を読んだアキは大人しく口を閉じた。
「まぁ、ナツが危機感覚えるのも何となく分かるわー。この、レイってドラゴンはオスだけど、ドラゴン娘って男の夢だもんな。めちゃくちゃ強くて美人な嫁とか、最高」
スマホの画像をスライドしながら、ニヤニヤ眺める兄を冷ややかに一瞥する。
「どうせ人型に変化できるなら、女の人に変化してもらえば良いのにな、トーマ兄」
「こら、ハル。お前、そんなことを言ったらまた……」
「黙りなさい、バカ兄」
「あっハイ」
せっかくアキが入れ直してくれた紅茶入りのカップをふたたび握り潰してしまったナツがぼそりと呟くと、
(あのドラゴンが女性型に変化したら……ヤバいわ。トーマ兄さんの好みドストライクじゃないの!)
年上の綺麗なお姉さん。知識が豊富で好奇心旺盛、性質は温厚で器も大きいと聞いた。
そして、性格は天然系!
「……危険すぎる。ハル兄、アキ。とっととダンジョンを踏破して、次を目指すわよ。魔人が占拠した砦を取り返しましょう」
「お、おう」
「……そうだな」
現在、二つ目の上級ダンジョンの攻略途中。レベル上げと資金稼ぎを兼ねてだが、ダンジョンの最下層に魔人が潜んでいるという噂があった。
「ここに本当に魔人がいるなら、捕まえて内情を吐かせないといけないわね? 砦や魔人の国について有益な情報を持っているといいのだけど」
この、やり場のないモヤモヤとイライラは是非とも魔人にぶつけてやろう、と固く心に誓う。
「とにかく、なるべく早くトーマ兄さんと合流しないと。あんなに密着した写真を撮るくらいに人恋しくなっているんだもの。年上の綺麗なオンナと接触したら、うっかり惚れ込みそうで危険だわ!」
「そっちかよ……」
「まぁ、ナツがやる気になったのなら、良いんじゃないかな……たぶん」
こそこそと何やら囁きあう男二人をきっと睨み付ける。
「休憩も済んだことだし、進むわよ。……このダンジョンにはドラゴンはいるのかしら? ドラゴンの倒し方を研究したいから、出没してくれるとありがたいんだけど」
ぼそりとつぶやく。
うっかり耳にした男二人が青褪めながら震えているが、気にしない。
「ナ、ナツ……? 神獣は襲っちゃダメだぞ? お兄ちゃん、さすがにそれはダメだと思う……」
「そうだぞ、ナツ。せっかくトーマが餌付けして、俺たちのフォローを頑張ってくれているんだから……」
おそるおそる二人に諭された。
振り返って、笑顔を向ける。
「当たり前じゃない。そんなことしないわよ? …………メスのドラゴンがトーマ兄さんにイチャつかないかぎりは」
なぜか、ヒッと怯えた悲鳴が聞こえたが、スルーしてダンジョンの下層を目指す。
(とりあえずトーマ兄さんと再会したら、ペアルックとツーショット撮影は絶対にお願いするんだから!)
ささやかな望みを胸に、巨大な蛇のモンスターに突撃した。
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