第83話 働かざる者


「さすがにポイントがヤバい」


 黄金竜のレイを自宅に招いてから、三日。

 餌付けが目的なので、食事に手抜きはできない。

 さらに、知識欲が旺盛なドラゴンが求めるままに書物を召喚購入していたら、あっという間にポイントが減っていった。

 ポイントが1万を切った段階で、俺はかなりの危機感に駆られていた。


「そういうわけで、ちょっとダンジョンで稼いでくる」

「稼ぐ?」


 例のクッションに気持ち良さそうに埋もれて読書を楽しんでいたレイが不思議そうに首を傾げている。


「ああ。前に教えてやったろ? 俺の固有スキルの発動にはポイントが必要だって。そのポイントを手に入れるためには、魔獣や魔物の素材が必要なんだ」

「そう言えば、聞いていたな。おそらくは、召喚のための触媒なのだろうが……」


 いや、普通にネット通販なんですけどね。

 何やらもっともらしく頷くレイに、俺は現在のポイント残高を教えた。レイは端正な眉を顰める。


「……随分と少ないな?」

「そりゃあ、レイの希望するアレコレを購入していたからな」

「む。……それはすまない」


 ドラゴンにも睡眠は必要。

 レイから申告されて、さすがにクッションで眠らせるわけにもいかず、レイ専用のソファベッドを購入した。かなりの長身なので大きくて頑丈な物を選ぶと、それなりの値段がする。

 寝具三点も追加で購入し、ついでに下着類や部屋着もいくつか用意した。

 ゆったりとして着心地の良いルームウェアを気に入ったレイは、あの神々しいヒラヒラの衣装の代わりにスウェットを愛用している。

 それほど高価な品は買っていないが、地味に出費が重なっていた。


「まぁ、俺が誘ったお客さんだし、気にしないでいいぞ。でも、さすがにポイント残高が心許ないから、しばらくダンジョンにこもって稼いでくる。食い物は冷蔵庫とテーブルの上に置いておくから適当に食べといて。本はロフトにある分は勝手に読んでいいから」


 ひらりと手を振って、部屋着でだらけるドラゴンに留守番を頼んだところで、彼は慌ててクッションから起き上がった。


「待て。さすがに気にするぞ。私のために、そのポイントとやらをたくさん使ったのだろう? ならば、ダンジョンでの戦闘を私も手伝おう」


 生真面目な黄金竜らしい提案だった。

 だけど、俺には微妙な縛りがあるのだ。


「気持ちはありがたいんだけど、なぜかポイント変換は俺がこの手で採取した物や倒した魔獣の素材しか受け付けてくれないんだ」


 なので、レイが倒した獲物はポイントにならない。従弟たちから買い物の資金にわざわざ、こちらの通貨で支払ってもらったのも、それが理由だ。


「そうなのか……。ならば、私が少し手伝うのもダメなのだろうか」

「少し手伝う? 半殺しとか、そういう?」


 唐突な提案に唖然とする。

 それは、どうなのだろう?

 コテツは俺の従魔と見做されているようで、彼が倒した獲物はちゃんとポイント化が出来たが、共闘はどう言う扱いになるのだろうか。


「んー。コテツ以外と戦ったことがないから分からない……」

「なら、試してみようではないか。もしもダメだったとしても、宿代がわりに魔獣肉を進呈しよう。自分の食い扶持は自分で稼がないとな」

「おお。レイが人間っぽい」


 読み込んだ日本の書物に影響されたのだろうか。

 嬉しそうに破顔しながら「働かざる者、食うべからず、なのだろう?」などと胸を張っている。


「それに、私はこれでも神獣。幸運値も高いから、ダンジョンでのドロップ運はかなり良いはずだぞ?」

「マジか。よし、一緒に行こう!」


 ドロップ運が良いのは、ありがたい。

 どうせ肉は売らない予定だし、ポイント化出来なかったとしても、美味しいお肉が手に入るのならば無駄ではないだろう。

 宝箱を見つけたり、使える魔道具もドロップするかもしれないし。


「良し、行くか!」

「にゃっ」

「ダンジョンに入るのは久しぶりだ」


 そんなわけで、二人と一匹で臨時のパーティを組んでダンジョンに潜ることになった。



◆◇◆



 さすがは、ドラゴン。

 レイはとんでもなく強かった。


「ふむ。すこし、弱くなったのではないか?」


 深層のフロアボスを片手でつまみ上げて、まじまじと観察している。

 ちなみに、彼が軽く指先を振るうだけで弾き飛ばされてズタボロになったフロアボスは強敵(のはず)のミノタウロスだ。

 やたらと硬い鋼のような肉体とトロルなみの剛力を誇る魔物で、俺とコテツだけだと、かなり手こずる相手である。

 魔力耐性もあるので、初級魔法くらいならあっさりと突破されたので、中級魔法で時間を掛けてじわじわと攻撃してようやく倒したフロアボス。

 それを、ひょいっと片手を振っただけで半殺し状態にしてしまうレイに、コテツは恐怖を通り越して無の表情だ。

 心象風景に宇宙が広がっているように見える。

 かわいいが、何とも言えない微妙な表情。

 

(分かる。虚無になるよね。あんなに俺ら、苦労して倒したのに)


「トーマ? トドメを刺さないのか」

「あっハイじゃあ、お言葉に甘えて」


 片手で吊るされたミノタウロスはもはやピクリともしない。

 厄介な凶器、巨大な手斧も最初にレイに一発喰らった段階で遠くに弾け飛ばされていた。

 今ならば魔法で倒せそうだったが、せっかくなので魔道武器の短剣で頸を斬る。

 魔力を通すと切れ味が増す短剣はダンジョン内でドロップしたお宝のひとつだ。

 たっぷりと魔力を喰わせてやったので、撫でるように振るっただけで、ミノタウロスの牛頭はズルリと滑り、地面に落ちた。


「良し! レベルも上がった。ということは……」


 ミノタウロスの死骸が淡く光り、ドロップアイテムに変化する。

 両腕に抱えきれないほどの大きさの肉塊と真紅の魔石、巨大なツノなどが現れた。そして最後に手のひらサイズの宝箱もドロップする。


「良し、宝箱ゲット! さすが黄金竜、幸運値MAX!」


 ミノタウロスが使っていた巨大な手斧も消えていなかったので、こちらもありがたく回収する。


「レベルが上がったってことは、協力して倒してもOKってことだよな? なら、ドロップアイテムのポイント化も……」


 拾い上げた真紅の魔石をポイント化してみる。買取り可。二万ポイントが入った。


「やった! ポイントに出来たぞ!」

「おお、そうか。良かったな」


 ミノタウロスの肉はおそるおそる鑑定してみたが、食用可で美味とあったので【アイテムボックス】に回収した。

 ツノや手斧は不要なので、こちらも売り払う。


「さて。宝箱の中身は……宝飾品か」


 鮮やかに煌めくルビーの指輪だ。プラチナの台座には小さなダイヤが幾つも散りばめられている。

 綺麗だが、こちらも特に必要がない。

 ポイントに換えると、180万ポイントになった。


「おお! いきなり高額ポイントになったぞ。幸先良いな」

「ふむ。こんな感じで手伝えば、宿代には代えられそうか?」

「充分だ! せっかくだから、もう少し稼ぎたいな。レイ、付き合ってくれるか?」

「もちろん良いぞ。このダンジョンでは美味い肉がたくさん獲れるからな。私も楽しみだ」


 それから二人と一匹で魔獣や魔物を狩りまくった。最強のドラゴンが傍らにいるので、魔力切れやコテツの守りを考えずに戦えるので、とても心強い。

 手加減したつもりがワンパンでフロアボスをうっかり倒してしまうレイの失敗も時にあったが、順調にダンジョンを制覇していく。

 あんまり楽しくて、十時間以上こもってしまい、コテツに本気で叱られて我に返った。


「フシャーッ!」

「ごめんごめん。つい楽しくって時間忘れて……腹へったよな? ごめんってば」

「フーッ!」

「なに、私もか? ……む、たしかに。うむ、分かった。悪かった」


 大の大人と最強のドラゴンが小さな猫に叱られて、しょんぼり項垂れている姿は従弟たちには絶対に見られたくはない。



 その日の遅い夕食は、コテツのリクエストでミノタウロスのタルタルステーキを作った。

 鑑定の結果、あの厳ついミノタウロスの肉は生でも食べられる最高級の赤身肉だったのだ。

 丁寧に肉を叩いて、卵黄に玉ねぎやニンニク、パセリなどを香辛料やハーブと一緒に混ぜて特製調味料で味付けたミノタウロス肉のタルタルステーキは絶品だった。

 

「今度はユッケにして食うか」

「にゃあ」

「ん? タルタルステーキとかぶるから、ローストビーフがいいって? それもそうだな。牛たたき、刺身にしても良さそうだよなー? 生肉で食えるミノタウロス肉、最高!」


 いつも獲物を頭からバリバリ食べていたドラゴンはてっきり生肉は食い飽きているかと思ったが、タルタルステーキには感動していた。


「同じ生肉なのに、調理するとこれほど違うのか。美味すぎるな。よし、明日もミノタウロスを狩るか」


 やる気になったようで、何よりだ。

 この1日だけで、レベルが上がったし、ポイントは500万以上貯まった。

 ドラゴンとの共闘ダンジョン攻略、悪くないどころか、最高じゃないか?


「じゃあ、明日もよろしくな。ミノ肉のローストビーフサンドイッチ弁当を用意しておくから」

「うむ。任せておけ」

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